聖女エリーゼの場合 - 4
俺はエリーゼの問いかけに、なんと答えたものかと頭を悩ます。
まだ俺がこうして騎士団にいる時点で、完全な成功ではないのだが。しかし――
「――失敗してはないな。退団すること自体は却下されてないし、一応、やるべきことをやれば辞めていいことになった」
「やるべきことって?」
「……ありていに言えば、部下たちのカウンセリング」
「なにそれ〜」
あははと笑うエリーゼだが、笑い事ではない。いったいあれから、どれだけの部下のメンタルケアをしたことか。
――俺が退団を表明したことで声を上げた騎士は、ルナだけではなかった。
新米の従騎士からベテランの役付き騎士まで、みんなそれぞれの理由で俺の引退を止めたり、自分も辞めると言い出したりと、団長の頭を悩ます意見表明が多数あったのだ。
俺は騎士団への影響をできるだけ抑えて辞めるため、彼らが声を上げた理由を聞き、そして最近は彼らをなだめるために毎日を使っていた。
といったことを、エリーゼに伝えると――
「ふうん。じゃあさあ、わたしがもうちょっと手伝ってあげよっか?」
「……なんで? ていうか、どうやって」
「そりゃあ、幼馴染が困ってるから助けてあげよっていう親切心だよ。方法もまあ、聖女というか、教会の力を使ったら、強引にでも騎士団辞めさせられると思うよ」
俺はその浅い考えに呆れる。
「いい、お前は余計なことしなくて。俺はできるだけみんなに迷惑かけないように辞めたいのであって、無理矢理辞めたいわけじゃないんだから」
「え〜。……ていうか、言い方酷くない?」
エリーゼは機嫌を損ねたらしく、眉を少し寄せる。半目で俺を睨み、口を尖らせる。
また始まったかと辟易しながら、そういえば今日は長々話している時間はなかったと思い出した。俺は話を切ろうと口を開く。
「……で、話したかったのはそれだけか? お前のお付きがそろそろ我慢できなくなってるんじゃないか」
そう言った瞬間、俺はしまったと後悔した。エリーゼの眉間の皺がどんどん深くなり、見る間に膨れっ面となる。
そして。
「――せっっかくこのわたしが気を遣ってあげたのに……いいよもう!」
案の定、爆発した。
勢いよく立ち上がったエリーゼは、「もう知らない」と部屋を出ようとする。
――昔からこいつは、物事が自分の思い通りにいかないとすぐに怒り出す。
何度か注意しても直らないその悪癖に、俺は思わずため息を吐いた。
……しかし、そこも含めてエリーゼの性格か。それを俺の考えで、何度も無理に矯正しようとするのは、少し独善が過ぎるかもしれない。
それに、今回はエリーゼなりに俺のことを考えての提案だったようなので、一応フォローは入れておくべきか。
「……あー。言い過ぎた、ごめん。それと、気遣ってくれてありがとう。お前の言うとおりこっちには借りがあるから、俺に何かやって欲しいことあれば遠慮なく言ってくれ」
「……ふん。そんなあからさまにご機嫌取りしたってダメだから。もう今日はかえる。……またね」
エリーゼはそう言うと、扉を開け、外で待っていた神殿騎士に声をかける。片方が馬車の準備のため先行して走っていく。
俺は外行きの口調でエリーザと神殿騎士に改めて礼を述べると、彼女たちはそれを受け入れ去っていく。
去り際まで機嫌が回復しなかったエリーゼは、お付きの騎士に気づかれないようこっそり俺を睨む。しかし何か思い直したのか、不貞腐れた顔のまま胸の前で控えめに手を振り、そして去っていった。
そうして、静かになった執務室に、神殿騎士たちと同じく扉の外で待っていたルナが入ってきた。
ルナはエリーゼたちが去った方向を胡散臭そうに見ながら、ぼそりと言った。
「あれで聖女とはお笑いですね。いい歳して子どものように好き放題……」
それを聞いた瞬間、俺は固まる。
演技していないエリーゼの言動を聞かれていた?
そうか、ルナは耳がいいからと理解した瞬間、俺はルナに弁明していた。
「いや、彼女も彼女で、聖女としての仕事にストレスが溜まってるだろうからね。ずっと気を張り続けるのも難しいんだろう」
普段は猫被りしているというエリーゼの弱みをできるだけ広めぬよう、言い訳のようにそう口にする。
しかし、どうも俺が心配しすぎだったのか。ルナはエリーゼの本性に驚いたような様子は見せず、静かに俺の横へとやってくる。
そうして、いつも通り表情のない顔で、しかしなぜか明後日の方を向き、こちらに目を向けないルナ。
どうしたのかと訝しんでいると、ルナはおもむろに口を開く。
「それよりも……副団長も、いつもと口調が違いましたね」
「え? ああ……エリーゼとは古馴染みだから……」
「私にも……あんな風に話してくれて、大丈夫です」
「え?」
「――私にも、たまには雑な口調で話してください」
「は? ああ、まあ、いいけど……」
俺の返答を聞き、満足げに頷くルナ。俺は虚を突かれ、よく考えず咄嗟に返してしまったが、この返事で良かったらしい。
雑に話してほしいのか? と首を傾げるが、ルナはそれ以上この件に言及しなかった。「もう遅いですから」と俺を立たせると、今日の仕事を終わらせようとしてくる。
なんか、俺のまわりは変な子ばっかだな……。
何とも言えない気持ちになりながら、俺は大人しくルナに従い、部屋を出る準備を整える。そして、ルナによって居住棟へと連れられ、そのまま自室に押し込まれた。
――こうして俺は、今日も大怪我を負った部下の治療という重たい問題をなんとかさばき、長い一日を終えるのであった。




