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聖女エリーゼの場合 - 3


 青狼騎士団本部――その医務室にて。


 俺たちが中に入ったとき、室内には重く緊迫した空気が立ち込めていた。


 ベッドに寝かされた顔色の悪い騎士は、意識を失ったまま複数人の騎士に囲まれ、治癒魔法を継続してかけられている。


 彼らはこちらに気づいて振り返った。


「――副団長!」


「良かった。間に合ったみたいだね」


「……いえ……たしかにまだ、生きてはいますが……」


 治療にあたっていた騎士たちは、みな一様に暗い顔でうつむく。傷を負った若い騎士はもはや手の施しようがない状態だと、そう思っているらしい。


 確かに彼はひどい状態だ。大量の出血で体温や血圧が下がっているからだろう、見るからに生気がない。今すぐ呼吸が止まるということはないにしても、重体というのは誰の目にも明らかだった。


 この状態では、もう助からないと思ってしまっても仕方がない。


  ――だが、しかし。


 それは、俺が連れてきたのがただの高位治癒魔法士だったときの話だ。体の内部まで魔力を送り込み、内側の傷をふさぎ、消毒ができる――その程度の、ただの優秀な魔法士だったなら、確かに彼の命は助からなかったかもしれない。


 だが、俺が実際に連れてきたのは――


「――すみません、みなさん。通してもらってもいいでしょうか?」


 エリーゼが、金に輝く錫杖を手に、静かに歩を進める。


 澄んだ空気をまとい、その美貌には神秘が宿っているかのよう。絹のように滑らかな髪、そして人形のように整った顔だが、その頬にさす赤みでたしかに生きた人間と分かる。


 見るからに触れえぬ者の存在感を放つエリーゼに、この場にいたほぼ全員が固まっていた。


 エリーゼがもう一度「道を空けていただいても?」と声をかけて、やっとまた空気が動き出す。


 彼らは急いでベッドの脇を飛びのき、そして代わりに前へ出たエリーゼを恐る恐る覗きながら俺の隣へとやってきた。


 彼らは、俺に向かって問う。


「あ、あの、副団長。あの方はいったい……いや、もしかして……」


「ああ。たぶん、君たちの予想通りだよ。彼女は――」


 ベッドの上の騎士をよく観察して、なにごとか頷くエリーゼを見守る。


 彼女が手に持った錫杖で床を軽く叩くと、しゃん、と音が鳴る。まるで空間を清めるように、風が吹いた気がした。


 そして、掲げた錫杖の先に浮かび上がる、黄金に輝く精緻で巨大な魔法陣。昏々と眠り続ける騎士を覆い隠すほどのそれは、次第に神聖な光を強め、そして――


「――彼女は、この国――いや、おそらく世界で最高位の治癒魔法士。聖火教の聖女、エリーゼ・ミクシル様だよ」


 ――部屋を満たした金の光が収まったとき。


 俺たちの視線の先では、血色のいい顔をした若い騎士が、穏やかな呼吸で気持ちよさそうに眠っている。


 先ほどまで、その命を刻一刻と損なっていた騎士はどこにもおらず、まるで夢だったかのよう。


 通常の魔法士とは違う、欠損部位の復元――今回で言うと、食いちぎられた肉や流れた血を元通りにすることさえできる、人智を超えた治癒魔法。


 それがたったひとりの美しい女によって為されたと、この場にいるほぼ全ての者が、すぐには飲み込めなかっただろう。


 だが、当の本人であるエリーゼだけは、どこか得意げに、眠たげな半分だけ開いた目で俺を見つめていた。


 ――こうして、何でもない一日の終わりに突如起こったトラブルは、無事終息を迎える。


 立役者である聖女エリーゼに、再び大きな借りができた俺は、またしばらく借りの清算に頭を悩ませることとなる――。

 





 ――と、命の危機に瀕した部下を、無事に救ったところで。


 ところ変わって、いま俺とエリーゼが向かい合うのは、居住棟とは別の建物にある副団長用の執務室。


 団長のそれより一回りほど小さな部屋は、しかし上品な調度品が並び、外部の貴賓を招ける程度の格はあった。


 そして、俺たちはいま部屋の外に互いの供――俺の場合はルナ、エリーゼの場合は神殿騎士たちを置いて、ローテーブルを挟むソファに座っている。


 俺は眼前でにやにやと笑みを浮かべるエリーゼを見て、ため息を吐いた。そして口を開く。


「――それで? なんの用で、わざわざふたりきりになりたいって?」


 またなにやら面倒なこと言い出すのではと、胡散臭い視線を向ける。しかし、俺は昔からよく知っている。彼女は素直に俺の質問に一発で解凍してくれる女ではないと。


 エリーゼが眠たげな瞳で俺を見て、しかし先ほどと違い神聖さなどこにもない、どこか舌ったらずな甘い口調で言った。


「え~。それ、わたしにおっきい借りがふたつもある人の言うこと? 出るとこ出てもいいんだけどね~」


「めんどくせ……。だから、借りは絶対ちゃんと返すから。弱み握ってるのは俺も一緒だし、共倒れになるから」


「ふーん。つまんない返しだね~。しょうがないなあ、今日は許してあげましょう」


 にやりと笑みを浮かべるエリーゼを見て、先ほどまでみなから敬意を向けられていた女性と同一人物だと、すぐに分かる人は少ないだろう。


 たしかに顔は一緒だが、まとう雰囲気が違いすぎた。俺は昔からこちらの顔を知っているから驚かないが、もしこの態度を教会内でうっかり出しでもすれば、大聖堂中が混乱することは間違いない。


 まあ外面を取り繕うのはずいぶん上手くなったようだから、そんなミスは犯さないんだろうけどな……。


 俺がじとーっとした目で見ていると、エリーゼは「どうかした?」と首を傾げる。


「……ま、いっか。で、なんだっけ。ふたりきりになった理由、だっけ? まあ、べつにたいした用じゃないんだけど。ただ、こないだ協力してあげた退団の話、ちゃんとうまくいったのかなって。それだけ聞いとこうと思って」


「ああ、それね……」




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