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聖女エリーゼの場合 - 2


 ここで言う教会とは、世界最大の宗教である聖火教を信奉する者たちの組織を指す。


 シリウス王国内の各都市はもちろん、様々な国に拠点を持つ教会だが、ではどのようにして現在の勢力を築くに至ったのか。


 もちろん、その教義に感銘を受けて入信する者も多いだろう。だがしかし、一番大きな要素と言えば――


「――私はセイリオス・セージ――青狼騎士団の副団長をしています。遅い時間に申し訳ないのですが、至急、高位の治癒魔法士を手配してもらえないでしょうか」


 王都における教会の本拠地――大聖堂に入ってすぐ、物々しい騎士ふたりの来訪に受付してくれたシスターたちが、俺の言葉に目を白黒させている。


「ふ、副団長さま……?」


「ああ、申し訳ないんですが、危急の事態でして。魔物による深い傷に対応できる者を、どうか至急派遣いただきたいのです」


「……わ、分かりました、すぐに確認して参りますのでお待ちください!」


 代表して受けごたえしてくれたシスターはそう言うと、他のシスターに何事か言い残し、すぐに後ろへと引っ込んでいく。


 残ったシスターたちは、俺とルナのふたりを貴賓として中に案内してくれようとするが、すぐに動き出せるようにしたいからと断りを入れる。それならと、シスターたちは恐縮しながらも納得し、俺たちからすこし離れたところで落ち着かなさそうに立っている。


 治癒魔法士の到着を待っている間、ルナがおもむろに口を開く。


「大聖堂に来たのは初めてですが――おそらく、副団長がいるからこうもスムーズなのでしょうね」


「ああ。通常の窓口からの依頼だと、こうはいかない。あの怪我はできるだけ早い対応が必要だったからね……」


 俺は先ほどの若い騎士の傷を思い出す。内臓まで及ぶ損傷は、かなり高位の治癒魔法でないと治せない。


 俺は治癒魔法が苦手――というより、風と雷属性の魔法以外は平均レベルにしか使えない。そもそも治癒魔法自体、非常に難易度の高い魔法で、俺以外でも青狼騎士団にあれを治せる者はいないだろう。


 二大騎士団のもう片方――白獅子騎士団なら、王族含む高位貴族護衛のため高位の治癒魔法士を抱えていそうだが、声を掛けても協力はしてくれまい。


 となると取り得る選択肢は、教義として広く治癒を請け負っている教会しかない。


 ――教会は教会で、いろいろ胡散臭いとこもあるんだけどな。けど、いま頼れるのここだけだし……あわよくばあいつが来てくれれば……。


 と、考えを巡らせていたその時。大聖堂の奥へ続く道から、複数の足音が聞こえてくる。


 俺とルナは、来たかと顔を向ける。そして、姿を現したのは――


「――話は聞きました。わたくしが騎士団本部までうかがいます」


 眠たげな瞳をこちらに向けるのは見知った顔――金糸の長髪に、白を基調とした伝統的な聖火教の宗教服。その小柄な彼女を守るように、ふたりの神殿騎士が付き従う。


 周囲にいたシスターたちは、「聖女様?」と驚きの表情を浮かべていた。


 俺を見つめる穢れなき美貌の修道女――『聖なる焔の聖女』エリーゼ・ミクシルは、傍らの神殿騎士に告げる。


「至急、馬車の手配をお願いします。人命がかかっていますので」


 騎士のひとりは恭しく頷くと、急ぎ足で大聖堂の外へと向かった。そうして、エリーゼと残る騎士がこちらに近づいてくる。


「――前回からそれほど日を空けないうちに、またこうしてお会いできるとは思いませんでした、セージさま」


「先日はお世話になりました。今回もご協力いただけるとのこと、感謝いたします」


 俺はエリーゼとどこか堅苦しく言葉を交わす。


 ――先日、と言っているのは、まさに最近、足を負傷したふりをした際に嘘の治療をお願いした時のことだ。


 俺とエリーゼは以前からの知り合いであり、非公式に交流もある。それを利用して、多少無茶な依頼も聞いてもらうことができたのだ。実は今回もエリーゼに対応してもらえないかと内心で期待していたが、都合よくその通りの結果となった。


 エリーゼは教会内で唯一最高位の治癒魔法を扱える者であり、それゆえに聖女という特別な地位についている。そんなエリーゼが来てくれるなら、あの若い騎士の負傷も心配はいらない。


 あとは、手遅れになる前に、早く本部へ帰ることができれば――。


 そう考えたところで、外から先ほど出て行った神殿騎士に声を掛けられる。


「聖女様、馬車の準備が整いました。外には馬もないようでしたし、副団長殿たちもご同乗されますか?」


「ああ、それでは申し訳ないですが、ご一緒させていただきたい」


 来るときは速度優先で身体強化して走ってきたのだが、帰りはエリーゼたちを抱えていくわけにもいかない。治療開始までの時間はどうせ馬車の速度がボトルネックになるのだから、教会側の厚意を断るより一緒に乗せてもらおう。


 俺たちは神殿騎士に案内され、外に止められていた聖火教の意匠が施された馬車に乗りこむ。


 その際、俺とエリーゼが一瞬接触するほど近づいたその時だった。


 半分ほど開いた気だるげな目を俺に合わせたエリーゼは、俺の耳元に口を寄せて呟く。


「――また貸し一だね~。さあ、どうお返ししてもらおうかな」


 いたずらっぽく目を細め、すぐに離れるエリーゼだったが、直後なぜかぎょっとした顔になる。


 どうしたのかとその視線の先を辿ると、そこにはまったくの無表情ながら、尻尾の毛を逆立てエリーゼをじっと見つめるルナが――。


 互いに視線を逸らさないふたり。


 ――なんで初対面なのに、いきなりこんな空気になってんの……。


 ルナたちに呆れていると、やがて神殿騎士のひとりが御者を担って馬車が動き出す。


 狭い車内では、俺とルナ、そしてエリーゼと神殿騎士ひとりに分かれて座っている。なんとも言えない空気感の中、がたごとと揺れながら進む馬車。


 ――とりあえず俺は、エリーゼたちが来てから一言も喋っていないルナに自己紹介させようと、声を上げるのであった。




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