閑話 獣人街のお祭り - 2
ルナも気づいたようで、俺たちは揃って後ろを振り向いた。
すると――
「――ひッ!?」
聞こえたのは、若い男が息を呑む音。
視線を向けると、そこには三人の獣人がいた。耳やその大きな体格を見るに熊獣人だろうか。
いったい何かと怪訝な視線を向けると、彼らはなぜか俺たち以外の、どこか別の場所をちらちら気にするようなそぶりを見せる。
俺が「どうかしたかな」と問うと、やがてひとりが引きつった顔で口を開く。
「え!? ああ、えっと……お、お前……そう、普人種のお前! ええと……お前、ルナの何なんだよ! ひ弱な人間の分際で、俺たち獣人のアイドルに手を出そうとしてるんじゃないだろうな!?」
「んん? ……ああ、いや、俺たちはそういう関係じゃないよ。師匠と弟子だから仲は良いけどね」
「あん? 弟子? ……まあルナほどの戦士なら、年上の弟子がいてもおかしくないか」
おっと、なんか誤解生まれたな……。
しかし、世にいう「絡まれる」というのは実は初めてで、これがよく聞くあれかと妙な感動を覚える。普人種の間ではそれなりに顔が知られているので、こんなことは経験がないのだ。
だが、それにしては、俺たちに声をかける前から謎に怯えていたりと、おかしな三人組ではある。
とりあえず次の言葉を待っていると、先ほどよりは少し落ち着いた男が一歩こちらに踏み込んでくる。
「弟子だかなんだか知らないがな、お前、ルナの隣でいい気になってると――――どわあッ!?」
ルナの拳が、先ほどまで男の顔があった場所を通過する。焦ったように後ろに飛びのく男たち。
だいぶ手を抜いたようではあったが、一応俺はルナを嗜める。
「気持ちは分かるけど、一応俺たちは市民を守る騎士だからね。実害を被っていないうちは……」
「でも、副団長を……はい、すみません」
俺の視線に、謝罪を口にするルナ。しかし、明らかに男たちを目でロックオンしている。
男たちは「ひええ」と怯えるが、中々に根性があるのか、それでもこの場を去ることはしない。
徐々に周囲からも注目を浴び始め、「なんだなんだ」「おお、ルナがいるなら大丈夫か」と、どうも見世物感覚で見物されている。
男たちはルナを無理やり視界から外し、俺に指差して言った。
「と、とにかくお前! ルナの隣にいるからには、その資格があるのか、俺たちが確かめてやらなきゃなあ!」
そう言うと、また明後日の方向に一瞬顔を向けてから、意を決したようにこちらへ踏み出した。
瞬間、目を鋭くさせ耳をぴんと立てたルナを、俺は手をかざして制止する。ルナにやらせるとどうも酷いことになる予感がするので、ここは俺が穏便に。なぜか男たちも、その言葉ほどこちらに悪意を持ってはいない様子だし……。
と、そう甘く見ていたのがいけなかったのか。
実は俺にばりばり悪意を持っていたか、それとも普通の人の強度を理解していないのか、獣人の一人が素人にすればだいぶ腰の入った良い拳を俺に向かって打ってくる。
殴ってきても、躱しつづけて穏便に去ってもらおうと思っていたが、至近距離ということもありとっさに身体強化した手で掴んでしまう。
「――お? え?」
男はまさか止められるとは思っていなかったようで、頭の上に疑問符を浮かべながら、そのまま拳を突き出し、防御も構わず殴ろうとしてくる。
俺はそれを仕方なく抑え続け、結果拳はぴくりとも動かない。
周囲から、「おお!」と歓声が沸いた。
「ふふ、これくらい副団長には造作もないことです。小汚いゴロツキ風情に傷など受けるはずありません」
「ちょっとちょっと、挑発しない」
そんな俺たちの呑気なやり取りに何を思ったか。先ほどまでの不審な様子はどこかに行き、男たちは顔を赤くして怒りをあらわにする。
「――くそ、舐めやがって! こんな細っこい腕くらい……!」
「そうだ、やっちまえよ! あの人だって手加減はいらねえと言ってたんだ……!」
おや、なにやら怪しい一言を……。
と呑気に見ていると、俺に拳を捕まれた男が真っ赤な顔で力を込めて、なんとか腕を自由にしようとする。そして同時に、もう片方の拳も俺に向け、勢いよく殴りつけてきた。
――さすがに、そろそろだな。非番とはいえ俺は騎士だし、人目も多い。あんまり大事にならないうちにさくっと片づけるか。
俺は向かってくる拳は無視して、捕まえている方の拳を思い切り引っ張ってやる。すると男は、面白いように簡単にすっ転ぶ。
しかし、それを見た仲間ふたりが、転んだ男を助けようとしてか、揃って飛び込んで来た。最初の男と同じく、中々の勢いでそれぞれ蹴りと拳を叩き込んでくる。
俺はそれをどちらも手で受け止め、思い切り投げ飛ばすようにして地面に叩きつけた。
「がはッ」
三人全員、衝撃で苦悶の声を上げ、すぐには立ちあがれないでいる。
まあ、ひとまずこれくらいでいいだろ。まだ向かってくるようならさすがに騎士としてちゃんと取り締まらないとだが、こいつらの顔にはもう――。
俺の視線の先には、地面に倒れて怯えた顔をしている三人。そして不思議なことに、彼らの恐怖が向いている先は、俺ではないどこか――。
先ほどのひとりの言葉が頭をよぎるが、深く考えるだけの間はなかった。
――周囲の人だかりの中から、俺たちに向かって声が掛けられた。
「――ルナ、リオさん!」
そちらに視線を向けると、そこにいたのは先ほど別れたディアナさん、コユキちゃん、ヨルくんの三人だ。心配させたかなと、手をあげ無事なことを伝えようとしたその時。
「ひッ――」
目を離していた熊獣人たちから聞こえた、息を呑む音。視線を向けた時には、彼らはすでに立ちあがり、そして逃走の準備を終えていた。
そして、潔いまでに一目散と逃げていく。
「あ」
小さく声を上げたルナだったが、見る間に人だかりへ吸い込まれた彼らは、やがてその姿を完全に消した。
ルナはなにやら残念そうな顔をしているが、これ以上なにするつもりだったんだか……。
俺は解散する野次馬たちを横目に、駆け寄って来たディアナさんたちに視線を向ける。
「リオさん、大丈夫でしたか? と言っても、騎士団の副団長さんに言うことではないですね。私たちのところからも、ゴロツキたちをこてんぱんにするリオさんが見えていましたし」
「リオ強かったなー!」
「さすがです……!」
ニコニコ顔の三人が俺を褒め、なぜかルナが無表情で胸を張る。
明らかにおかしな様子だった熊獣人の男たちにも、疑問が残るが……。
「かっこよく助けてもらえて良かったわね、ルナ。やっぱり恋の成就には、こういったトラブルの共有がつきものだものね」
なにやら言葉を交わしているルナとディアナさん。
ディアナさんは当然ルナと容姿がよく似ているし、見た目がだいぶ若いから、こうして仲良くしていると歳の離れた姉妹のようだ。
それに、ルナ曰くディアナさんはかなり腕っぷしが強く、一度病気にかかるまではかなりぶいぶい言わせていたとかいうから、やはり性が合うのだろう。
俺は愛弟子と家族の団欒を垣間見て、ほっこりした気持ちになる。
今日ずっと俺がルナを独占してしまったから、今は邪魔しないようにしよう。
俺はすこし脇によけると、ルナに会話へ混ぜられるまで、四人が仲睦まじく話すところを見て笑みを浮かべるのであった。
――そうして、獣人街で初めて参加した祭りにて。
多少の波乱と違和感を残したものの、それでもこの非日常は十分に俺たちの心を弾ませてくれた。
少しの時間ではあるが、ルナの一家みんなで集まることもできたし、良いイベントだった。
せめて俺がルナを連れて行ってしまう時までは、これからもルナが家族孝行できる機会を作らなければ。
しかし、さしあたっては──ディアナさんたちにルナを連れて行くことをきちんと話さなくては……。
俺はそう、頭の痛い問題を抱えたまま、それでも自分が思う正しい行いを成すために、今夜も山積みの問題に頭を悩ませるのだった――。




