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エピローグ 精鋭騎士ルナの場合


 よく晴れた日の午後。


 活気ある街の喧騒から少し離れた王城の足もとでは、ときおり小鳥のさえずりが聞こえてくる。


 ――騎士団本部では、巡視や魔物討伐が非番の騎士たちが、王国を守るべく今日もその腕を磨いている。


 屋外の訓練場にて剣を振るい、剣術の型を確認する者たち。小隊単位で多対多の模擬戦を行う者たち。


 ――そして、いま俺の目の前にいるのが、身体強化や単純な魔力操作など、魔法の基礎を鍛える者たち。


 俺は二十人ほどの騎士たちを前に、足を痛めているという体裁上用意された椅子に座りながら告げる。


「よし、そこまで。各自、十分間の休憩に入ろう。その場で休むなり、水分を補給するなり、自由にしてくれていい」


 俺がそう言った途端、そこかしこで大きく息を吐く音が聞こえる。


 ――結局俺は団長から、引退表明で起きた波紋があらかた片付くまで、暫定的に教導役として騎士団に残るよう頼まれていた。そこで、毎日こうして騎士たちの戦闘技能を見ているわけだ。


  今日俺が見ているのは、比較的歴の浅い騎士たち――基本的な技能である魔力操作に拙い者が多く、だからこそ磨き甲斐がある。


 しかし、何事もやりすぎは良くない。まだ発展途上の彼らを鍛えるうえでは、こうして少し多めに休息を取り入れることが肝要である。


 今だってきっと、長時間の魔力操作によって精神的にも魔力量的にも疲労していたことだろう。


 ――そう。新人の中にひとり混じる、ぴょこんと耳を立てた彼女を除いては。


 騎士の中でいの一番に最前列を確保し、休憩中の周囲から少し遠巻きにされながら、ひとり身体強化を維持し続ける――何人かの部下たち曰く『氷の麗人』。


 しかして、その実態は――


「――副団長。私は休憩不要なので、ご指導お願いします。どうですか、私の身体強化は」


 こいつ……めっちゃぐいぐい来る……。


 なんだろう。今ここにいる中でも年長の分類なので、見た目は大人っぽいのだが。ただこう、なんか言動が前より悪化して、自由を極めている。


 一番前にいるのだからさっきからたくさん見てやっただろうと思いながら、俺は椅子から腰を上げる。周囲の新米たちからは、「なぜ中隊長がここに?」と聞きたげな視線が俺へ向けられるも、何も言うことができずルナの目の前へ。


「……。魔力の収束がまだ甘いから、途中で散らばってきれいな循環になっていないね。もちろん、他の子に比べれば十分レベルは高いんだけど……」


 なんとも言えない感情でそう告げるも、ルナは身体強化を継続しながら続きを促すように俺を見る。


「俺の場合は、へその辺りで魔力をぎゅっと固めて他へ回すよう意識している。ルナもそれを参考に、自分なりの方法を見つけてみなさい」


「なるほど……ありがとうございます。やってみます」


「……じゃあ、そういうことで」


 ふたりきりで訓練をつけてあげていた頃は、ルナ個人の資質を踏まえ、もっと踏み込んで指導していた。ただ、深く能力を把握できていない他の子には、同じだけの指導をしてあげられないので、この場では公平な指導となるよう心がけている。


 ちなみに、そういった事情はルナも理解しているようで、駄々をこねられることもない。非常に聞き分けよく、真面目で、良い生徒なのである。


 ……色々仕事があるはずの中隊長が、全部放り出して毎日俺のもとへやってくることを除けば。


 まあ、あの夜の戦いを経て、俺は俺の過ちを正すことができ、その結果がこれだと言うなら仕方ない、か……。




 ――一週間前、夜の月の下。


 あの日、俺とルナが互いの気持ちをぶつけあったその結果。


 結局、最後にルナが放った渾身の一撃は、師匠としての意地がある俺が完璧に受けきった。これまでルナを見てきた中で最高の剣だったが、それでもまだ俺を負かすことはできなかった。


 その後は、力が残っていないルナへの返す刃で、勝負はあっさりと終わる。


 あの瞬間の、愕然としたルナの顔を思い出すと、今でもそこまで深く苦しめてしまったことを後悔してしまう。


 あの時のルナは、自らの望みを絶たれたと、そう思ってしまったことだろう。


 ――しかし、実は。


 あの最後の交錯の前、ルナとふたりで心の底を吐露しあった段階で、俺はもう折れていたのだ。


 ルナも言っていた通り、今回の彼女への対応は俺の信じるところと矛盾するもので、彼女への個人的な想いで判断が鈍っていた。


 ルナの言う通り、彼女の選択を尊重することこそ、《《正しかった》》のだろう。


 だから、結局。あの戦いが終わった後、俺はルナにきちんと謝った。謝って、そして、非常に遺憾ながら――――彼女の要望通り、俺が騎士団を辞めたあかつきには、その後の行動にルナを同伴させることを認めたのだ――。


 ――そうして次の日、仁義を切って、団長へルナの退団だけは大目に見てほしいと直談判し、長く長く言葉を重ね、その結果。


 せめてルナの他で同じようなことを言う者や、今回の騒動でどうも具合がおかしい者について、きちんと説得なりケアをしてから、跡を濁さず出て行けと。


 団長からは、そう温情に満ちた措置を下され、それが済むまではせめて騎士団に貢献しようと、こうして若手育成に励んでいるのだ。




 俺は訓練を再開した騎士たちを視界に入れながら、退団できるのはいつになるかなとため息を吐く。


 明確な期日があるわけではないが、それでも俺の目的を果たすためには、できるだけ早く動きたいのだが……しかし団長の言う通り、去る者は余計な波紋を広げずに行くべきというのはもっとも。そこは受け入れるしかない。


 それに――


 ちらちらと視線を向けてくるルナに、俺は苦笑いを浮かべる。さっき見たばかりだろうと思うが、本人もそれが分かっているだろうから口に出してはこない。


 そんな露骨にされたら、意味ないけどな。


 俺は、どこか抜けている愛弟子の姿を見て、微笑みながら思うのだ。




 ――それでも、この頑固な弟子を説得することに比べたら。


 きっと、退団までの道は、まだ楽なことだろう、と。




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