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10話 精鋭騎士ルナの場合 - 10


 ――さっきまでと、まるで別人じゃないか。


 俺は強烈な存在感を放つルナに驚きを隠せない。


 この見た目の変化――獣人としての色が濃くなっている。


 獣人としての固有能力のようなものか? たしかに、血が薄まる前、古の獣人たちはいまよりもっと獣に近く、それぞれの種族ごとに固有の力を使うことができたと聞いたことはある。


 しかし、それはあくまで昔の話。今でもそんな力を持つ者がゼロではないらしいが、古い力を保つために閉鎖的なコミュニティを築いている種族だとか、純血を重視する種族くらいと聞いていたが。


 困惑する俺に、バチバチと稲光を放ちながらルナが言った。


「どうも私は、先祖返りというもののようです。月夜においては、古に聞く銀狼族に似た力を振るうことができる――」


「……先祖返り、か。確かにそういうこともあるんだろうね。月が出ている夜という制限があるから、これまで俺にも見せてこなかったというわけか」


「はい、隠していたわけではなかったのですが……。そもそも、この力に気づいたのも最近のことなんです。先ほども言った通り、ここ一年ほどは夜間に魔力の制御を鍛えていたのですが――月の光を浴びたときだけ、身体の奥底から湧き上がってくる魔力があって、それを引き出した結果が――」


 その、狼に近づいた姿ってわけか。


 俺は毛で覆われたルナの腕を見る。魔力を纏った銀毛は見るからに防御力が高そうだし、指先の鋭い爪も十分に武器として機能しそうだ。


 戦力の分析も兼ねてじろじろと観察していると、それに気づいたらしいルナは少し動揺する。俺の視線を遮るように、ぱっと両腕を背中に隠した。


「ほんとうは、こんな見苦しい姿を見せたくはありませんでしたが。それでも――」


 彼女の中でどのような心の動きがあったのか。ルナは一度目をつむると、次の瞬間には先ほどまでの動揺をすっかり消し去る。透徹した眼差しを俺に向け、後ろに隠した腕も剣を握りしっかり前で構える。


 そして、す、と息を吸うと。


「――行きます」


 ルナを覆う銀のオーラが、一瞬膨れ上がる。とっ、と地面を蹴る音とほぼ同時、目の前に広がる白銀の光。


 俺は対応するように、瞬時に身体強化の出力を上げ、両手で握った剣で迎え撃つ。


 構図は先ほどと同じく、俺の長剣とルナの大剣の衝突だ。それでも、その結果は先ほどとはまったく異なっていた。


 ――なんて力だよ!


 互いに剣を強化していなければ、衝突した瞬間に砕けていただろう衝撃。ぎゃりぎゃりと激しく擦れる音を発しながら、俺たちの力は拮抗する。


 獣人の素の力に、固有魔法――獣化とでも呼ぶべき力が加わると、ここまでの馬鹿力になるか。


 それでも、まだ俺は強化の余力を残している。これがルナの全力なら――


「――まだまだ、行けます」


 なに?


 俺の思考を読んでいたようなタイミングで、ルナの魔力がさらに高まった。大剣を押し込む力がまるで無尽蔵かのように増していき、次第に俺の腕が押されていく。


 このままではと、俺も対抗するように強化に回す魔力を増やす。身体の内外を循環する魔力が加速する。


 俺もルナも、まるで比べ合うように身体能力をどんどん高めていき、周囲にぶつかった魔力の光がはじけ飛ぶ。


 俺は人よりかなり多い魔力を体内で精錬して純度を高め、そして次々と身体に回しているのだが、それでも――俺たちの力は、ほぼ互角だった。


 魔力の強化を経た純粋な膂力だけで言えば、おそらくルナの方がわずかに上。それでも拮抗を保っているのは、技術――力の流れを読んで操る力において俺が勝っており、こちらが押し負ける方向の力をうまく逃がしているからに過ぎない。


 ここからさらにルナの力を利用して押し返すことはできると思うが、問題はその後――


 お互い立ち止まっての力比べでこれなら、動き回っての高速戦闘では右足を使えない俺がかなり不利になる。それこそ、負ける可能性だって十分にあった。


 だがそれだけは……。


 とにかく今はこの拮抗した天秤を俺の方へ傾かせようと、わずかな手首の返しと体重移動でルナの重心を崩す。


「ぐ……」


 突然自らの力が思い通り俺に向かわなくなり、たたらを踏むルナ。その隙を見逃さず、俺は極限まで強化された肉体で軽く――実態として目にもとまらぬ速度で長剣を薙ぐ。


 ルナの胸元へ向かった剣先は、体勢を崩した状態では止めること叶わず、硬質な手ごたえを伝えてきた。


 ──いや、強化してるにしたって固すぎだろ。なんだ?


 おかしな感触に、目を凝らした先には――


「氷――?」


 ルナの胸元で剣を防いだのは、透明な氷の鎧。確かな魔力を感じるそれは、明らかに魔法によって生み出されている。


 ――この状態のルナは、普段使えない魔法まで使えるというのか。


「まだ、副団長のように器用な使い方はできませんが。それでも、鎧の代わりにするくらいならできます」


 それだけ言うと、体勢を立て直したルナはまた剣を構える。そして、その身体へ動きを阻害しない程度に氷の鎧を纏っていく。


 ルナは俺に向けた剣の切っ先の延長に銀色の魔法陣を展開し、先が尖った氷柱を複数射出した。


 それなりの速度で飛ぶ氷柱は、それでもこの戦いのレベルにはふさわしくない程度のものだ。まだ慣れていないというのは本当らしい。


 しかし、これはあくまで牽制。本命は――


「ふッ」


 目にもとまらぬ速度で駆けてきたルナが、大上段から大剣を振り下ろす。俺は半身になってかわすと、お返しに振り切った腕目掛けて長剣を振るった。


 しかし、氷の鎧がない関節部を狙った一撃は、ルナがわずかに腕をずらすことで氷に直撃する。かなりの硬度があるようで、砕くことはできてもその下の身体へわずかな打撲を与える程度に留まった。


 ルナは瞬時に再生した氷を見ることもなく、大剣を振り上げる勢いそのままに俺を狙う。外して俺の反撃を受けても、わずかな傷は気にせず猛攻を継続する。


 今日の昼間、同期の騎士たちを相手にしていたのと基本的には同じ戦法――ただあの時より身体能力と防御力がはるかに上がっている。本当に、大抵の敵は相手にならない強さ。


 ルナの実力はもはや、騎士として明らかに一歩高みへ上っていた。




 だが。それでも――




 ――まだ、足りていない。




 俺は一撃ももらわずルナの攻撃をかわし続けながら、隙を見つけては剣を振るった。その反撃がルナへ決定打を与えられないのは先ほどまでと同じ。足を自由に使えない縛りがある以上、攻撃の自由度は下がってしまう。


 それでも、先ほどまでと違うのは――


「――う、ぐぅ」


 俺の剣を腹で受けたルナは、氷が衝撃のおおよそを受けてくれたのにも関わらず、苦悶の声を漏らす。


 その理由は、俺の剣が離れた後もルナの腹に残る、紫電の残滓――。


 ジジジと稲妻が流れる剣を構えた俺を見て、ルナが歯噛みする。


「──雷の、魔法剣」


 ──武器に対する属性魔力の付与――俺が使った技術の正体だ。これも、それなりの高等技術。


 魔力というのは、物質的でない形を与えた場合に安定しにくくなる性質がある。それは、属性という形を与えた魔力を無機物へ流す際にも同様のことが言えた。


 だから剣への属性魔力付与は、単に魔力を流すだけでなく、その散逸を制御しながら循環させる操作を無意識の領域で行うことが求められる。


 しかし、難易度が高い分、その効果は高い。


 俺は守勢に回ったルナに対し、左足一本を使った加速で近づき、紫電を散らす剣を振るう。


 その威力は、都度詠唱する手間が必要ないにもかかわらず、同等の魔力を使った放出系の魔法よりもさらに高い。剣という核があることで、魔力の消費先を減らすことができ、威力や付加効果を高められるのだ。


 俺は繰り返し剣を振るい、その度に少しずつルナの余裕を奪っていく。


 ――ルナは十分によくやっていた。その実力は、すでに大隊長クラスに達している。このまま鍛錬を続ければ、じき頂も見えてくるだろう。


 それでも。今日までかけてきた時間が、俺たちでは違うのだ。


 俺はひときわ強く力を込め、バチバチと空気を焦がす稲妻をまとった一閃を放つ。


 その一撃は、防御に構えたルナの剣を押しやり、氷の上からその腹を強かに打ち据えた。


「かはっ……」


 詰まった息を吐き、ルナが崩れるように片膝をつく。その手にはまだ強く握られた剣があるが、しかし蓄積したダメージはたしかに彼女の身体を苛んでいた。


 少し迷いながら、俺は言った。


「――もう、勝負はついただろう」


「……。私は、まだ、戦えます」


 ルナはわずかに震える足を無視し、再び立ち上がった。しかし明らかに消耗しており、纏う銀の光も弱々しく明滅している。


 ただ、その目だけが――薄い青の瞳だけが、まだ勝負を諦めないと強く光を放ち、俺の目を貫く。


 なんで、そこまで……。


 俺の内心を読み取ったかのように、ルナは震える口を開いた。


「副団長は……隊長は、気づいていないんです」


「気づいていない?」


「……隊長はいつも、気にされていましたね。正しいこと、不条理でないこと、そのために剣を振るうとき、どこまで影響が及ぶか」


 ……。


「隊長は、隊長が正しいと思うことのために戦います。けれど、その結果がほかの人に大きく影響するのなら……時には正しさを曲げることだってあった」


 徐々に、ルナがまとう光が強くなる。


 ――そして、ルナは言った。


「――足が治らないという話は、嘘ですね」


「なっ……」


「ずっとずっと昔から。私は、隊長を見ていました。何か目的があって騎士団を辞めようとしていることは、分かっています」


 予想だにしなかったルナの言葉に、俺は絶句する。


 擬態は完璧だったはずだ。多くの者の前で傷を負い、聖女の権威を利用し、普段の立ち振る舞いにも気を遣った。それなのに――


「私を巻き込むことを気にされているのは分かります。――それでも……一緒にいたいという私の思いだって、不条理から守られるべきものではないんですか……!?」


 ルナはいつだって落ち着いた表情で、顔を歪めることなんてなかった。そんな彼女がいま、俺に必死に伝えようとしてくる。


 ……そんなこと、分かってるんだ。俺のルナに対する行動に、いつものそれとの一貫性がないことなんて。


 いつもの俺なら、ルナが決めた事ならば、誰が見ても間違った選択でもない限り本人の意思を尊重すべきと、そう言っていたはず。


 でも、それはだって、仕方ないじゃないか……。


 俺はルナがまだ騎士団に入る前から面倒を見て、入ってからだって一番に騎士の在り方を叩き込んで――


「――隊長はいつも言っていたじゃないですか! 正しさの基準なんてあいまいなものは、いつだって自分の中にしかないと! それなら、隊長はご自分の選択を信じてください……! 私はずっと見てきたんです――正しさに迷って悩んで、それでも最後には――」


 いつも俺の後ろを無表情でとことこついてきて。すこし抜けているのに、妙に鋭いところもあって。


 そんなルナは、いつだって俺を――


「――――隊長は、いつだって正しかった!!」




 ――ルナの身体から、これまでで一番の力を感じる。


 銀光が弾け、髪が激しくたなびく。


 周囲に渦巻く魔力に、細かな氷の粒が混じり始める。


 ルナは、先ほどまでが嘘のように静かに目を閉じ、そして開くと同時に言った。


「――これで最後です」


 ご、と凄まじい音を立て、ルナの剣に魔力が収束する。


 輝く大剣は、けれど周りの嵐のような魔力と打って変わって、どこか透き通るきれいな光を放つ。


 感じる力は極大――言葉通り、後のことは考えない、ルナの最後を振り絞った一撃。




 両手で握った大剣を、腰の横で後ろに流しながら、ルナは風のように駆ける。


 清涼な空気をまとい、そして目前で剣を振りかぶったルナは、俺が構えた紫電の剣へと最後の一太刀を振り下ろした――




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