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閑話 ルナの想い - 2


 そうして、波瀾万丈な隊長との出会いから少しして──。


 人生における次の岐路として、私は隊長に騎士団への入団を勧められ、なんと騎士を志すこととなる。


 あんなことがあってから、宿や酒場で新しい職場を探すというのは考えられなかったのだ。


 それに、獣人の身体能力は騎士としてとても有用だと、私ならきっと立派な騎士になれると、好きな人にそう言ってもらえたのなら、進む道はひとつだった。


 もちろん母には心配されたが、もうその道しか見えていなかった私は、半ば無理やりに説得した。隊長も女の子に勧めることに抵抗はあったようだし、自分から家族へ説明しようかと申し出もあったけれど、断った。家族には、盗みを疑われたような話までは聞かせたくなかったし、恩人の隊長にそこまで苦労を掛けるのは嫌だったから。


 そして、しばらく隊長に剣術や戦う者としての心構えを教わる毎日。さすがに無対策で騎士になることは不可能だからと、毎日家族全員食べられるだけのお金をもらいながら、時間を見つけて抜け出してくる隊長に訓練をつけてもらった。


 そこまでしてもらうのは心苦しかったけれど、あの時は隊長と一緒にいられることに夢中になって、甘えてしまった。今思うと、正直厚顔無恥にもほどがあるけれど。


 ……一度、隊長にどうしてそこまでしてくれるのか、と聞いたことがある。初めて会ったとき、見ず知らずの獣人である私を助けたのもそうだし、その後まで面倒を見てくれたことも。


 そして、それに対する隊長の回答は至って簡単だった。


 「ルナを助けたのは、そうするのが正しい行いだと思ったから。君を責める者たちは、とても醜かったろう。そうはなりたくないからね。……その後のことは、一度助けた者の責任だよ。私は、とんだ偽善者なんだ」と。


 店長たちのことに言及したときは、隊長に似合わない厳しい口調と表情で、ほんとうに彼らを心底から軽蔑しているという風だったのを良く覚えている。


 まあ、とにかく隊長は自分を悪いように言うけれど。私はそのおかげでほんとうに助かったし、素敵なひとに会うことができた。私からすれば、良いことしかないのだ。


 充実した毎日だった。明確な目標があって、日々それに近づいている実感もあって、生活に心配もない。それになにより、大好きな人と毎日一緒に過ごせる。


 私が隊長のことを生涯の主と心に決めたのも、きっとこの時だ。優しくて、強くて、かっこいい。それになにより、その生き方が美しい。困った人を決して見過ごさず、いつも公平で、不条理を許さない。そのくせ、たまにいい加減で、私が面倒見てあげなきゃという気にさせるところを見せるのが、ほんとうにたまらなくなる……。


 そんな人と毎日いれば、私の騎士になるモチベーションは常に高く、実力もめきめきと伸びていった。


 剣術については正直かなりの粗削りだったが、そこは獣人の身体能力でごり押しだ。素の身体で、普人種が身体強化したのと同等以上の力や速さを出せるのは、身体操作の精度面でもかなりのアドバンテージなのだ。


 そうして、隊長に稽古をつけてもらい始めて二ヶ月くらい。ちょうど定期的に行われる青狼騎士団の入団試験が近く、隊長からも従騎士としては十分な実力だとお墨付きをもらったこともあり、受験することに決まった。


 ――結果は、ずいぶんあっさりしたものだったが、文句なしの合格。試験官からもよく褒められたのを覚えている。


 晴れて騎士になれた私は、家族に祝福されながら実家を出て、騎士団本部での生活が始まった。


 そして、ここでまた一つの幸運。なんと、私が従騎士として配属された小隊は、リオ隊長が小隊長を務めるセージ小隊だったのだ。


 当時まだ小隊長だったリオ隊長が、そのあたりの人事権を持っていたことはないはずだから、これは本当にただの幸運だったのだと思う。入団後はさすがに以前より隊長と一緒にいられないだろうと思っていたから、私は歓喜した。


 小隊は隊長も入れて五人の編成だから、私たちのほかに三人の騎士もいたけれど、正直私は隊長しか目に入っていなかったし、向こうも獣人の騎士という珍しい存在をどう扱っていいか分かっていない様子だった。


 とにかく、私は騎士団に入ってからも毎日団長と一緒で、色々な仕事をこなしながらも成長していった。同期の中でも訓練では負け知らずだったし、入団の時点でまだまだ発展途上だったこともあって、できることがどんどん増えていく。


 獣人種ということもあり、差別ややっかみはあったけれど、その度隊長に庇ってもらえて嬉しかったので気しない。私が不愛想で人に好かれないたちというのも、隊長に気遣ってもらえるから今となっては良いことだった。


 まあそれは置いておいても、本当に――入団前隊長に面倒を見てもらっていたときと比べても、とても満ち足りた日々だった。


 ――けれど。


 そんな幸福な毎日も、やがてすこしずつ陰りを見せ始める。


 まず、ひとつ大きな問題は、リオ隊長が強すぎたことだ。


 シリウス王国の騎士団では、騎士に階級を設け、階級ごとに就ける役職が決められている。


 階級は下から、従騎士、正騎士、上級騎士、精鋭騎士、聖騎士、至天騎士と上がっていく。上級騎士は小隊長に、精鋭騎士は中隊長、あるいは上位の者が大隊長、そして聖騎士がそれ以上――副団長か団長に就けることになっている。至天騎士は国を救うような大きな功績を上げないとなれないので、実質聖騎士がトップということになる。


 そして、私が入団した時はまだ上級騎士だった隊長だが、前例がない速度で精鋭騎士に上ってしまい、中隊長の役に就いてしまったのだ。まだまだ同じ小隊でやっていけると思っていただけに、大きな誤算だった。


 たしかに、隊長は明らかに上級騎士に納まらない実力を持っていた。卓越したシリウス王国騎士剣術の腕、高い魔力量とそれを巧みに使いこなす魔法の技量。


 日々王都で発生する騒動はもちろん、強力な犯罪者や魔物の対処も、隊長の手に掛かれば失敗する方が難しいほどの安定感だ。


 しかし、それでも私が入団してからだいたい一年と少しで昇格してしまうのは、あまりにも早すぎた。


 それに、隊長はそこからも順調に手柄を上げ続け、中隊長から大隊長に、そして聖騎士の叙勲を受けて副団長にと、すべて史上最年少で駆けあがっていった。


 当然、騎士団内での階級が離れるほど、一緒にいられる時間は減ってしまう。


 それに、隊長の周りに何やら悪い虫が寄ってきたのも気に入らない……。かまってちゃんで生意気なちび女だとか、あざとい腹黒女だとか、それに聖女とかいう胡散臭い女も。


 自分がこれほど嫉妬深かったというのを知ったのは、隊長のことを好きになってからだ。


 隊長に迷惑をかけることはしたくないから、気に入らない女たちに何かすることはないけれど、それでも隊長といられる時間が減っていく焦りが、余計に私から余裕を奪っていった。


 だから。私は、せめて少しでも隊長と仕事での接点を増やそうと、必死に努力して上の階級を目指した。自主訓練も毎日行ったし、身近にいた自分より実力のある騎士には訓練を持ち掛けその技術を奪えるだけ奪った。もし機会があれば、回数は少ないけれど隊長にも稽古をつけてもらった。


 そうして、私もかなりの速さで昇進を重ねて、なんとか中隊長にまでなったのだけれど――その矢先に。


 ――隊長が大怪我を負ったと聞いたのは、事が起こってからしばらく後のことだった。


 スタンピードの対応で街の外に出ていたときの出来事だから、当時王都内の警戒に割り振られた私はすぐにはその事態を知ることができなかったのだ。


 聞いた瞬間、全身の血の気が引いたのを覚えている。


 騎士なんて職に就いているから、常に命の危険があるのは分かっている。けれど、まさかあの鬼のように強い隊長が?


 信じられないと、何かの間違いじゃないかと、そう思った。


 そして、怪我を負った際の状況を詳しく聞いて、今度ははらわたが煮えくり返るのを感じた。


 ――まさか、あの生意気なちび女が。いつもいつも隊長に突っかかっていたあいつが、その隊長に庇われて傷を肩代わりさせるなんて。厚顔無恥にも、ほどがあった。


 そこからのことは、正直思い出したくもない。


 命が助かったと聞いて安心したのもつかの間、その時の傷が原因で騎士を辞めると聞いたこと。会いに行きたかったけれど、団長の命令で面会は禁じられたこと。


 少しでも隊長に会える可能性があるならと、隊長が辞めるなら私も辞めると団長に直談判したこと。


 けれど、その甲斐あってか、隊長の方から私に会いに来てくれて、一日訓練に付き合ってもらえた。久しぶりにたくさん話せて、心が弾むのを抑えられなかった。


 もっと一緒にいたくて、たまたまその日は実家に帰る予定だったのを思い出し、着いてきてもらうことまでできた。


 私が一緒に騎士団を辞めると言ったことを止めに来たのだと、途中からそう気づいてはいたけれど。それでも、それを忘れてしまうほど、ここ最近で一番いい一日だったと胸を張って言える。


 そして、それ以外にも。


 ――隊長の嘘を知れたのも、とても大きな収穫だった。


 足に大きな怪我を負って、あの聖女の魔法でも完全に癒えることがなかったと。日常生活はともかく、戦闘を行えるような状態ではないと。


 そう聞いていたのはきっと……嘘だ。


 私は、人より勘が鋭い。それは耳が良くて、鼻が良くて、ずっとずっと隊長を見続けている私だからこそ分かったこと。


 不自然な筋肉の軋み。たまに足を痛めていることを強調したいのだろうときに感じるそれ。


 隊長が罪悪感、後ろめたさを感じている表情、匂い。


 たぶんそう。きっと、足に癒えない傷を負っているというのは、嘘。


 それなら、騎士団を辞めると言っているのはどうして? 何か理由があるはず。


 ……いや。今は、そこまでは話してくれなくてもいい。隊長が隠したいなら、言いたくなるまで待つ。


 けれど。それでも。


 ――いつか私を助けてくれたように。今度は、私が貴方を。


 せめてそれまで、貴方とともにいさせてくれさえすれば、私はそれだけで――――




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