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プロローグ 副団長の引退表明


 白い雲に、青い空。雲の隙間からのぞく太陽が、この王都にそびえる白亜の大城郭を照らしている。


 そして、城の足元ほど近くにあるこのシリウス王国騎士団本部の中、青狼騎士団用の野外訓練場に数多くの騎士が詰めていた。


 そんな騎士で埋め尽くされた広場において、一番前の壇上に立つ俺は、投げかけられる数百の視線ひとつひとつを受け止める。


 俺に向けられる態度は、この場にいる者それぞれだ。いったい何の話が始まるのかと単に好奇心をのぞかせる者もいれば、職務として生真面目に、ただ俺が話し始めるのを待つものもいる。変わり種で言えば、謎の対抗心バリバリで俺を睨みつけているちっちゃな女騎士なんてのもいる。


 しかしあいつ、こないだ魔物から助けてやったのに相変わらずじゃん。悪い子じゃないから俺はけっこう好きなんだけど、一方的に嫌われてて突っかかってくるから、どう扱っていいかよく分かんないんだよね……。


 何か文句を言いたそうに強い視線を向けられ続け、俺は思わず目を逸らす。それに、他の騎士たちもいい加減この場の目的が気になっていそうだ。


 本部にいるうちの騎士団所属はほとんど集まったようだから、そろそろ話を始めるとしよう。


「――青狼騎士団のみんな。今日は忙しい中、わざわざ集まってもらって申し訳ない」


 俺はぺろりと唇を舌で湿らせ、また口を開く。


「この会の目的は、この場にいるほとんどが聞いていないと思うけど――結論から言えば、組織の人事異動に関する話だ」


 俺を見る皆がにわかにざわめく。


 そう、ここまで言えば誰もがなんとなく察しているだろう。青狼騎士団所属全体に対して周知する人事異動――それすなわち、特定の隊に所属しない副団長である俺か、あるいは団長に関する話だ。


 そしてスピーカーは俺であり、少し前に王都近郊で発生したスタンピードで俺が大怪我を負ったという《《嘘》》は誰もが真実として知るところ――


 王城やこの広場を照らす光が、太陽にかかった雲で遮られる。


 ――俺は真っ直ぐ前を見て言った。


「――俺は、今日をもって青狼騎士団副団長の任を辞することになった」


 しん、と音が消える。


 あちこちから見開いた目を向けられるも、俺は気にせず先を続けた。


「この間のスタンピードで、足を壊してしまってね。普通に生活する分には問題ないんだけど、こと戦闘に関してはどうにもならないと、かの教会の聖女にも匙を投げられた。――皆にはこれまでお世話になったね…………本当に、ありがとう」


 俺は数秒頭を下げ、そして視線とともに顔を上げる。


 そして見えたのは、驚愕する周囲の制止を置き去りに、俺へと突進する小さな影――――狂犬こと正騎士ミクリだった。


「――ハァッ!」


 彼女は低い姿勢から飛び上がるように地を蹴り、鞘に納めたままの騎士剣を俺の顔に向けて突く。


 ――しかし、俺はその突きを身体強化した右手で横から掴む。


 青白い魔力光に覆われた右手のうちで、向けられた剣はぴくりとも動けない。


「──くっ」


 ミクリは一瞬なぜか顔を明るくさせたが、すぐに取り繕い二撃目を叩き込んできた。俺が握った剣を支点に、小柄な身体を浮かび上がらせ蹴りを放つ。


 剣を放して、迫り来る蹴り足に右手を添えると、一瞬で力を加えてミクリの身体を弾き飛ばした。


 しかし空中で体勢を立て直した彼女は、また獣のように地を這う低い姿勢で向かってきて、俺に剣や体術で連撃を加えてくる。


 俺は壇上から離れ、一歩一歩と後ろに下がりながら攻撃を丁寧に捌いていく。その様は周囲から見るとまさに普段ミクリに訓練を付けてやっている様子そのままだったろう。


 そして、俺は気づく。


 ――怪我して引退するって言ってるのに、いつも通りじゃダメじゃん……。


 ここはひとつ、それっぽい失態を見せて引退に説得力を持たせなければ。


 そう思った俺は、少しずつ下がる際に動かす足をわざと固まらせる。そして、それを見たミクリは目を見開き、それでも剣を止めることはできず――


「く……」


 俺は剣を捌くのに苦戦したように、すこしぎこちなく受け止める。


 そんな俺の姿を見た瞬間――


「ううううぅぅぅぅぅぅぅっ!!」


 歯を食いしばり、うなるように声を上げるミクリ。俺はそれに意図せず気圧される。そして、それが決定打だったらしい。


 ミクリは突然その猛攻を止める。怪訝に思う間も無く、その手から剣がこぼれ落ち、そして彼女は地面に膝をつく。


 体が汚れることも厭わず、何らかの情動に身を震わせながら俺を見上げるミクリは、普段のプライド高くキャンキャン吠えてくる彼女とは何もかもが違って見えた。


 困惑する俺がどう声をかけるか迷っているうちに、彼女の小さな口が開き――


「……なんで」


 震えた声が耳朶を叩く。


「なんで、わたしのこと、責めないんですかぁ……」


 ぽろりと、そのくりりとした瞳から涙が溢れた。次第にその量は増えていき、やがては途切れることなく地面に染みを作り続ける。


 ――ミクリは、周りに何ら憚ることなく、声をあげて泣き出した。


 ちょ、ええ。


 君、そんなしおらしいとこ、今まで見せたこと無かったじゃん……。


 大困惑する俺が思わず周囲に視線をやると、そこには例外なくお通夜のような空気感がある。中にはミクリにつられて涙を溢す者まで出始める始末。


 これ、どうしたら……。


 弱りきった俺は、とりあえずミクリのもとまで歩み寄り、膝をついて、慰めるようにその背を撫でる。


 さらに大きくなる泣き声は、もはや子どものそれと大差ない――


 空を見上げた俺は、考える。


 ……この状況、どう収拾をつけたものだろうか、と。


 そうして、俺の引退表明の場は混沌としたまま、必死に収めようとする俺の声が虚しく響く。


 何か思っていたのと違うぞと、不穏なものを感じる俺は、この時まだ気づいていなかった。


 ――こんな状況、まだまだ序の口であり、俺の平和な引退までにまだまだ長く険しい道のりが残されていることに。




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