憎悪の矛先
この話は2023年夏頃に書き終えたものを、部活で使用するために加筆修正を行ったものです。現実の個人、団体や事件や出来事とは一切関係がありません。
次の仕事の場所は東京…か。
ま、明日の夕方までに東京についていればいいからのんびりするように、RuCa に伝えるか。
どうせ明後日の昼ごろからの仕事だしな…。
「…おーい、今日はもう仕事ないからゆっくり休むぞ」
「やったね!じゃ、家で飲もうよ!」
「うれしい誘いだが、俺は早く寝たいんだけど…」
「そっか残念…せっかくいい酒買ったんだけどなぁ…」
「…はいはい、部屋に来いよって言いたいんだろわかったよ」
「さっすがマネージャー君!わかってるねぇ」
にやにやと少しカチンとくる笑顔を向けられる。
「うっせぇ一応同級生なんやぞ、置いてくぞ」
そう言って俺は早歩きで自車がある駐車場に向かう。
「怒んないでよ~ごめんってばー」
すぐに追いかけてくる Ruca。
俺はこんなのどかな日常がくると思ってなかった。
遠い過去で、舞台女優の彼女に救われたことがある。
といっても直接救われたわけではない。迷子になっている時に助けてもらったとかいう話ではなく、ほんとに間接的に救ってもらった。彼女は知らないだろう話ではあるが。
その時のことをハッキリと俺は覚えてる。
嫌というほどにな。
☆
俺は受験で忙しい毎日を送っていた。
家でも学校でもずっと勉強づけ。
特に俺は色々あって塾に通っておらず、一般的な学生よりハンデが大きい。
入試に出てくる範囲を解くことはあまり無く、志望校の過去の入試問題を解くだけだった。
応用の効いた独自の問題を解くことはなく、既存のもので行うしか方法がなかった。だから家では夜十一時まで勉強し、朝の六時に起きて勉強する。自由時間など設けずただただ勉強に没頭した。
質より量で勝つために。
それがいつもの生活だった。
けれども、年を越す前のある日。
女子の親友に遊びに行こうと誘われた。
単純に服を買いに出かけたり、食べに行くという目的で。
ここ最近は勉強漬けだったから、たまには休息をとるかとふと思いその誘いを快諾して出かけた。
当日は今までずっと机に向かっていたからか知らないうちにストレスが蓄積されていて、夢中になって色々と楽しんでいたらあっという間に夕方となり、親友の親御さんに迷惑をかけるわけに行かないためショッピングモールの出口に向かって歩いていた。
今日のことを思い出しながら話していると、突然後ろの方から
何やらあたり一帯に響く怒号が聞こえた。
はっきりと内容は聞き取れなかったが、少なくともポジティブにな言葉ではなかった。
思わず音の方に振り返ると、そこには太った中年男性と目が血走っているナイフを持った若者が対峙していた。
いや中年男性が追い詰められているのが正しい。
若者は叫んだ後、中年の男にナイフで突き刺しに掛かった。
運の悪いことに中年男性の先には、俺らが。
さらには真後ろに親友がいた。
あまりにも突然の出来事に親友と俺はその場を動けずにいた。
少し早く硬直が溶けた俺はすぐに危険を感じ彼女を自分の方に引っ張ろうと手を伸ばした時。
すると中年男性がなぜかそのことに気づき、俺より先に自分と若者の間に彼女を引っ張りだしてそのまま若者に向かって突き出した。
突っ込んきた勢いが付いていたナイフは。
親友の腹に刺さった。
若者と俺と親友は固まった。
俺と親友はショックで。
若者は俺の親友を誤って刺したことに。
その光景を中年男性は鼻で笑い、そのまま俺らが目指していた出口に走り去った。
残された俺ら。
若者はあまりのミスに焦ってしまったのか、急いでナイフを彼女の体から抜いてしまった。
膝から床に崩れ落ちる親友。
遠くの方から聞こえる悲鳴。
スマホに向かって叫んでいる声。
大勢の人間が逃げる足音。
この場にそぐわない陽気な店内 BGM。
それらすべてがゆっくりと聞こえなくなった。
俺は彼女のもと座り込み、すこしでも出血が少なくなるよう腹を抑える。
唐突に親友の正面にあった影が消える。
若者がこの場から走り去ったようだ。
そのことになんら関心が湧かない。
ただただ、親友が死なないよう腹を抑えることに必死だった。
生きてほしい。死んでほしくない。
ずっと抑えていると、抑えている手に親友の手が重なる。
スッと彼女の顔を見ると、諦めた顔をしていた。
っざけんな!死なせるかよ!生きろって!!と叫ぶと、彼女は一瞬驚いたような顔してすぐに微笑み
――ありがとう、キミが親友で幸せだった。
そう口を動かし、重ねていた手の力が抜けた。
そこから先はあまり覚えていない。
救急隊員がやってきて応急処置を行い、そのまま救急搬送された。
そして、病院に搬送された 2 時間後に親友の死が確定した。
と、一つ一つ丁寧に残酷に聞かされた。
気づいた時にはもう夜で、すべてが終わっていた時にその場に居合わせた隊員がゆっくりと教えてくれた。
残された俺は院内に呆然と座っていたらしい、何も覚えていない。
刺した犯人はすぐに捕まったそうだ。
報道では、単純に彼女に恨みを持っていたからと伝えられていたが実際は違った。
特別に取り調べに同席させてもらったが、
「中年男性を刺すつもりが中年男性が近くにいた女を引っ張り出して俺がそのまま刺してしまった」
犯人と言っていた。
動機は、どうやらあの中年男性は大手企業の社長であり随分と強引な事業を行いその影響で失業したため。
とのこと。
そのことを聞いて、俺は猛烈な怒りを感じた。
そして誓った。
____絶対にあいつは俺が死んでも殺す。
そこからの日々は、周囲からの慰めや待遇が優しくなった。
けれど、親友と仲の良かった女子からは何故助けられなかったのかと強く責められた。
向こうは頭では責めるのは違うとわかっていながらも、責めるのだ俺を。
心情は理解する。
それが褒められるべきことかどうかさておき。
周囲には求められている姿を見せていたが、裏では例の社長を殺す計画を立てていた。
何度も何度も様々な条件でシミュレーションを行い、計画のために必要な器具やソフトなどを開発したりと忙しかった。
幸いにも両親はあまり私に感心が無く何をしようが気にも留めなかった。
ついに決行の日を迎えて、都内へと向かう。
様々な筋から手に入れた情報をもとに奴を「討つ」ためだ。
俺の計画は彼が現れるタイミングで俺が作ったドローンで、爆弾を彼に落とす。
それだけだ。
俺の身元がばれないように、ドローンには細工をしてある。
爆弾を落としたタイミングで自動的にドローンも爆破するシステムを使い、さらには独自のインターネットを組んで捜査の
際にシステムに侵入しにくくした。万が一の場合に備えて、回収されたコアチップやらなんやらから情報が抜き取れられ
ないようにそれらにウイルスを仕込んである。身元は最悪バレてもしょうがないができることはやった。
実行予定の場所のビルの屋上についた俺はドローンの起動はもう済ませ、スタンバイさせる。
後は奴が現れる時間を待つだけと思い、近くの自販機にココアを買いに行ったとき。
ちょうど今いるビルのとなりで舞台をやっていた。
舞台といってもそんな大層なものではない。
ちょっとした特設ステージの上で歌を披露してダンスを踊るだけのものだ。せっかくターゲットを討つまで余裕があるなら
ば、見てみようと思い立ち金属とガラスが使われた柵に寄りかかり持っていたココアのペットボトルを開けた。
どうやら舞台はすでに中盤のようで、観客も盛り上がっていた。その光景を見ながらチビチビとココアを飲む。演じている
のはみな子供のようだ。今日はエメラルドプロモーション、という子供たちがメインの事務所が主催で発表をしているようだ。さっきスマホで調べた。
どんどん歌とダンスは進んでいき素人の目から見てもすごくうまいことが伝わる。
4 人ほどの子供たちが華麗なダンスを披露した後、司会者からのアナウンスが入った。
「つづいては最後の演目です、エメラルドプロモーションのエース…RuCa さんの自作した曲をお聴きください!どうぞ!」
観客の単調な拍手が出てきた女性を迎える。どこか見たことのある顔だが上手く思い出せない。キリッとした佇まいで、舞台慣れしている感じがする。とても不思議なオーラを持つ少女だ。ふと左腕の手首を見て時間を確認すると、標的の出てくる時間まで少しだった。手に持っていたココアを一気に喉に流し込み、ポケットにしまう。そしてポケットの中で握り潰す。
…この公演を見ることは諦めるか。
そう思い背を向けて歩き始めた時。
イントロなしで彼女の歌が聞こえてきた。
––君がいるだけで良かった
そのフレーズが聞こえた時思わず俺は足を止めた。
なぜだかは分からない。
本当に体が勝手に止まった。
何かに反応するかのように。
そして背を向けたはずの彼女の方に歩いてた。
自分にはやらなければいけないことがあるのに。
なぜだろうか…
ーどんなにつらかった時も
ーずっと心の中で煌めき続けてた
普段音楽を聞かないのに…なぁ…。
なんで聞きたくなるのだろう。
ーどんなに届かないと思っても
ーあなたは夢にまでやってきて励ましてくれた
あぁ…なんでだろうか、胸が詰まる感じを覚える。
いつのまにか地面には薄灰色のシミが数箇所できていた。
ー自分はそんなあなたを想う
歌詞が…、ただ胸の底を突いて。
痛くて辛くて虚しくて。
今まで無意識に抑えてしまっていた淋しさが。
壁を押し壊して溢れ出てくる。
そして俺は視界が滲み目の前の丈の低い柵に無様な格好で体を預け崩れた。
ーだから見てて欲しい
ー今の自分を。
「…なんで…っう…こん、な…っは…時に!」
…あとは簡単な操作をするだけなのに。
ほんの少しで、あいつを殺せるのに…!
「どうして!…っは…っふ…今なんだよっ!」
抱え続けて見ないふりをしていた痛みを堪えながらの叫びは、今になって具現化した。
ーたとえ目の前で見れてなくても
ー応援してて欲しい
どんなやつか名前も知らない、ただステージで歌ってるやつの歌で…!
激痛の叫びは曲と一体化し風によって流された。
「ぅぁぁ…!」
力なく泣き叫んだ声と涙すらも彼女の歌は包み込んでもはや一種の芸術にまで進化させる。
なぜ、こんなにも心に響くのか。
なぜ、人を泣かせることができるのか。
なぜ、私は泣いているのか。
様々な問いが脳を支配している。
でもそれは全部彼女の歌声によってかき消される。
どこにも音楽は流れていないのに。
でも自分の頭の中では音楽が流れている。
歌声が音を奏でている。
当たり前だけど当たり前じゃない。
それほどまでに彼女には力があった。
音がないのに聞こえるようになる謎の力が。
−それだけで私は幸せです
この言葉を聞いた時。
自分はたくさんの思い出が駆け巡った。
あの子と過ごした一つ一つの時間。
勉強した時に教えてもらったこと、好きなジュースを飲んでいる時の笑っている顔をみたこと、先生に怒られて凹んでる時
のこと。
最期に見た、彼女の幸福を体現したかのような力のない笑顔。
…遠くで拍手の音が鳴り響く。
俺は顔を覆ったまま動けなかった。
服の袖でいくら目から流れ出す一粒一粒を拭っても拭っても溢れ出す。
どれくらいしただろうか。
ようやく涙が枯に枯れて俺は地面に力無くゆっくりと横たわる。
目の前にあるのは水色の空と淡い白で浮かぶ月。
そして子供がハケでなぞったような雲が一つ。
無情なアラーム音がほんのわずかに自身の腕時計から響く。
____決行時刻のアラームだった。
ゆっくりとアラームを右手で止める。
なぜだかわからない。
なんで俺が計画をストップしたのか。
でも言えることはある。
歌が救ったのかもしれない。
きっと、私は辛かったのだろう。
泣きたかったのだろう。
でも泣くタイミングや機会。
心情が追いついてなかったのだ、きっと。
その矛先としてあの男を俺は殺そうとしたのだろう。
せっかくお年玉を注ぎ込んだシステムや設備が無駄にはなってしまったが得るものはあった。
金に見合わないほどの莫大な財産を。
無論俺の親友を殺されたきっかけとなったあの男を許すつもりはない。あくまでも、俺は殺さない。他にも殺す方法はある。
殺すのは「社会」だ。
俺がやるべきは一つ。
この事実を社会に知らせるだけである。そうと決まれば今の俺のタスクは、今回の計画に使ったものを活かして準備する
だけだ。
それと…あの歌の力を持った少女を知りたいと思う。
自分の感情に気づかせてくれた 2 人目だ。
「ありがとう、ちょっと遅いけど前向くよ…」
誰に言ったわけでもないが、その声は雲に乗って消えていった。
どこか遠くで(遅いし前向く方向を相変わらず間違えてんのよ)と若干呆れ気味に聞こえた気がしなくもないがそれもまた…。
俺は勢いよく立ち上がってドローンやらなんやらを片付ける。
そしてビルから自宅へと足を進めた。
______後に残ったのは、ビルの屋上への扉が閉まった音と涙の跡…そして綺麗に晴れた快晴の空だけだった。