72話 クリスマスパーティー 2
家の中は、まるで物語の中で見るようなカーペットが床一面に広がっており、更に、物凄い人数のメイドさんや執事さんなんかが目をつぶり、頭を下げていた。
それは唯奈さんだけでなく、俺たちにも向けられているものだった。
一体どれだけお金持ちなんだ……。
そんなことをボーっと考えながら歩いていると、前から一人の女性が歩いてくる。
どこか唯奈さんと同じ貫禄のある雰囲気。
その女性は一度俺たちを見やり、唯奈さんに話しかける。
「唯奈……この子たちが前言ってた友達……?」
「うん……初めより人数は増えたけど、今日はこのみんなでパーティーをする……」
「そう」
女性の凛々しい雰囲気に俺たちは圧倒される。
前の唯奈さんから親の相談をされた時から薄々感じていたが、やはり唯奈さんのお母さんは厳しい人らしい。
女性の身に纏う空気が少々重苦しい。
「えっと……佐藤です。今日はよろしくお願いします」
佐藤くんを先頭に皆が恐る恐る名前と挨拶を口にしていく。
それでも杏菜さんだけは初対面ではないのか、いつもの調子で挨拶を繰り出す。
その後、美波も挨拶を終えて、ラストは俺の番。
唯奈さんのお母さんに鋭い視線を向けられながらも、淡々と挨拶を口にする。
「浅野、です……えっと、今日はよろしくお願い――」
挨拶の最中、俺の言葉を遮るようにお母さんがいきなり足を前に出して、なぜか目の前で立ち止まる。
自分の身長の低さ故、見下ろされる形になる。
何を言われるんだろう……もしかして追い出されるんだろうか……。
不安で押しつぶされそうになりながらも、唯奈さんのお母さんが口を開く。
「君が浅野くん、ね……うん……」
上から下まで何かを模索するような視線で、体全体を見られる。
そんな状況に俺が怯えていると、突然、視界が何かによって遮断される。
温かくて、気持ちが良い。あまりの包容力に眠たくなってしまう。
一体この居心地の良さは何なのか、という疑問は一瞬で解消されることとなった。
「樹くん……うちの婿に来なさい」
唯奈さんのお母さんのそんな声が至近距離から聞こえてくる。
なるほど。どうやらこの気持ちよい温もりは、唯奈さんのお母さんによるものらしい。
抱きしめられている、そんな感じだろうか…………うん。どういうこと?
「お母、様?」
唯奈さんの困惑する声。
そんな反応になって当然だ。何せ、俺が今一番困惑しているからだ。
きっと皆もそれは同じなのか反応が一切ない。
それよりも、
「婿って?」
顔を上げ、お母さんと距離を取ってから尋ねる。
「決まってる……娘の唯奈と……」
「いやいやいや、待ってください。どうしてそうなるんですか」
何も理解ができない。
前提として唯奈さんのお母さんとは初対面だし……そもそも唯奈さんと絡み始めたのもたった二か月ほど前だ。
そんな男に易々と大事な娘を渡していいのか……? いいわけがない。
「ごめんなさい。さすがに結婚は……」
なので俺はキッパリと断りの言葉を口にしたのだが……
「そう……じゃあ今日は私たち七人で楽しもっか……」
意外にも潔いお母さんに違和感を覚える。
私たち七人……俺たち全員含めて七人で、そこにお母さんも加わるとなると八人。うん。なぜかメンバーから俺が除外されているようだ。
やっぱり潔くなんてなかった。しっかり根に持っている。
こういうところはやはり親子か。
「冗談よ……」
沈黙の俺を見兼ねてか、お母さんが言う。
冗談を言って勝手に気まずくなっている。何を考えているのか全くもって分からない。
一度唯奈さんに目をやり、再度納得する。
そんな俺の視線に疑問を浮かべる唯奈さん。そしてその横には何食わぬ表情の美波。
「ってことで早く行こうー!」
今まで黙っていた杏菜さんの一言でようやく俺たちは、食事室という名の貸切パーティー会場へ案内された。
部屋には一人一人の席が用意されており、その近くには専属のシェフが料理を準備して待っていた。
机には既に数々の食べ物が並べられている。クリスマスならではのケーキやチキン、シチューなんかもある。
全員が席に腰を下ろして、俺も同じように座る。
右には美波。そして左には唯奈さん、ではなく唯奈さんのお母さん。
「樹くん……今日はたらふく食べてね……」
なんだか気に入られてしまった、のか?
「えっと、はい。ありがとうございます」
そうして俺たちは皆で談笑しながら食事を共にした。
心地よくて、ご飯が物凄く美味しかった。
やはり一人で食べるより、信頼できる友達と食べる方が当たり前だが美味しさは倍増。
「樹。ローストビーフ食べる?」
隣の美波が言う。
「いいよ。自分で食べなよ」
確かに美味しそうだけど、食べたいなら自分でよそえばいい話だ。
「そういうことじゃなくて」
「ならどういうことだよ?」
「だから、口開けて」
不満そうに美波がローストビーフを向けてくる。
いや、何が『だから』なんだ。
確かに周りのみんな今は話に集中しているので、バレる心配はなさそうだが、それでもこんな所で食べさせてもらうわけにはいかな――
「んっ」
考えていると、無理やりローストビーフを口に突っ込まれた。
「美味しい?」
「……うん」
「なら良かった」
言うと美波は何事もなかったかのように、自分の食事を再開して、皆の会話に参加した。
本当に何を考えているのやら……。




