44話 他人への興味
「ごめん浅野。もう大丈夫だから」
「そっか、良かった……とりあえず、あっち行こっか」
「うん……ありがと」
まだ元気がなさそうな広瀬と共に近くのベンチへ腰を下ろす。その瞬間、
――ヴーヴーヴ。
早乙女さんからの着信。
「ごめん広瀬。ちょっと待ってて」
今、広瀬の前で白鳥さんの話をしたら苦しい思いをさせてしまう。
そう思った俺は広瀬から少し離れた場所で着信に応答する。
『アサくんっ! ど、どうしよう……』
今の早乙女さんは、俺があの場にいたことは知らないだろう。まずはそのことを伝える。
「状況は分かってる。広瀬は今俺の所にいるから安心して」
『そっか……美波そっちにいるんだ……電話出ないから凄く心配してたけどアサくんが傍にいるなら安心だよ』
「うん、そっちの状況は?」
早乙女さんはあの後、急いで白鳥さんの後を追ったから、一緒にいると思うのだが……
『追いつきはしたんだけど……『一人にして』って、顔を合わせることすらできなかった……』
「なるほど」
俺から見るにさっきの白鳥さんは感情が爆発したように思えた。
我慢に我慢を重ねた結果だろう。
だが、それで全てを吐き出してもスッキリするはずがない。先程のはそういう話ではないからだ。
何せ、誰も悪くない。片方が爆発して、一方的に感情をぶつけてしまった……それは事故のようなものだ。
きっと白鳥さんは今頃後悔しているだろう。
――どうして私はあんなことを言ってしまったんだ。
――美波ちゃんは何も悪くないのに。
――私は……失敗した。
俺は白鳥さんのことは何も知らないけど……今まで失敗を恐れていた俺だからこそ分かる。
人間関係での失敗……今までどれだけその状況を想像しただろうか。自分の失敗により大切な人まで傷つけてしまう。
失敗して生まれてしまった亀裂を元に戻すことはできるだろうか……いや、元通りじゃ意味がない。
それなら……
「早乙女さん、広瀬を頼む」
『えっ、う、うん』
正直今は広瀬から離れたくない。傍にいてやりたい。でも、それじゃあ何も解決しない。
広瀬のためにもなんとかしてやりたい。
三人でいる時の幸せそうな広瀬の顔を思い出したら、どうしてもいても立ってもいられなくなった。
俺が行ったところで意味はないかもしれない。だけど、これ以上悪化することはもうないだろう。
何せ、今の状況よりも最悪なことはない。三人が楽しく過ごせるならそれでいい。
強制するつもりはないけど……早乙女さんにも広瀬にもできないこと。
彼女の不満を受けるぐらいのことならできる。
そうして俺は早乙女さんに場所を聞き、罵声を浴びせられる覚悟で、そこへ向かった。
だが、当然その場所へ行っても白鳥さんの姿は見つからなかった。
もう移動してしまったのだろう。
一体どこへ行ったのか――俺は白鳥さんの気持ちになって、自分だったらどこへ行くのかを考える。
俺だったら絶対に……。
そうして向かった場所は海がよく見える場所だった。でも、白鳥さんの姿は見当たらず。
(やっぱそんな都合よく見つかるわけがないよな……どうしたものか……)
浜辺を歩きながらそんなことを考えていると、海の家を見つける。しかも、なんと営業中。
季節外れにも程がある……まさかこんな所にいたりしないだろうな? さすがに――
「いた……」
そこには店の前で座り、涙を流しながら焼きそばをすする白鳥さんの姿があった。
「「あっ……」」
二つの声が重なる。
俺の瞳には、涙目でこちらを見つめ焼きそばを咥える白鳥さんが映っていた。
「えっと……どうも……?」
戸惑いながら挨拶すると、また白鳥さんは逃げようとする。
「ちょっと待って!」
それでも振り向かない。やむを得ない。
「焼きそば奢るから待って!」
そんな俺の呼びかけで足の動きが止まる。そして、
「…………じゃあ……かき氷も」
「幾らでも奢って差し上げます」
この季節にかき氷かよ! というツッコミはせず、要望通りに食べ物を買ってあげた。
前には水平線が続く綺麗な海に心地の良い音、そして……隣では焼きそばとかき氷を豪快に食べる女の子。
(あんなことがあったのによく食べれるな……)
「ふぅ……食べ終わった……ご馳走様」
「そっか……って、もう!?」
「それで何か話があって来たんでしょ? さっさと要件を言え」
あまりに高圧的な態度に辟易してしまう。だが、
「俺は白鳥さんのことを何も知らない。確かに早乙女さんは魅力的な人だと思うけど、どうして早乙女さんだけに興味が湧くのか分からない。それでも……」
決して、これは否定の言葉ではなく。
「共感はできる」
寄り添う言葉だ。
「実はさ……俺も今まで白鳥さんと同じように他人に興味が湧かなかったんだ。他人とつるんだところで失敗して自分が傷ついてしまう、他人を傷つけてしまう。だから周りに目を向けなかった」
「…………」
「でも……そんな俺の考えを変えてくれた人がいてさ。ずっとネットでしか生きていなかった俺の人生が一気に彩り始めた。その子は白鳥さんにとっての早乙女さんのような存在」
「…………」
「その子のおかげで他人に目を向けるようになり、更に失敗を恐れることもなくなった。完全になくなったと言えば嘘になるけど……でもそのおかげで周りの人と絡むようになっていき友達が増えて、守りたいと思える人もできた」
「…………」
「早乙女さんや佐藤くん、田島くんや中村くん」
(そして広瀬)
「もちろんその中には白鳥さんも」
そんな俺の言葉に白鳥さんは一瞬だけだが反応する。
気持ち悪がられてるかもしれない。でも、俺は話すのを止めない。
「確かに白鳥さんが俺を嫌っていたことは明白だったけど……一緒にゲームしてる時はそんなことを忘れる程に楽しかった。四人での時間が心地よかった」
「…………」
「つまり何が言いたいのかというと……少しは早乙女さん以外の人にも目を向けてほしいということ。もちろん強制はしないし、白鳥さんが楽しくなかったら拒否してくれても構わない……でも、俺は一緒にいて楽しいと思ってるから。もちろん広瀬も早乙女さんもそう思ってる」
「…………」
俺は長々と思っていることを全て吐き出した。それでも白鳥さんは最後まで口を開かない。
結局自分語りでしかなかったが、俺はそれだけを伝えたかった。聞いてもらえただけでも感謝だ。
「ごめん。言いたいことはそれだけ。最後まで聞いてくれてありがとう……それじゃあ――」
俺はそう言ってその場を離れようとした、その時、
「実は私も……」
白鳥さんが初めて自分から口を開いた。




