23話 体育祭 4
昼休憩が終了し、午後の競技が始まる。
残すは広瀬と共に出る二人三脚のみ。正直不安でしかない。
「もしかして浅野、緊張してる?」
隣の席で座っている広瀬が話しかけてきた。
今現在は三年生による競技なのでクラスメイトの委員会活動のない人ほとんどが席に着いている状態だ。
基本的にクラスのスペース内であれば自由席なのだが、どうして広瀬が隣に座っているのか。
広瀬の隣には続くように、早乙女さん、白鳥さんが座っていた。
「そんな広瀬は緊張してないのか?」
周りに聞こえない程度の小声で返答する。
「私がするわけないじゃん。仕方ないなー、手出して」
「ん? はい――」
言われるがまま手を差し出すと、広瀬の両手でなぜかにぎにぎされる。これはもしかして……。
「緊張がほぐれるツボ。どう? 良さそう?」
「良さそうって……そこ疲れが取れるツボだよ……って、痛い! 痛い! 自分の過ちを俺に押し付けるなよ」
ようやく手を離されると。
「ごめんごめん。でも、これで緊張ほぐれたでしょ?」
「まあ……確かにそうだけど……」
言われた通り体の震えが収まった気がする。もっと他にやり方があったとは思うが。
でも、競技本番も広瀬が隣にいると思うと不思議と安心できる。
「広瀬さん、二人三脚始まるよ」
微笑む広瀬を隣に考えていると一人の男子生徒がそう声をかけてきた。
「あれ、ほんとだ。ありがとう、佐藤くん――行くよ、浅野」
「う、うん……」
広瀬は何も気にせず立ち上がり歩いていった。その後を追う俺だったが、なぜか佐藤くんから物凄い形相で睨まれている気がした。
◇◇◇
広瀬のおかげで緊張がほぐれた俺は広瀬と共にトラックの上に立つ、足の紐を結びながら。
きっと周りから見た俺たちは『うわ、美女と野獣じゃん』という感想を抱かれると思うが、今はそんなことどうでもいい。
そして遂に、開始を告げる火薬ピストルが学校内で響くと同時に俺たち含め生徒達が一斉に走り出す。
初めはみんなおぼつかない足取りで、並走していた。
でも、それも初めだけだった。徐々に周りの人たちは慣れていき、俺たちは置いてけぼりになる。
理由は当然俺の足の遅さ所以。
広瀬自体は足が速く余裕で一位に躍り出るポテンシャルを持っているが、二人三脚は片方の足が速いだけでは勝てない。
それに、もし広瀬が合わせてくれたとしても、俺の足の遅さは異常。
最高速のコンビネーションでも前の生徒に追いつけることはないだろう。
どんどん自己嫌悪が増していく。
別に負けたところで広瀬は笑って許すだろうが、クラスの人たちはそうはいかない。
特に男子は。
――A級美少女と出たんなら勝てよ!
――美少女三人組の顔に泥を塗るな!
そして何より。
――お前が人と仲良くなれると思うなよ、どうせ失敗する。
「浅野、浅野」
突然聞こえてきた広瀬の声で我に返る。
「ちょっと本気出すよ」
「えっ? う、うん、分かった」
そう言って広瀬は少し速度を上げるが、今現在、俺と広瀬の足は紐で繋がっている。当然ながら午前の借り物競争の時のようにはいかず。
俺の足の遅さ所以、先に行く広瀬は態勢を崩し、倒れそうになる。
急いで後ろから広瀬の両腕を掴んで、何とか倒れることは免れたが、
「ごめん、完全に俺のせいだ……俺が遅くてタイミングが合わないから」
態勢を立て直す広瀬に背後から謝罪する。
「浅野、周り見て」
「え? 周りって……?」
言われた通り周りを見渡してみると、
「頑張れー」「ガンバレ広瀬さーん!」「男の方も頑張れー!」
瞬間、今まで聞こえなかった音が鮮明に聞こえるようになる。
手で自ら塞いでいた耳を誰かの手によって退かされる。
無論、その誰かとは……。
「広瀬……」
「良かったね。浅野も応援されてるよ」
そう言いながら優しく微笑んでくれる広瀬はやっぱり……俺の好きないつもの広瀬だ。
汗でへぱりついた前髪を上げて、広瀬の腰に手を回す。
もう既にトラックに立っていたのは俺たちだけだ。
「行こっか」
それなのになぜか落ち着いている広瀬だったが、そのおかげで俺の心も不思議と落ち着いていった。
その後、もちろん俺たちは最下位に終わったが、他の生徒から『お疲れ様ー』と労う声をかけられた。もちろん広瀬を労う声が大多数だったが、隣で笑う広瀬がいたからそんなことどうでも良かった。
自クラスのスペースで競技に熱中しているクラスメイト達を前に広瀬と並列する。
「お疲れ、浅野」
「うん、お疲れ広瀬」
「負けちゃったね……」
「そうだな……ごめ――んっ!」
謝罪の言葉を口にしようとしたところで、俺の唇に広瀬の人差し指を添えられて強制終了される。
「もう謝るの禁止ね」
「はい……ごめ――んっ!」
またしても指を添えられた。でも、次のは人差し指だけでなく中指まで追加されている。
「もうまったく……浅野さ、失敗が悪いことって思ってない?」
指を離されつつも、三本指を構えながら言われる。
「そんなの言うまでもない……失敗は後悔しか残らないから。それならそんなの――」
「その考え、いつか自分の首を絞めることになるよ」
「そんなこと……!」
「だから今まで行動しようとしなくて友達がいなかったんじゃないの?」
そう言われるとぐうの音も出ない。
「でも安心して。そんな苦しそうに自分の首を絞めるなら――」
広瀬の両手が俺の首元まで伸びてくると、首にかかっていたハチマキを取られ、頭に巻かれる。そして、
「私がこうやって緩めてあげる」
「そうか…………でも、緩めるだけじゃなくて、せめて完全に解いてくれ」
「最後だけは自分で何とかしてもらわないと成長しないよ」
「まあ、確かに……」
「でも、相談ならいつでも乗ってあげるから……その……たまには私を頼ってね」
少し照れくさそうにする広瀬の手には俺の手が繋がっていた。
広瀬はさっき『緩めてあげる』と言ったのに、手を繋ぐ強さだけは緩めようとしなかった。
「これは?」
「……うっさい」
周りの生徒全員が競技に熱中している中、俺たちはその後ろで手を繋ぎ合って、そんなクラスメイト達を照れ合いながら眺めたのだった。
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