2話 出会い 1
広瀬との出会いは二週間前の新学期の日だった。
うちの高校でのクラス分けは、全8クラスのおよそ30人で構成されている。
単純計算でも、ざっと240人が一学年で在学していることになる。
他校の平均人数は分からないが、そんな大人数ということも相まって、俺と広瀬はそれまで顔を合わせたことすらなかった。
なんなら後ろの席の伊藤くんでさえ、進級してから出会ったくらいだ。
そんな中でたまたま同じクラスになったということだ。
俺が初めて広瀬の存在を知ったのは自己紹介の時。
◇◇◇
始業式が終わり、みんな名前順で席に着く。
【浅野】の【あ】ということで、俺は廊下側の最前列の席。
まあ、友達なんていないし席の並びなんてどうでもいいんだが――
「初めまして、えっとー」
後ろから軽く肩を突かれた。
「え、え、えっと、初めまして……浅野樹です」
物凄いどもり方をしてしまったが、辛うじてそれっぽい返事をする。
まさか声をかけられるとは思わなった。
「浅野くんか――伊藤悠人です。よろしくね」
「うん、よろしく伊藤くん」
そう言って伊藤くんと軽く会釈を交わす。でも会話はそれだけ。
その後それ以上の会話は特になかった。
友達0人の俺が初対面の人といきなり話すなんてことができるはずがないのだ。会釈を交わしただけでも充分と言っていいだろう。
「はい~みんな席ついて~」
そう言いながらも女性の担任教師が教室へと入ってくる。
ってか、『席着いて』って……。
「先生、もうみんな席着いてますよ」
「あら~ほんとだ~みんな偉いねえ~」
本当に大丈夫か、この先生。
「ちょっと先生しっかりしてくださいよー」
「ごめんなさいね~少し緊張しちゃって~――改めて今年この高校に異動してきた【豆田亜季】です。気軽に豆ちゃんって呼んでね~」
「豆ちゃん、それ緊張しているようには見えないってー」
一人の男子生徒がツッコミを入れると、教室内が笑いに包まれた。
豆田先生に関しては今年着任ということらしいが、どこか愛嬌がありポジティブそうな人だから生徒達とはすぐに馴染めそうだ。
「あはは~、とりあえず先生は今すぐにでもみんなと仲良くなりたいから、早速自己紹介からしていこっか~」
そんな緩い雰囲気で突然の自己紹介が始まった。
豆田先生が『仲良くなりたい』ということで、【名前】【趣味】【好きなこと(もの)】を一人ずつ言っていくことに。
こういうのはトップバッターが重要になってくるわけだが……嫌な予感がする。
「じゃあそうだね~、出席番号……名前順で君から!」
そう言って豆田先生の指先にいたのは……俺だ。
黙り込むわけにもいかなかったので、とりあえず席から立ち上がり、周りを見渡す。
生徒達の視線が俺へと集中している。
まあいいか……とりあえず言われた通りに――
「名前は浅野樹です。趣味はゲーム。好きなことはMMORPGです。一年間よろしくお願いします」
必要最低限の自己紹介をして腰を下ろす。
予想はしていたがやはり周りの反応は微妙だ。
でもボッチの俺にこれ以上のものを求められても困る。トップバッターを担ってやっただけでも感謝してほしいところだ。
「浅野くん~ゲーム少年だ〜これからよろしくね~。じゃあ次は後ろの君――」
と、そういう微妙な雰囲気で皆が次々と自己紹介していく。
俺が起こした微妙な雰囲気は他の生徒達の自己紹介が進んでいくにつれて、徐々に緩い雰囲気に戻っていった。
そして十人目が過ぎたぐらいの時。
いきなり周りの雰囲気が変わり、皆が関心を持ち、今現在直立している人物を興味津々に見つめる。
「早乙女杏菜です!」
理由は単純明快。
早乙女杏菜……【S級美少女】の番が回ってきたからだ。
二年生で存在は知っているとはいえ、男子生徒達は同じクラスになれた喜びで目を光らせながら聞き耳を立てている。
「趣味は食べること! 好きな食べ物は甘いもの全般かな~? 後はチョコとケーキとイチゴとクレープと――」
「ってそれ全部甘いものだよ〜」
「えへへ〜バレちゃった」
そんな仲睦まじい会話を先生と交わすと、またしても教室内が笑いに包まれた。
でも、先程の緩い雰囲気とは違って微笑ましい雰囲気。
「ってことで、みんな一年間よろしくね!」
「はい、杏菜ちゃんよろしくね~――じゃあ次は後ろの――」
「か、可愛い……っ!」
早乙女さんの自己紹介が終わり、次の人の番へと変わる時。
早乙女さんの後ろの席の女子生徒が謎の言葉を呟いて立ち上がった。
「あっ…………こほん……白鳥唯奈です。よろしくお願いします」
彼女はすぐ我に返り、早々に自己紹介を終わらせて何事もなかったかのように腰を下ろした。
彼女は確か、今年転入してきた女の子。
早乙女さんに引けを取らない美人さに皆が唖然とする。
だが、それと同時にいきなりのことで『さっきのは何だったんだ?』と教室内は困惑状態に陥る。
先程までの微笑ましい雰囲気の教室内が打って変わって変な雰囲気に包まれてしまった。
そんな中、雰囲気を良くするためか、はたまたただの自己満なのか、一人の女子生徒が白鳥さんに向かって、
「白鳥唯奈ちゃん……唯奈……ねぇねぇ、ユイちゃんって呼んでもいい?」
そんな声を上げたのは早乙女さんだった。
「えっ……いいけど……」
「やったー! それじゃあ私のことも気軽に杏菜って呼んでね!」
「うん……分かった。杏菜ちゃん」
「えへへ~」
美少女同士の新たな友情が生まれる瞬間に皆が感動して目を釘付けにしている。
だがそれと同時に『そんなの後でやれ』という女子生徒たちの視線も垣間見える。
そんな中でもう一人の生徒が立ち上がった。
生徒達が全員二人に注目する中、俺だけはそのもう一人の生徒に目が行く。
彼女は早乙女さんの背後まで歩いて、
「はい、杏菜。雑談タイム終了――」
「いでっ! もう何すんの美波!」
早乙女さんの頭上から、その『美波』という女子の手刀が襲いかかった。
「はいはい、仲良しタイムはこれが終わってからねー」
「むぅー」
早乙女さんはむくれながらも美波さんに首根っこを掴まれて席まで運ばれた。
白鳥さんも周りの皆も困惑していたが、豆田先生が状況を即座に理解して、また自己紹介を再開する。
そのまま、美波さんも自分の席へと戻っていく。
先程の美波さんの行動は、一見奇抜な行動のように見えたが、彼女は教室内の空気を読んで、割って入り、会話を終了させただけ。称賛されるべき行動だろう。
だと言うのにそれを理解していない一部の生徒達は『二人のやり取りを邪魔するなよ!』という視線を送っている。
確かに言わんとしていることは分かる。何せ美少女二人の友情が生まれる瞬間。
だが、日頃人の顔色を窺って空気を読んでいる俺だからこそ彼女の気持ちが分かる。美波さん……彼女は俺と同類だ。
空気を読んだだけなのに責められるのは違うと俺は思う。
まあ、思うだけで特に何が起こるというわけでもないんだが。ただ思うだけ……行動はしない。
だが、彼女の存在は俺の中で気になる人となった。
そんな気になる人認定した彼女の名前はその後の自己紹介で知ることになった。名前は広瀬美波。
彼女はまさかの【A級美少女】と呼ばれている女の子だった。
名前を知った俺は彼女に話しかけるでもなく、その後はただボーっとしていて、そのまま学校が終わった。
学校が終えた俺は即座に家へ帰宅し、いつものRPGを嗜んでいた。
「さすがに4時間もぶっ通しでやってたから疲れたな……少し休憩を――」
――ヴー。
そこで、家族以外の連絡先が入っていない俺のスマホが震えた。
どうせ、公式LINEかニュースの通知とかくだらないことだろうけど、親の可能性もあるかもしれない。
ということでスマホを手に取り、画面を覗いてみると、
『浅野くんだよね?』
それは親からのLINEではなく、一人の女子からだった。
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