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会議室の床には豪華な赤いシルクの絨毯が敷かれ、中央には数十メートルに及ぶ彫刻が施された木製の長テーブルが置かれていた。その上には翡翠色の錦の布がかけられ、中央には精巧なバラの陶器の盆栽が飾られている。各椅子は名工による逸品で、上質な木材を用いて作られ、整然と並べられたそれらは、会議室の壮麗さを一層際立たせていた。
クレレント王は家臣と騎士団長のトラン・バイソール、さらに宰相のチャーリー・プルス、大学士のロディス、守衛隊長のケアン・アザミらを召集した。今回の会議は緊急でありながらも必要な重臣だけが招集されたため、広大な会議室には閑散とした空気が漂っていた。
二人の侍女が会議室に入り、一人が透き通るガラスのワイングラスを各々の座席の前に静かに並べ、もう一人が黒いガラス瓶から葡萄酒を注いだ。ほのかな酒の香りが広がり、厳粛な雰囲気にわずかな温もりを添える。
クレレント王は口を開いた。深い紫色の瞳が鋭く皆を見つめる。
「諸君もすでに耳にしているだろう。ロレード山脈とクルノの谷で起こった異変を。交易は我が国の命脈の一つであり、この危機を放置するわけにはいかぬ。ゆえに、こうして緊急会議を開いたのだ。」
彼の金色の巻き毛は陽光を受けて輝き、今日は赤いベルベットの上着を身にまとっていた。胸元には白いバラの花が飾られ、肩には灰色のミンクのマントを羽織り、堂々たる風格を醸し出している。腰には代々受け継がれてきたサファイアのペンダントが下がっており、その宝石はウズラの卵ほどの大きさで、深い青の光沢はまるで海の影を映し込んだようだった。王の堂々たる体躯に対し、それはあたかも胸元で煌めく美しいほくろのように見えた。
宰相チャーリー・プルスが静かに言葉を引き継ぐ。その声は落ち着いていた。
「噂では、そこに巨大な竜が現れたらしい。ロカスの水の神殿よりもさらに巨大で、凶暴かつ残忍な存在だ。通行人を侵入者と見なし、手当たり次第に襲いかかるという。そして、ロレード山脈からクルノの谷にかけての一帯を自らの縄張りと定め、我が物顔で暴れ回っている。すでにこの話は街中で広まっている。」
チャーリー・プルスの茶色の短髪は一糸乱れず整えられ、昨夜のシャンプーの名残か、ほのかなミントの香りを漂わせていた。彼の上着はドラゴンリザードの革製で、粗削りの鱗模様が鈍い光を反射している。その野性味ある質感にもかかわらず、彼の体にしっくりとなじみ、まるで第二の皮膚のように自然だった。ズボンは繕いを重ねた狐の毛皮で作られ、素朴で飾り気がない。マントも例外ではなく、一般的な羊毛の肩掛けであり、彼の装いは常に質実剛健であった。
「たった数日でここまで事態が悪化するとは……。」
守衛隊長ケアン・アザミが険しい表情で口を開いた。
「この問題を軽視するわけにはいかない。放置すれば、影響はさらに拡大するだろう。」
ケアン・アザミはいつも重厚な鋼の鎧をまとっている。その輝きは、彼の被る茶色のレザーのフードの影にわずかに隠れていた。フードには天鷹の羽が一枚挿され、微かな風に揺れている。胸には銀製の盾を象った徽章が光り、守衛隊長としての誇りを示していた。
「他の大臣たちは城に不在か、事情があって出席できぬようです。」
大学士ロディスは、少し迷うような口調で言った。
「陛下、彼らを待つべきでは……?」
ロディスはいつもの学士のローブを着ていた。柔らかいベルベットの生地が体にぴったりと馴染み、快適ながらも威厳を損なわない装いである。彼の髪はすでに白く染まり、深い皺が刻まれた額には時の流れが浮かぶ。胸元には長い白髭が垂れ、話すたびにわずかに揺れていた。老人斑が散らばるその顔には、長年の知恵と穏やかな落ち着きが滲んでいた。
「待つ必要はない。」
クレレント王はロディスの言葉をきっぱりと遮り、断固たる威厳をもって言い放った。
「これは国家の存亡に関わる問題だ。一刻の猶予も許されぬ。」
トラン・バイソールは喉を軽く鳴らし、鋭い眼差しを向けた。
「魔物が災厄をもたらしている以上、我ら騎士団が討伐に向かうべきだ。それに、今回の相手は飛竜――ただの敵ではない。」
彼の身を包むのは、金色の装飾を施した鋭利な鋼鉄の鎧。幾度もの戦場をくぐり抜けたその傷跡が、激戦の歴史を物語っていた。龍の頭を象った兜は今にも火を吹きそうなほど威風堂々とし、凄まじい殺気を放っている。彼はこの重い兜を常にかぶることを習慣としていた。周囲の者からは「暑くはないのか? 首が痛くならないのか?」と何度も問われたが、彼は表情ひとつ変えず、それを誇りの証と見なしていた。
「同感だ。」
チャーリー・プルスは静かに頷き、真剣な眼差しを向けた。
国王はロディスに目を向け、毅然とした口調で言った。
「それから、ロカス神殿の大神官、ダルセン・シュバスにも今回の戦いに加わってもらいたい。ロディス、お前もこの案には賛成するだろう?」
ロディスは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに頷いた。
「まったく同感です。彼がロカス神殿に着任して以来、我が国のために数々の功績を上げてきました。それは誰もが認めるところでしょう。」
彼は卓上の文書を手に取り、一冊の巻物を開いた。そこにはダルセン・シュバスの輝かしい功績が詳細に記されており、その一つひとつが驚嘆に値するものだった。
中には宰相や大臣たちですら知らなかった記録も含まれており、トラン・バイソールは思わず感嘆の息を漏らした。一方、チャーリー・プルスはすでに承知していたのか、落ち着いた様子で窓の外を見つめながら静かに思索を巡らせていた。
ケアン・アザミは黙って話を聞き、静かに頷く。彼の表情は真剣で、厳格さが滲み出ていた。
「彼はまるで天からの使者のようだ。我が国に大いなる助力をもたらしてくれた。」
国王は感慨深げに呟いた。
「今回の敵は容易ならぬ相手だ。戦力は多いほどいい。王都の守衛隊からも、一部の兵を前線へ派遣すべきだと考える。」
トラン・バイソールが提案した。
国王はこれに頷き、最終的にロカス騎士団、王都守衛隊の一部、そしてダルセン・シュバスを派遣することが決定した。
決議が下された後、国王は会議の終了を宣言し、大臣たちは次々と立ち上がり退出の準備を始めた。その時、国王が宰相チャーリー・プルスを呼び止めた。
「チャーリー、お前に個人的に相談したいことがある。」
国王は侍女に酒を用意させようとしたが、チャーリーは礼儀正しく手を振り、断った。
「重要な話があるのならば、酒は不要です。」
その毅然とした口調には、彼の常なる慎重さと自制心が表れていた。
「それもそうだな。」
国王は小さく頷き、やや憂いを帯びた表情で続けた。
「最近、王都で妙な噂を聞いた。林木兄弟会の者どもが、無断で森林を伐採しているという話だ。」
「陛下がおっしゃるのは、あの木材交易を主とするギルドのことですか?」
「ああ、そうだ。」
「実は私もその噂を耳にし、すでに調査を進めています。」
「よろしい。」
国王は満足そうに微笑み、口調を引き締めた。
「この件、徹底的に洗い出せ。王都に違法行為を許すわけにはいかぬ。」
チャーリーは深く頷き、一礼した。
「当然のこと。では、他にご指示がなければ私はこれで失礼します。まだ処理すべき案件が山積しておりますので。」
国王は了承し、チャーリー・プルスが堂々とした足取りで去っていくのを見送った。その後、再び王座に腰を下ろし、大臣たちからの報告を受けながら政務をこなしていく。日々の務めに没頭するうちに、時間は静かに過ぎていった。
やがて、神殿長ダルセン・シュバスが謁見のため宮廷を訪れた。
彼は片膝をつき、頭を垂れる。
「陛下、ご機嫌麗しゅうございますか。」
ダルセンは淡い青の司教の法衣を纏っていた。その上質な絹の布は清らかな水を象徴し、金糸で縁取られた装飾がほのかに光を放っていた。
彼の顔には深い傷跡が刻まれており、その一つ一つが彼の過去を物語っている。その威厳に満ちた姿は神秘的でありながらも、どこか畏怖の念を抱かせるものだった。
彼の手には深色の木製の杖が握られていた。それは彼が魔法を操るための神器であり、彼の手元を決して離れることはなかった。また、首にかかる黒翡翠のネックレスは親指ほどの大きさしかないが、鈍い光を帯び、どこか不吉な気配を漂わせていた。
国王はしばし沈思し、問いかけた。
「最近、ロレイド山脈とクルノの谷で起こった異変について知っているか?」
ダルセンはわずかに顔を上げ、表情を引き締めた。
「はい、陛下。その一帯に凶暴なドラゴンが現れたと聞いています。通りかかる者を無差別に襲い、近づくあらゆる生物を攻撃するそうです。」
国王は頷き、憂慮の色を浮かべた。
「幸運にも逃げ延びた生存者たちが報告してきた。その証言によると、まさにお前の言う通りだ。今回の件、ぜひともお前に協力をお願いしたい。お前のこれまでの貢献は周知の事実であり、常に素晴らしい働きをしてくれている。私としても直接感謝を伝えたいと思っていた。」
「陛下、恐れ多いお言葉です。民を守ることこそ、私の使命にございます。」
ダルセンは力強く言い、目には責任感の光が宿っていた。
国王は穏やかに微笑んだ。
「お前がいてくれることは、何よりも心強い。今回の遠征には騎士団と一部の王都守備隊も同行する。彼らのことを頼む。無事に帰還するよう努めてくれ。」
「全力を尽くす所存です。」
ダルセンは静かに頭を下げ、杖を強く握りしめた。彼の脳裏には、これから直面するであろう試練が去来していた。
ロカス城は壮麗で、通常の城よりも遥かに規模が大きい。五つの尖塔が天を突くようにそびえ立ち、それぞれ東西南北に配置され、中央には最も高い国王の居城がそびえている。
赤煉瓦と石灰で築かれた外壁は、重厚で荘厳な雰囲気を放っていた。城内の床や壁には大理石や花崗岩が使用され、その威厳は見る者に強い印象を与える。
この壮麗な城の西塔四階には、王女クレレア・ロカスの部屋が静かに佇んでいた。
その広々とした部屋は優雅でありながら、気品と洗練を兼ね備えている。
深紅のカーテンは最高級の絹で仕立てられ、温もりを添えている。
天井には銀細工のシャンデリアが輝き、部屋全体を柔らかな光で包み込んでいた。
隅には金装飾のグランドピアノが置かれ、その横には整然と並べられた本棚があり、知性を感じさせる雰囲気が漂っている。
さらに奥には衣装箪笥と鏡台があり、大きなベッドの上にはベルベット製のぬいぐるみが並べられていた。
すべてが計算された配置で、美しさと居心地の良さが絶妙に調和している。
クレレアは薄桃色のドレスを身にまとい、滑らかな絹と羊毛の素材が彼女の肌に優しく寄り添っていた。
彼女の長い髪は紅の瀑布のように流れ、白磁のような肌がその美しさを際立たせていた。
端整な顔立ちは人々の視線を惹きつけ、彼女がどこへ行こうとも注目の的となる存在だった。
そんな彼女は今、目を輝かせながらダルセンを見つめ、興奮した様子で微笑んだ。
「ダルセン、今回の遠征に正式に任命されたのね!一緒に頑張りましょう!」
クレレアは両手を高く掲げ、彼の肩をポンと叩いた。その口調には、激励の色が滲んでいた。
しかし、ダルセンの顔には困惑の表情が浮かぶばかりだった。
彼の身には神殿の主教を示す淡青の長衣がまとわれ、精巧な金刺繍が施されていた。
顔には深い傷痕が刻まれ、彼の歩んできた過酷な道のりを物語っている。
彼は額に手を当て、大きくため息をついた。
「おかしいな……私は神殿の主教なのに、どうして騎士団の遠征に同行することになるんだ……?」
幼い頃からダルセンと共に育ってきたクレレアにとって、彼の傷跡は見慣れたものであり、何の恐れも抱いていなかった。
彼のぼやきを聞いた彼女は、眉をひそめ、頬を膨らませて怒りをあらわにした。
「国王陛下に遠征副隊長として任命されたことを、もっと誇りに思いなさい!国のために尽くすことを、怖がってどうするの?」
ダルセンは両手を広げ、肩をすくめた。
「いやいや、俺は実戦経験なんて一度もないんだぞ?そんな大役、俺には荷が重すぎる……。」
彼の表情には、明らかな動揺が浮かんでいた。
クレレアはプイッと顔を背け、ふてくされた様子でそっぽを向いた。
「もう、うるさい!そんなに嫌なら、さっさと行っちゃえば?」
彼女はまたしてもわがままな一面を見せ、拗ねたようにそっぽを向く。
ダルセンは深いため息をつき、これ以上抗うことは無意味だと悟った。
彼は静かに頭を下げ、低く言った。
「……承知しました。」
そうして踵を返し、部屋を後にした。
彼の心の中には、国王から与えられた重責が静かにのしかかっていた。
道ルセンは人混みの多い大通りへ戻った。周囲には都市の喧騒と活気が満ち溢れていた。
パン売りの商人が荷車を押しながら、元気よく叫ぶ。「焼きたてのパンはいかがですか! 一つ五枚のデル銅貨ですよ!」
その明るくはっきりとした声に、多くの通行人が足を止めた。
少し離れた噴水のそばでは、シルクハットをかぶり、黒いベルベットの礼服を身にまとった楽師がヴァイオリンを奏でていた。優雅な旋律が空気に溶け込み、賑やかな市場に芸術の雰囲気を添えている。彼の特徴的な八の字ヒゲが、音の流れに合わせるかのように微かに揺れていた。
噴水は丸みを帯びた小さな天使像と三段の円形プラットフォームで構成されている。天使像は最上段に立ち、両手で花瓶を掲げており、水がそこから流れ落ち、下の段へと優雅に降り注いでいた。水面に波紋が広がり、涼しげな霧が周囲に漂う。
その近くでは、一人の男が朗々とした声でロカスの民謡を歌い上げていた。その軽快なメロディーと心地よいリズムは、通りすがる人々の足取りを自然と軽やかにし、街に穏やかな活気をもたらしていた。
道ルセンが川沿いの通りに入ると、道の両側にはさまざまな露店が立ち並んでいた。奇妙な形の石を売る者、珍しい木材を展示する者、手工芸品や盆栽、調理器具を販売する者など、それぞれの商人が声を張り上げていた。中でも、煌めく武器や鎧を扱う店は特に目を引いた。さらに奥へ進むと、一風変わった魔法道具の店が見えてきた。店内には風変わりな服を着た術士たちが集い、占いや錬金術を売りにしているようだった。だが、道ルセンはこうした「術法」には全く関心がなく、心の中で冷ややかに笑いながら通り過ぎた。
彼は足を速め、神殿へと戻った。
ロカス神殿は白い大理石で造られた壮麗な建築であり、歴史と神聖さを兼ね備えていた。千年前、先人たちが水神の加護を願い建立したもので、海からさほど遠くない場所に位置していた。神殿の両側には水路が流れ、七色のステンドグラスが陽光を受けて煌めき、壁や床に幻想的な光を映し出していた。訪れる者の心を自然と落ち着かせる光景だった。
神殿の内部には、多くの神々の石像が祀られていた。それらの像は近年、城下の石工たちによって修復され、長年の風化で損傷した旧像と取り替えられていた。大理石や花崗岩、トレヴァ石で精巧に彫られた神々の像は、それぞれが威厳に満ちており、堂々たる姿を誇っていた。
道ルセンは毎日、神々へ祈りを捧げ、神殿の内外を巡回し、その神聖さと清浄を保つための務めを果たしていた。
「神殿長、お帰りなさいませ。」
神殿の入り口で、一人の修道女が深く一礼した。
「お風呂の準備が整っておりますので、お入りください。夕食も間もなく用意ができるかと。」
修道女フローサは、黒と白の修道服をまとっていた。それは安価な布で作られており、多少の粗さはあったが、修道女として誓いを立てた者には神殿から支給されるものだった。ほとんどの修道女がこの衣服を着用していたが、肌が敏感な者は城下の仕立て屋で絹製の修道服を特注し、より快適で耐久性のあるものを身に着けていた。しかし、それは非常に高価な品だった。
「わかった、先に風呂に入ろう。」
道ルセンは襟元を緩め、わずかに肩の力を抜いた。そして、ふと思い出したように尋ねた。
「エニアは今日、ちゃんと祈りと学習をしていたか?」
「ええ、しっかりと励んでいましたよ。それに、あのやんちゃなペレンまでが、今日は妙におとなしくしていました。」
フローサは微笑みながら答えた。そして、少し興味深げに目を輝かせた。
「ところで、今日は国王陛下があなたを城にお呼びになったとか……何かあったのですか?」
彼女は、道ルセンが何か話してくれることを期待しているようだった。
「交易路の近くにドラゴンが現れた件だ。」
道ルセンはため息をつき、少し眉をひそめた。
「まさか私に助力を求めるとは……私は神殿長であって、魔物退治の狩人ではないのだが。」
そう言った彼を見て、フローサは思わず笑い出した。その笑顔は実に朗らかで、道ルセンもつられて微笑み、心が少し軽くなったような気がした。
フローサは今年十九歳で、二年前に神殿へやって来た。
初めて会ったとき、彼女はぼろぼろの服をまとい、裸足のまま、髪は乱れ、全身から強烈な悪臭を放っていた。その匂いは周囲の人々を遠ざけるほどだった。
道ルセンはそんな彼女をじっと見つめたが、服は破れ、ほとんど体を覆えていないほどだった。その光景に驚き、思わず心臓の鼓動が速くなった。
彼は急いで修道女の衣服を用意させた。安価な布で作られていたが、少なくとも彼女の今の服よりはずっとましだった。
道ルセンの目には、フローサは生まれつきの美しさを持っているように映った。
深い紫羅蘭色の瞳、小さな鼻、桜のような唇、そして優雅に弧を描く柳のような眉。まるで天から舞い降りた妖精のようで、彼の視線は自然と引き寄せられた。
そんな彼女がどうしてこんな境遇に落ち、誰にも保護されず、妾や娼婦として金を稼ぐことすら強いられなかったのか、不思議でならなかった。
後に道ルセンは、フローサがある貴族――ジェス・ムロードの側室であったことを知った。
だが戦乱に巻き込まれた彼女は混乱の中を逃げ出し、独りで森をさまよい続けた。日々、野苺や虫、野草、木の実を食べて命をつなぎ、ようやくロカスの地に辿り着いたのだった。
しかし、彼女が街の門へ着いたとき、その惨めな姿を見た衛兵たちは疑いの目を向け、街への入場を許さなかった。
ちょうどそのとき、道ルセンが通りかかり、彼女を助けたのだった。
とはいえ、彼自身も彼女の異臭には耐えられず、距離を取りながら歩いたため、特に気をかけることはなかった。
彼が彼女を神殿へ連れていくと、修道女たちがすぐに彼女のために清潔な服を選び、道ルセンはそれを彼女に手渡した。
彼はその場に立ち尽くし、胸に様々な感情が渦巻いていた。
これまでの年月、彼はロカスの街と神殿のために尽力してきた。
市内の治安維持、街外の水路整備、さらには宮廷での小公女の教育――あらゆることに最善を尽くしてきた。
いつしか彼は学士に代わり、小公女の主要な教育者となり、国王にとっても不可欠な存在となっていた。
遠征の日、騎士団の兵士たちは次々と銀灰色の鋼鉄製の鎧と兜を身に着けた。
腕と肩は鉄製の輪甲に覆われ、彼らは整然とした列を作り、城門の前に立っていた。
彼らはまるで盤上の駒のように厳格に配置され、威厳と秩序を体現していた。
だが、その隊列の中でも特に目を引く指揮官がいた。
トラン・バイソル――彼は全身に黒い棘付きの鎧を纏い、兜にまで鋭利な棘が施されていた。その姿は、まさに敵を威圧するためのものだった。
この鎧はバイソル家の象徴であり、その家紋もまた鋭い棘を模していた。
彼の黒馬は漆黒の体毛に白く輝く鬣を持ち、鎧には家紋と同じ棘があしらわれていた。ただし、騎乗の際の利便性を考慮し、鞍部分の装飾は省かれていた。
その隣には、若き副団長クレレア・ロカスの姿があった。
彼女は軽量の鎧を身にまとい、魔法盾と特注の片手剣を携えていた。
剣の柄には見事な竜蜥の彫刻が施され、剣身はアルシス鋼で鍛えられていた。この鋼は非常に鋭く丈夫で、その優れた性能ゆえに戦士たちの間で高く評価されていた。
クレレアの体格は小柄であり、彼女が乗るのは橙色の鬣を持つ牝馬だった。
特別に仕立てられた小型の鱗甲と鞍は彼女の体にぴったりと合い、馬の小さな体躯は険しい道でも驚くほど俊敏に駆けることができた。
城門前には、民衆や王族たちが集まり、騎士団の出発を見送っていた。
彼らの眼差しには期待と誇りが込められていた。
騎士団は長年にわたり厳しい訓練を積み重ね、数々の戦で輝かしい戦果を挙げてきた精鋭部隊だった。
攻城戦においては主力として活躍し、その実力と忠誠心は民衆に深く信頼されていた。
今回、彼らは危険なロレード山脈を越えることになる。
この山岳地帯は商人たちが最も避けたがる危険な道であった。
時間を短縮するためでなければ、ほとんどの者はわざわざ遠回りを選ぶほどだった。
この交易路には魔物が頻繁に出没し、それはまるで港を飛び交うカモメのように日常的な光景となっていた。