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デビルの試練

想雲という老人は意外と信用できる人物でした。



彼は意識の戻らない晴十郎を見るなり、何度も謝り始めました。なぜ、彼が晴十郎に謝らなければならないのかはわかりません。



しかし、その真摯な態度を見て私は彼を信用することに決めたのです。



「今から、おぬしと晴十郎の心をつなぐぞい。覚悟は良いな?」



彼が言うには、晴十郎を治す方法はただ一つ。閉じてしまっている晴十郎の心を動かすのです。



「これから、何があっても怒りを生んではいかん。晴十郎を治したければな」



どうすれば、我が息子の心が動くのかはわかりません。しかし、じっとしていても何も始まらないのは事実です。



「おぬしには手伝ってもらいたいことがある。デビルに変わった時に何か呼ばれているような感覚に襲われたことはおありかな?」



どうしてこの方にそんなことがわかるのでしょうか?私は目を見開き、老人をまじまじと観察してしまいました。



「ふぉっふぉっふぉっ、お在りのようですな。リトルとデビルは私のせいで生まれたようなものですから、わかるんですよ」



「え?どういうことでしょう?」



私の問いには答えずに、老人は真っ白な顎ヒゲを手でさすっていました。



「デビルになって呼ばれた方向へ向かいなさい。あなたに助けを求める人がいるはずだ」



老人が何者なのか。気にはなりましたが、晴十郎を助けるのが何よりも先です。



我が子を助ける方法がわかった私は一刻も早く動きたかったのです。



「その方を助ければいいのですね?行けば何をすべきかわかるのでしょうか?」



老人は二度頷いて、ほほ笑みました。



「あなたの晴十郎君への想いは必ず届くでしょうな。行けばわかるはずです。さあ、時間がない。早く行っておやりなさい」



そうして私は、瓜二つの人物が対峙しているのを目撃することとなったのです。片方は芯が抜かれたようにぐったりと意識を失っていました。



もちろん、何かを言うわけではありませんし、助けを求められたわけではありません。



しかし、私の体は考えるよりも先に動いていました。なぜか、同じ顔をしている人物には渡してはいけないという確信が私にはあったのです。



こうして、私は“空っぽの身体”を二体救いました。男性と女性の一体ずつです。



脱け殻と共に、すぐにまた呼ばれるはずだ。そう確信していた私は二つの体を大事に寝かせておきました。



予感通り、一日を持たずして引っ張られるような感覚がやって来ました。



再び呼ばれた私は、女性の脱け殻を抱えていました。脱け殻もまた、呼ばれている。そんな気がしたからです。



「おい、黒豹。その体をこっちに渡せ」



私の抱えている脱け殻そっくりの女が私に向かって叫びました。ふと振り向くと誰かがその前に倒れています。



私はその人物を見て、私は息が詰まりそうになったのです。



「そ、想雲先生。何があったのですか?」



老人に答えはありません。辺りを見回すとやたらと人がいるようです。老人と同じ着物を着た女性が二人。



黒いベストに赤いシャツの男。その男に寄り添う女。二人とも似たような眼鏡をかけ、携帯電話でメールをしています。



「おい、聞こえたのか?担いでいる体をこっちに渡せって言っているんだ」



脱け殻とそっくりの女は、ピンクの着物を着た姉妹に襲われています。想雲様と同じ着物です。



やはり、あの女が老人に何かしたのでしょうか?



姉妹が女を捕まえようとはしているのですが、彼女は巧みに逃げ続けています。中国武術のような三人の動きは、目を見張るものがあります。



しかし、ピンクの着物は二人がかりなのです。追い詰めれるのも時間の問題でしょう。



――おかしい。ここに来たのはいいが、何も感じない。



いつもなら、何をすれば良いのか自然とわかるはずなのです。いや、わかると言うより体が勝手に動くような感覚です。



それが、ここにたどり着いた時から、引っ張られるようなあの感覚が消えているのです。



――少し待ってみるか。



「おい、ぼけっとしているんじゃない。こいつを何とかしてくれよ」



何も答えていなかったのが、悪かったのでしょうか?ピンクの着物の女性が突然、私に襲い掛かってきました。



「君は何者なのかね?邪魔をするのなら容赦はしない」



向かって来たのが、一人だったのが幸運でした。次々と繰り出される攻撃もなんとかかわす事ができたのです。



「私はあなたの味方だ。そこに倒れている想雲先生に言われて、ここまでやって来たのです」



「その抱えている女性をどうやって説明するのかね?」



今の私は、黒いベルベットのような毛で覆われています。晴十郎の悪意を吸い込んだデビルの姿です。



ただでさえ、味方とは思えない出で立ちに意識を失った女を抱えているのです。



信じろと言う方が間違っているのかもしれません。



説明して納得してもらえなかったら、どうなるのでしょう?心がつながっている晴十郎に何が起きるかが心配です。



――無抵抗を示して、私が殴られるのは構わない。しかし、体よりもこの晴十郎とつながった心が傷つくことだけは避けなくては。



それしか、無心で耐える方法がないと思った私は覚悟を決めます。



私は丁寧に女の脱け殻を降ろし、ひざまずいて無抵抗を示しました。



これは晴十郎を助けるための単なる通過儀式だと自分に言い聞かせながら――。



深呼吸をし、心を静かに保ちます。すると着物の女性ではなく、赤いシャツの男が歩み寄って来たのです。



「ここは僕に任せてもらおう。彼、何かとつながっているみたいなんだ。調べさせてもらうよ」



なぜ、そんなことがわかってしまうのでしょう?私は今からでも逃げるべきなのか考えました。



もし、つながっている晴十郎に何かされでもしたら――。



「おっと。動いてはいけないよ。君のシステムにはアクセス済みだ。つながっているのは大事な人だよね?」



「私はどうなっても構わない。どうか、その相手だけには手を出さないでくれ」



携帯電話を操作しながら歩いて来る男に懇願している間、私はただ晴十郎の無事だけを願っていたのでした。



続く

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