ディバイド
全く嫌でしょうがない。せっかく現世に戻って来たのに、今度は人の目が気になってしまう。
着替えたい。どうして着物がショッキングピンクなのだ。なぜ、背中にでかでかと愛という文字が入れてある?
せめて、ペアルックの想雲師匠は離れて歩いて欲しい。早く会社に戻りたいのはやまやまだが、私にはやるべきことがある。
シミズをこの世界へ呼び戻すのだ。師匠が言うには、まだ間に合うらしい。
どうして私が彼を助けようとするのかは自分でもわからない。元はと言えば、彼が悪いからと以前なら知らんぷりをしていたかもしれない。
しかし、彼がああなってしまったのも私に責任があったのではないか?今ではそう考えるようになっていた。
人間の体と人格をウラとオモテの二つに分ける。悪を切り離すと言ってもいい。私が想雲から、教わったことである。
「別れた二つを再びヒトツにするのじゃ。それでシミズを救ってやれるであろう」
――始めっから切り離さなければ良いではないか。
私は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。すでに、シミズは二つに分かれているのだ。
どうやって分かれたとか、分かれた理由などはもはや関係あるまい。彼を元に戻すには必要なことには違いない。
「格好の練習材料が見つかったわい。ついて来るのじゃ」
それでピンクの着物で町まで出てきたのだが。
「お、ついに暗やみに入って行きおったわい」
さっきから、ごく普通のカップルを後ろから尾行しているだけなのである。いったい何をしようと言うのか?
それになぜか、私たちと同じカップルを尾行しているもう一組の男女がいる。
――覗きか?いや、そんな雰囲気ではないな。
男は赤いシャツに黒いベストを合わせている。横には通り過ぎる男達が振り向くような色っぽい女を連れている。
尾行には適さない、人目を引く二人だ。お揃いのピンクの着物を着ている私が言えることではないのかもしれないが。
当然、こちらにも気付いているだろう。しかし、声をかけて来るどころか、目も合わせようともしない。まあ、そうだろう。
老人とお揃いの着物を着た女だ。私だってできる限り近付きたくないと考えるに違いない。誰が見ても、正気の沙汰とは思えないからだ。
――ふん、何とでも思うが良い。
ああいう男女は一時の感情に流され、すぐに燃え尽きてしまうものだ。私は全然、羨ましくはない。
――早くシミズを助けてやるのだ。それが私の使命。
それにしてもあの男。女を甘やかし過ぎるのではないだろうか?時折、手を引いたり優しい表情を見せて労をねぎらっているのが遠くから見ているだけでもわかる。
顔色をうかがわれるのはしょっちゅうだが、ああいう気の遣われ方を私はされたことがない。
私は、尾行中の標的をそっちのけでベスト男と一緒にいる女が気になって仕方がなかった。
――どうしたら、男性にあんなことをしてもらえるのだろう?
ボーッと考え事をしていた私の腕を師匠が掴む。
「ほれ、おいでなさったぞ」
気が付くと、尾行していたカップルが男に襲われていた。しかも、男は彼氏の方に瓜二つだ。
同じ顔をした男が、薄ら笑いで二人の前に立ちふさがっていたのである。
「まずい。刃物を持っておるわ」
想雲師匠はそう言うと同時に駆け出していた。慌てて私も追い掛けたが、出だしであまりにも遅れている。
「助太刀いたそう。下がっておれい」
師匠の手の平がぼんやりと光ったかと思うと、薄ら笑いの抵抗も虚しく男は一瞬で消されてしまっていた。
――なんだ。師匠が片付けてしまったではないか。
安堵よりも、私の見せ場がなかったという落胆の方が大きかった。何もしないのにピンクの着物を着ているのはただのコスプレではないか。
「お爺さん、さっきの人をどこへやったの?」
助けられた女の方が師匠に近寄る。爺さんは年甲斐もなく、顔がゆるんでいるのがわかる。
「もう、大丈夫じゃ。しかし、どこかに飛ばしただけじゃからのう。また来るやもしれんわい」
「そうなの?わたし、怖い」
女の子はそのまま師匠に抱きついた。そんなに怖かったのだろうか?後ろから駆け寄っていた彼氏のことなどお構いなしだ。
黒いベストの男は、少し離れた場所で眉間にしわを寄せていた。何が気に食わないのだろうか?
そもそも、なぜあの男にカップルを見張っている必要があるのだろうか?護衛か何かだと思っていたが、あの態度を見るとそれも違うようだ。
「余計なことしてるんじゃねえよ、ジジイ」
抱きついていたはずの女の子が倒れた師匠を蹴り飛ばしている。その場にいた他の誰もが予想外の出来事に凍り付いていた。
師匠はうめき声を上げることもなく、そのまま蹴られっぱなしだ。
「おい、君。どういうことだ?何があったというのかね?」
走り寄る私の声も、彼女には聞こえてはいなかった。止めようとする彼氏にまで殴りかかる勢いだ。
何よりも顔つきがさっきとはまるで別人。何かが乗り移ったとしか思えない豹変ぶりである。
「ハーイ、そこまでだよ、お嬢さん。女の子が暴力はいけないよ」
何時の間にここまで来たのだろうか。黒いベストの男が、師匠を助けようとする私の前に立っていた。
豹変した女が彼の方を向き、殺気立つ。
「ジーロウか。私の依頼を失敗させておいて、よくおめおめと現れたものだな。おまえになど用はない。消え失せろ」
「そういうわけにはいけないのさ、マドモァゼル。彼女の依頼は君が邪魔したんだろ?姿が同じなだけで僕が欺けるとでも思ったかい?」
またしても私が置き去りにされている。これは、あれか?いじめというやつではないのだろうか?
「いや、取り込み中すまないんだけどね。その女性は私がなんとかしようじゃないか。君、余計な手出しはしないでくれたまえ」
――私は何を言っているのだ?
ジーロウという男にだって、わざわざ乗り込んで来たからには目的があろう。私なんて、何をすればいいのかもよくわかっていないのだ。
余計な手出しをしようとしているのは私ではないか?
「あ、いや。やっぱりいい。その老人だけ連れて帰らせてくれ」
私は想雲師匠を抱えるために近づこうとした時だ。女は私の脇腹を蹴りつけ、大笑いをする。
「あっはっはっは。おまえ馬鹿じゃないのか?せっかく、イマージャを仕留めたんだ。簡単に返すわけがないだろうがよ」
「イマージャ?!イマージャ・クラウドか?」
ジーロウが女に飛び掛かって行く。しかし、彼女の動きは並みではなかった。あっさりとジーロウをかわし、はじき飛ばす。
私はジーロウの手を引っ張って起こした。あの女、只者ではないらしい。ようやく私の出番が来たのだ。
「代わろう。その老人の名前は想雲だと聞いているが、偽名なのか?」
「たぶん、あの娘は裏と表の性格が引っ繰り返っているんだよね。あのおじいちゃんがイマージャ・クラウドだとしたら、何とかできるんだけどね」
話の途中だと言うのに奴が飛び掛かって来る。しかし、私がそれをかわすのは造作もないことだった。
――これが私の役目だ。
私の声と身体が二つに分かれていく。私たちは二人同時にジーロウに振り返り、声をかける。
「この女を二つに分けるのだな。私がなんとかしよう」
ジーロウが見守る中、二人の私が武者震いをしていた。
続く