ダブルデ
笑えるほどの不幸ってありますか?それって不幸だと思いますか?
それは笑った時点で不幸ではなくなるのではないしょうか?
笑って、浄化されて、幸せとなる。もし、そうであるならば笑っていれば幸せなのです。
とても簡単そうですが、実際には難しいことなのかもしれません。
今、僕はストーカーのような女に付きまとわれています。最初は迷惑でも、少し嬉しかった。
しかし、彼女が嘘をつき、無言電話をし、刃物を持ち歩いていたりするうちに僕の心は時速二百㎞を超える―――東京、大阪間なら一時間と少しぐらいで到着するであろう―――スピードで離れていきました。
僕は度重なる彼女のご好意に、精神的疲労を積み重ねていくだけです。
彼女の右目の下には、印象的なほくろがありました。ですから、似たようなほくろを見ると別の人でも恐怖せずにはいられませんでした。何度も夢に出てきては、うなされもしました。
それほどの恐怖とストレス。僕の頬は痩せこけ、目は落ちくぼみ、顔にある種の迫力が増していく。
あまりにも毎日、顔が変わるので鏡を見るのが少し楽しみになっていたほどです。
そんな日が一週間ほど続いたある日のこと。
僕は、とある計画を実行するためアイスクリーム屋に向かっていました。アイスクリームが、食べたかったのではありません。
あまりに自分の顔が恐ろしいので、どうしてもこれを披露してやりたくなったのです。
カップルなどの若者どもが集う場所で一際異彩を放つ男が、血走った目でアイスクリームを選んでいる。
そして、ふところに忍ばせた携帯のアラームを使い、恐怖映画のテーマ曲を流すのです。
なんてエキセントリックなのでしょう。私は謎の男として、そこにいる人々の記憶に残ることとなるのです。
考えるだけで、自然に笑みがこぼれてまいります。
しかし、残念なことに、これは企画だけに終わってしまうのです。
なぜなら、私は自分に遭遇したのです。しかも、ナイフで脅されお金を要求されました。
自分に脅されるというのも乙なものです。なぜか、僕とは利き手が左右逆というだけで外見はほぼ同じなのです。
私が私の名前を呼び、相手の要求もなぜだかわかってしまう。状況とは裏腹に心は通じ合っていたのです。
彼は私を殺すという使命を持っていました。しかし、殺すのにはためらいがあったようなのです。
なぜ殺さなければいけないのか?自分はなぜ存在しているのか?と苦悩していたのです。
私は彼に生きがいを感じてもらうために二通の手紙を書きました。
一通は、もう一人の私へ。もう一通はストーカーの女へ。それぞれに映画のチケットを同封して、ポストに投函したのです。
それは思った以上にうまくいきました。彼は彼女に生きがいを見いだし、彼女の狂気は愛されることで消え去りました。
しかし、私は忘れ去られました。
あれだけ疎ましく思っていた彼女の行動が今では恋しいのです。その想いは日に日に増していくばかりです。
ついには、自分を差し置いて幸せになったもう一人の自分を憎むようになったのです。
―――そうだ。あいつを殺して俺が入れ代われば・・・。あいつだって、いつ俺を殺しに来るのかわからない。このまま、殺されて忘れ去られるなんて我慢できるか―――
僕は手に入れた拳銃を握りしめ、綿密な計画を立てました。そして、いよいよ決行の日。
僕が玄関のドアに手をかけようとすると先にドアが開きます。そこには、ストーカー女が立っていたのです。
「もう一人のあなたは、もう土の下で眠っているわ。さあ、映画館にでも行きましょう」
彼女はそう言って、僕の右腕を引っ張ります。
「君が殺したのか?どうして?」
「もちろん、あなたのためよ。もう、何も心配いらないわ」
そう言いながら、彼女は振り返ります。僕は彼女の左目の下に、ほくろがあるのを見ていました。
―――もう、逃げられないな―――
そう思うと何だか可笑しくなってきて、僕にはただ笑うしかありませんでした。