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ジーロウの余裕

ジーロウがいなくなって一週間が経っていた。私の頭の中には、調査委員のことを考える余裕など何一つ残されてはいない。



もう自分の仕事なんてどうでも良くなっていたのだ。



ジーロウがなぜさらわれたのか、可能性のあるところから調べていく。あのジーロウそっくりの男は何者だったのか?



妙なことに巻き込まれたんではないかと、彼の部屋を引っ繰り返す。



あきらかに女が使った歯ブラシ、コロコロに巻き取られた長い頭髪など、こちらの神経を逆撫でするようなものは出てくるのだが肝心なものは何一つ出てこない。



トイレットペーパーの折り目には気付かない男だ。ジーロウが証拠を残さないようにしているとは考えにくい。



本人にも事情がよくわからないままに連れて行かれた可能性が高い。


つまり、ヒントすらこの部屋には残されておらず、私がいくら考えても徒労に終わるだけ。



こんなことになるなら、多少無理をしてでも尾行すれば良かった。何かしらの手がかりがこの部屋に残っていると思い込んでいたのだ。



――あきらめるのはまだ早い。



一度、落ち着いた方がいい。私は一息つくため、紅茶を探した。不自然なほどに紅茶缶が並んでいてどれが良いやらさっぱりわからない。



「一番右端の缶がいいね。今日は東洋の香りを楽しむとしよう」



黒い缶を開けようとすると私の手が握られる。と思ったら、一瞬でくるりと回転させられて唇を奪われた。



「ジーロウ?あなた、今までどこっむぐ」



「この缶は密閉率が高いからね。ゆっくりと優しく開けるんだ。ほら」



缶が開くと甘い匂いが広がる。嫌味のない良い香りだ。



「ジーロウ、今までどこに?」



「私たち、また付き合うことにしたんですって言われたよ」



「はあ?」



一瞬、何のことかわからなかった。おそらく、例の依頼人のところへ行っていたのだろう。



「彼女、こう左手で髪をいじっていてね。何かこう、僕は違和感を感じたんだよね」



やり直すって依頼主自ら言ってるのなら、何も問題はないはずだ。しかし、私が以前に見た彼女の印象でも、そんなに簡単にやり直せるものではなかったはずだ。



私は背中を抱かれたまま、眉間にしわを寄せる。



「喫茶店にいたんだけどね。わざと会計を彼女に任せるためにお金を渡したんだ。そしたら、やっぱり左手で受け取っていた」



ジーロウは左腕で私を抱いたまま、器用に紅茶を入れている。そういえば、ジーロウの利き手はどっちだったっけ?



紅茶をテーブルに運ぶとジーロウは右のひじをついて考える。そういえば、この男はどうやって彼らから逃げ出して来たのだろうか?



あのジーロウそっくりの男。今そこに居るのが、あいつだとしても私には見分ける自信がない。



私もドッペルゲンガーについては一通り調べていた。イマージャ・クラウドという研究者が失踪しただけで他に事件らしきものは何も見当たらなかった。



しかし、もし本人が入れ替わっているとしたら――。ドッペルゲンガーが絡むと、事件にならないだけなのではないか?



私は何も気付いていないふりをする。へたに追求しても知らんぷりをされれば、お仕舞いなのだ。何かぼろが出るまで様子を見た方がいい。



「あの女の子がやり直すって言ってるんなら、あえて事を荒立てる必要はないんじゃないかしら?」



彼は紅茶を左手で一口飲み、深いため息をつく。タバコを右手で取り出し、左手で火を点けている。



「それが本人だったらね。でももし、外見が同じなだけで違う人物ならどうだろう?僕を拳銃で脅した男を覚えているかい?」



――なるほど。ジーロウらしい。


ぼろが出るというより、出し過ぎだ。自分から疑ってくれと言っているようなものだ。



「あら、覚えているも何も、あなたがその男かもしれないと私は疑っているところよ」



私にはまだ、この男がジーロウだという確証は何一つ掴めてはいない。しかし、私はすでに彼はジーロウなのだとほぼ確信していた。



「あなたがジーロウだという何か、証拠を見せていただけるかしら?」



私は遊び始めていた。というより挑発に近い。私の言葉で、にやりとしたジーロウが私の顔を見て笑う。



「くっくっくっくっ、さすがはワイルドフラワーだよ。その挑発的な表情まで完璧だよ。僕が両手を交互に使って遊んでいるのに気付いたね」



これで確定。この男は間違いなくジーロウだ。いつもながらに緊張感のない悪戯好き。でも、彼がこうでもしないと私は余計に疑っていただろう。



――さて、この悪戯のお仕置きには何をしてあげようかしら?



私が悪魔の笑みを浮かべているにも関わらず、彼は話を元に戻す。



「とにかく原因だけははっきりさせないとね。もし、彼女が入れ替わっているのなら、そこから僕が捕まった理由もわかるかもしれない」



やはり、ジーロウは何らかの方法で逃げ出して来たのだ。本人すら、捕まった理由がまだわかっていないと見える。



「で、どうやって逃げ出して来たの?ここに居て大丈夫?」



「失礼だな。この僕が逃げる真似なんかする男だと思うのかい?ちゃんと話し合いで出てきたのさ」



どうせ、女を口説き落としただけだろう。その女が何らかの罰を受けているのではないかと心配だ。



「その女、早く助けてあげないと。何か他に情報は聞き出してないの?」



「よく女性だとわかったね。駄目だったよ。彼女の話を聞いてあげるだけで余計な質問をする時間はなかったよ」



余計な質問は彼女の身の上話の方だと思うのだが、まあいい。そういうジーロウだから、女が逃してくれたのだ。



「じゃあ、ティータイムも終わったことだし、着替えの用意をしよう。そろそろ次の見張りが来る頃かもしれない」



「あなた、私の部屋に泊まるつもりなの?」



これは意地悪ではない。この私に許しを得るという悦びを彼に教えてやるのだ。



しかし、彼は乗って来ない。この部屋は危険だからね、としか言わないのだ。



なぜ、あなたしか頼れる人がいないんです。お願いですから、泊めてください、と泣き付いてくれないのだ?



あなたの寝る場所は座布団一枚だけしかないわよ、いいかしら?というセリフまで用意しているのに。ああ、焦れったくて身悶えしそうだ。



ジーロウをいたぶる千載一遇のこのチャンスをただ逃すのは惜しい。仕方がないので、私から提案する。



「泊めてくださいって、お願いは?」



もしも、断られたらどうしようかと考えると私は泣いてしまいそうになっていた。しかし、ジーロウはすぐさま私の髪を撫で、耳元でつぶやく。



「それなら、後でたっぷりとお願いしてあげるよ。今は、追っ手が気になって集中できないからね」



――それならそうと、先に言ってくれればいいのに。



「さっさと準備するわよ」



今日はとても楽しい夜になりそうではないか。私は嬉々として、着替えの準備を手伝った。



          続く

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