ヨイン障害ターニャ
僕、ヨインは苦悩していた。
―――ターニャとの結婚がまた遠ざかって行く―――
ニンジンハンバーグで、パパーニャ、ママーニャには人参を食べてもらえるようにはなった。
が、しかし、問題は国民にどうすれば食べてもらえるか、なのだ。
誰しもが命を落とすとわかっているものを口にしたくはない。この国で人参は、食べ物だとも思われてはいないのだから。
さらに困ったことに、この国で内紛が起きてしまったのだ。
「ヨインさん、あれをとくと見るがいいよ。プーカウだよ」
見た事もないプーカウ隊が城を取り囲んでいる。しかも、掲げているのはヒュージニアの旗ではなく、この国の旗。
決定的なのは、中に人参を作る農民達が半分を占めていたことだった。ヒュージニアの後ろ盾があったとしても、国内で組織された軍隊には間違いないだろう。
相当な権力と経済力がなければ、あの軍隊が作れるはずはない。
さらに、パパーニャがいつのまにか誘拐されてしまい、我々には戦う術がもう残されていなかったのだ。
僕、ターニャ、ママーニャの三人は、身内だけの相談をしているところだった。
僕はもう、どうしていいのかわからなかった。ターニャとの結婚が全ての発端であることは間違いないのだ。
「一体誰がこんなことを?」
「パパーニャはお城の外に出さないよ。この中だけで遊ばせるよ」
飼い猫のような言われようだが、その通りだ。誘拐するには疑われずに城に入って来るしかない。
「不審者の報告もありませんでしたし、身内の犯行なのでしょうか?」
城を囲んでいるのは、プーカウ隊とニンジン生産者の者達のみ。ヒュージニアの者は、一人もいないらしい。
「彼らの先導ができて、プーカウ隊を秘密裏に結成できる人物は、城の中でも彼だけでしょう」
「ママーニャ、私あの者は嫌いはないよ。パパーニャとも仲良しだよ」
すでに二人には、首謀者が誰なのかわかっているようだ。
「では、ママーニャ様。その者の犯行だとして、動機に心当たりはございますか?」
「それがわからないのです。ヒュージニアとの交渉を控えた大事な時期だと言うのに、こんな」
「良ければ、私が直接ご説明いたしましょう」
部屋に男が一人で入ってくると、ママーニャがガコマーノ大臣、とつぶやく。
「パパーニャをどこにやたか?」
「ご安心ください。パパーニャ様は、仮にも国王の身。丁重なおもてなしをさせていただいております」
このガコマーノ大臣と言うのが、どうやら首謀者のようだ。ターニャも言っていた通り、悪い人には見えない。
むしろ、この人物が国王でもいいんじゃないか?と思うぐらいの精悍な顔立ちと優しさを感じさせる部分がある。
「あなたのような方がどうして国王を誘拐されたのですか?」
ガコマーノ大臣は困った顔をして答えない。僕を邪魔者扱いしているのが、言わなくてもわかる。しかし、ママーニャがはっきりと言い放つ。
「構いません。この者は、ターニャとの結婚を許された者なのです。言わば、私たちの身内も同然。それに聞いてもらった方が話も早いのではありませんか?」
ははあ、と彼がお辞儀をすると、僕は一睨みされる。
「恐れながら、この者がターニャ様との結婚を決められた事で、ヒュージニアを敵にまわすことになります。私は、それに先手を打ったまで」
「そうですか。あなたがヒュージニアと組んでクーデターを起こすつもりなのですね?」
―――このガコマーノ大臣。この国を守りたい一心で―――
「ただでさえ、過酷な労働を強いられるニンジン生産者は大きな不満を抱えております。さらに、ヒュージニアとの戦争にでもなれば、この国は団結するどころかバラバラになりましょう。私はこの国を守りたいのです」
「それでヒュージニアに協力を求めたのですか?よく、あれだけのプーカウを集めましたね」
僕とターニャの結婚は、やはり色んなところで問題になっているようだ。
しかし、さっきから話を聞いていると僕にはどうしても気になる事があった。
―――この大臣、ニンジンが食べれることを知らないんじゃ?―――
それを知っていれば、おそらく戦争は避けられることがわかるはずだ。第一、クーデターなど起こす必要もない。
僕はそれを大臣に告げようとする。あの、と言うとそれにかぶせてママーニャが言う。
「それで王の処刑はいつになるのです?それぐらいは教えてもらえるのでしょうね?」
「な、何を言っているのです?そんなことをしなくとも・・・」
「良いのです。これは、民、百姓にまで目が行き届かなかった私たち家族の問題。しかるべき罰を受けて当然です」
ママーニャはどうしてしまったのか?ターニャは魂が抜けたように、ボーッとしているだけで何も発言しようとはしなかった。
そして、パパーニャ王の処刑日はあっと言う間にやって来た。
ニンジン生産者によるクーデターだ。王の処刑方法はおのずと決まって来る。ママーニャには、これがわかっていたのだ。
前代未聞の処刑に、何万もの人が集まった。テレビ中継まで、されているらしい。
ママーニャ、ターニャ、僕の三人は処刑が行われるまでは拘束されるという約束で、王の近いところで見守っていた。
「あ、パパーニャ。あんまり元気ないよ。もっとアピルするがよろしね」
「死ぬ前に元気だったら、怪しまれてしまうよ、ターニャ。やっぱり、錠剤は飲んでいないから痩せてらっしゃいますね」
いくら、死なないとわかっていても心配なのだろう。ママーニャはただ、ええ、と言ったままパパーニャを見守っている。
僕たちの準備は完璧だ。ニンジン生産者の皆さんが仲間になれば、この場を制圧するのも簡単だろう。
全てはパパーニャの振る舞いと、その言葉にかかっている。
「それでは、始めよ」
処刑なので当たり前だが、音楽もなく、あっさりと始められた。王は食べられるとは言え、嫌いなニンジンを口に詰め込まれる。
しかし、当然ながら王は死ななかった。三本もの人参をたいらげた王が恫喝する。
「ひかえよ。縄をほどくのだ」
立ち上がった王の縄を、近くにいた兵が慌てて解く。しん、と静まり返った何万人もの人々が、壇上のパパーニャを注目している。
「見ての通り、ニンジンを食べても私は死んではおらぬ。諸君が日頃食べている錠剤、あれが毒なのだ。我々はヒュージニアに騙されていた」
王がニンジンをつかんで掲げると、喝采、叫び声が一気に沸き起こる。
「ニンジン生産の者達には、これから国民の食料を支える事を意識して、誇りを持って働いてもらいたい。我々は今こそ、立ち上がるのだ」
ガコマーノ大臣は、地面に這いつくばるようにして頭を抱えていた。
「私は、私はなんという事を。大臣が王を信じられないばかりか、処刑にかけるとは・・・」
「ママーニャ様、後はよろしくお願いいたします」
万が一、彼が自殺をしないためにママーニャが監視することになっていた。
僕とターニャは走りだした。
「プーカウ隊のリーダーから大人しくなてもらうね」
「僕は農民の皆さんに協力をお願いするよ」
身軽なターニャは、あっと言う間に僕を追い抜いて行き、プーカウ隊の中へ飛び込んだ。
パパーニャの演説が効いたのか、農民も含めて、軍隊はすぐに鎮圧される。
「これで、今日はハンバーグね。ターニャ、すごくう楽しみだよ」
うなだれた大臣が、ロープでぐるぐるに巻かれていた。
「さて、問題はおまえの処分だな」
パパーニャ王は、僕を処刑しようとした時の残忍な顔になっていた。
―――僕が口をはさむことじゃないかもしれないが、どうにか助けてあげられないものなのか?―――
「プーカウのハンバーグはおいしかな?楽しみな、ヨインさん」
それどころじゃない緊迫した状況でもターニャは無邪気だった。
―――いや、何かがおかしい―――
いくらなんでも、ターニャはそこまで空気を読めない女性ではないはずだ。
「ターニャ、何か知っているんだな?」
「ターニャは何も知らない。ママーニャだけ、知てるから。ガコマーノさんはたぶん大丈夫」
―――ママーニャだけ?パパーニャではないのか?どういうことだ?―――
大臣の前に立つ、パパーニャの沈黙に耐えかねたのか、プーカウ隊士が、騒ぎだす。
「戦争がなけりゃ、作られた俺たち軍隊はどうすりゃいいんだ」
「そうだ。反逆者ガコマーノはニンジンを食え」
その言葉でパパーニャは目を丸くする。何かに気付いたのだろうか?にやりとして、ママーニャとアイコンタクトしていたのだ。
パパーニャが両手を上げて、皆を静まらせる。
「ガコマーノよ。何か申すことはあるか?」
「私を処刑してください。でないと、規律が守れなくなる」
再び、プーカウ隊士達が騒ぎだす。活躍する機会がなかったので、欝憤がたまっていたのだろう。
「静まれいっ」
パパーニャ王は今や、ニンジンを食べたカリスマだ。元々、大きな体が余計に大きく見えている。
皆が彼に注目しているのだ。
「ガコマーノ大臣は、この国を守りたい一心で戦おうとした。その勇気、これからのヒュージニアとの交渉には必要不可欠である。異存のある者は前へ出よ」
静まり返る男たち。当たり前だ。この場で、王に反論できる者など一人もいないだろう。
「男たるもの。一度決めたことは最後まで貫き通す。ガコマーノには、ヒュージニアとの交渉で活躍してもらおうではないか。皆の者よ」
一斉に叫び声が轟き、地鳴りのような足踏みが大地を揺らす。平行感覚が鈍るほどの騒ぎだ。
ターニャも騒いではいるが何を言っているのか、まったく聞こえない。
これは、後から大臣に聞いた話だ。
兵士がガコマーノ大臣の縄を解くと、王が近づいて来て耳打ちしたと言う。
「全てママーニャが仕組んだことなのだ。許せ、ガコマーノ」
ここまでの話も、四年後ぐらいに教科書に載るだろう。ここからは、教科書には載らない話。
―――ようやく、ターニャとの結婚に近付くことができた―――
皆が騒いで、誰もが興奮状態だった。僕はターニャに駆け寄る。お互いに何を言っているのか聞こえない。
僕がターニャを抱き抱えようとした時だった。見えない壁が、僕にぶつかる。
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僕だけが、興奮から一人取り残されていくのを感じていた。
続く