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ヤマイ

我が息子、晴十郎は倒れてしまいました。



私は、なんてことを言ってしまったのだと自分を責めました。リトルの勘の良さを侮っていたのです。



しかし、そうしている間にも息子の容体は悪化します。治るかどうかなんて考える前に、私は各地を飛び回りました。



私は息子のため、何人もの医者やリトル研究者の元を訪れていたのです。



そして、唯一晴十郎を助けられるかもしれない人物のもとへ辿り着きました。



―――ここが最後の希望。なんとしてでもこの博士に助けてもらわなければ―――



しかし、ようやく会えた博士は今起きたばかり、というような顔をして出て来ました。



薄汚れたバスローブに、ぼさぼさの頭。切れた電球のように光を失った、その眼差し。


発する言葉も、悪い予感をなぞるものでした。



「ああ、帰ってくれ。そのことはもう考えたくないんだ」



この男が、本当に優秀な研究者なのでしょうか?



原因不明の引退をしたとは聞いていましたが、ここまでのものとは。私は、目がくらむようでした。



「リトルの研究はもう辞めたんだ。衰弱しているなら、もう先は長くない。こんな所に来るより、傍に居てやりなさい」



―――傍に居てやりなさい?―――



この飛坂博士には、悪い噂しかありませんでした。しかし、リトルの延命記録で彼に適う者はいないそうです。



私はどんなことをしても晴十郎を治してやりたい。腕さえ良ければ悪人だろうが、誰でも良かったのです。



「やはり、リトルを戦争の道具にしようとしていたと言う噂は、でまかせだったんですね。あなたはリトルを道具だとは思っていない」



「リトルを兵器にしようとしていたのは事実だよ。こんな老いぼれには何も残ってはいないのだ」



私は深く頭を下げました。


「どうか、息子を救ってやってください」



「私にできることなど何もない。とっとと、帰ってくれ。これ以上、ここに居るのなら警察を呼ぶからな」



私には、彼がそれほど悪い人物にはどうしても見えなかったのです。それに時間もあまり残されていなかった。


―――この飛坂博士。信じても良い人間だ―――



「警察を呼びたければ、呼ぶがいい。どうせ何もできやしない」



私は自分に怒りを向け、再びデビルの姿になったのです。



「そ、その姿は?リトルというのはあなただったのか」



博士が心ない人物であれば、まともに話すこともできなかったでしょう。私は暴れたい衝動を必死に押さえていたのです。



「いや、違う。私はただの人間だ。あなたなら、聞いたことはあるだろう。晴十郎と言うのが、私の息子だ」



晴十郎・・・とつぶやいたまま、博士が額に手を当てています。もう、先程とは目つきがまるで変わっていました。



「晴十郎はすでに十五歳になっている。どうか先生の力で助けてやってもらえないだろうか?」



「聞きたいことは山ほどあるが、話は後だ。すぐに用意する。待っていたまえ」



飛坂博士は向かうタクシーの中で、何件かの電話をかけていました。知り合いの医者や看護士の応援を依頼していたでしょう。



しかし、中にはよくわからない内容の電話をしていらしたようです。



「あ、もしもし?探偵事務所の方?ちょっと人探しをお願いしたいんだけどね。・・・ああ、それで申し訳ないんだが今から言う番号に電話をかけてだね・・・。そうそう、うん。詳しくその方の特徴を聞いて欲しいんだ」



私は横に座っていたので、どうしても聞こえてしまいます。



「あの、どなたか行方不明の方でも?」



「行方不明と言うか、存在しているかもわからないような人物なんだけどね」



そして、博士はまた電話をかけるのでした。不思議と気になることでしたが、そのままタクシーは到着してしまったのです。



晴十郎を預けている病院です。様々な検査を受けた後、妻と私で博士から、質問を受けていました。



「いいですか。リトルは必要とされることで少し寿命が伸びます」



奥さん、と飛坂博士が妻に話し掛けます。しかし、妻は放心状態でまともに返事ができませんでした。



「リトルは申請すれば、また育てられますよ。私の方から推薦しておきましょうか?」



妻は急に立ち上がり、博士の腕をつかみます。


「あの子じゃないとだめなんです。先生、お願い。あの子を助けてください」



「絵美佳、やめるんだ」



私が妻を博士から離そうとする前に、彼女は全身の力が無くなったように床にへたり込みました。



博士はしゃがんで、妻の両肩に手を置きます。



「今は気落ちしている時ではありません。お母さんのその気持ちを少しでも晴十郎君に伝えるのです。さあ、立って」



私が手を貸して、妻が立ち上がると彼女の手に力が戻って来るのがわかりました。



「そうね。私がしっかりしないと晴十郎が可哀想だわ。先生、私行ってきます」



私も妻について行こうとすると、まずはお母さんからにしましょう、と博士に止められました。



妻は看護士の方に付き添われながらも一人で歩いて行ってしまったのです。



「さて、問題は晴十郎君が倒れた原因です。私は、あなたがああいう姿になられることが関係あるのではないか、と考えています」



椅子に座りなおした博士が、横を向いて独り言のように話します。



「あなたはどうして、あの姿に変身するようになったとお考えですか?」



―――おそらく、こんな話ができるのはこの博士しかいない。そして、晴十郎が回復するためにも―――



私は、重い口を懸命に開きました。



「私はおそらく、我慢していたのです。幼い頃の晴十郎の言葉、私に関心を示さなくなった妻の態度を、です。二人を愛すれば、愛すほど、私に刺さる刃は鋭さを増していきました・・・」



心のふたを、あまりにも堅く、閉めてしまっていたのでしょう。



何かが込み上げて来て、言葉に詰まりました。が、博士は何も言わずに待ってくれています。



「・・・どうすれば、良かったのでしょうか?私にはただ、二人を遠ざけるしか・・・」



「しょうがないことです。あなたはリトルを浄化していたのですから。私には、恐ろしくてできなかったことですよ」



―――リトルを浄化?―――



博士が私の方に向き直り、続けます。



「リトルには、生まれつき悪意が充満しているのです。破裂する前の風船と同じです」



―――だから、叱ったり怒りを感じたりするだけで死に至るわけか―――



「あなたは、中に入っているものを吸い込んで、きれいな空気を入れてあげた。リトルは生き延びるが今度はあなたの身体に異変が起きているのです」



「では、なぜ倒れたのが晴十郎で私は元気なのです?」



―――リトルなら死んでしまうのに、なぜ私は生きている?―――



「まず、あなたが元気な理由ですね。悪意が、致死量ではないからです」



「それは私が赤ん坊ではないからでしょうか?」



博士は少し笑い。失礼、当然の疑問でした、と謝る。



「悪意の致死量は身体の大きさには関係ありません。むしろ、リトルの方が耐えられる量は多い。あなたに悪意が移る過程で浄化されていたんですよ」



私は癒されていたのです。


―――妻が、晴十郎が、私を助けてくれていた、のか?―――



私は思い上がっていたのです。自分だけが、我慢して何も得ることはなかったのだと、そう考えていたのです。



―――私は間違っていた。晴十郎のせいでこんな身体になったわけではないのだ。私の浅ましい考えが自分を蝕み、晴十郎の命を奪おうとしているのだ―――



「なりますよ」



「はい?なんでしょう?」



「どう頑張っても、デビルにはなります。ただ回復、浄化は一緒に暮らしていけば、いずれ可能だと思っています。だから、自分を責めてはいけません」



―――この人、私の考えていることがわかるのか?―――



「さて、晴十郎君の治癒ですが」


「私の悪意が入り込んだから、私たち夫婦で浄化すれば良いのでは?」



そう言いながら、私はふと気付きます。


―――いや、晴十郎は私がいない十年間生きていたのだ。どうして、急に?―――



結論から申しましょう、と博士が切り出しました。


「晴十郎君には悪意が全く残っていないのです。あなたが吸いすぎた。彼を今、苦しめているのは罪悪感。あなたへの想いです」



では、私の悪意を晴十郎に分ければ良いのではないか?そうすれば罪悪感など、感じなくても済むのではないか?



そう、博士に言っても彼は渋い顔を崩すことはありませんでした。


「今の晴十郎君に、悪意はそう簡単に分けられないのです。あなたへの罪悪感で、耐えてしまう恐れがある。以前のあなたのように」



晴十郎はもう助からないのでしょうか?私は、これから家族で幸せに暮らして行こうと決意したところなのに。



「博士、お電話です」



看護士に呼ばれた博士は、失礼、と立ち上がり部屋の外に出ていきました。



私は妻になんと言えば良いのでしょう?いつ、デビルになるかわからない私一人で、妻を支えていけるのでしょうか?



部屋に戻って来た博士が、いきなり私の肩をつかみます。



「一人だけ、晴十郎君を治せる人物がいます。私も半信半疑だったのですが、今、確認が取れたところです」



「ほ、本当ですか?ありがとうございます。その方は、お医者様なのでしょうか?すぐにでも、お迎えに行かせていただきます」



しかし、博士によると医者ではないらしく、私たちで直接お願いしに行かなければならないらしい。



「変わった人なんですね。博士のような研究者の方なんですか?」



「まあ、ある意味では研究者ですが、ちょっと違いますね。愛の伝導士、ラブマスターです」



―――宗教・・・、なるほど宗教か・・・―――


私は、内から湧き出る不安を隠すことができませんでした。




           続く

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