難関シミズ
「私には、琴美さんが必要なんだ。どうしてわかってくれないのですか?」
額に血管を浮かせて、叫んでいる男がいる。華奢ではあるが、私の元部下は気迫に満ちている。
「わからん奴じゃな、シミズとやら。彼女は、わしのものじゃと言うておろうが」
ショッキングピンクの衣に身を包み、なぜかシミズに負けじと叫ぶ老人、想雲。一応、私の師匠らしい。
私には、時間があまり残されていない。向こうへ帰れる門というのが、もう少しで閉じてしまうらしいのだ。修業も八割で切り上げるしかなかった。
私を帰らせないため、シミズに引き止められるのはわかっていた。しかし・・・。
―――ただの口喧嘩じゃないか。私の修業は何だったのだ?―――
さっきから、私など関係なしに言い争いを続ける二人をよそに、私は立ちつくしていた。
怪しげな妖術を操り、我が行く手を阻むシミズ(元部下)。そして、それを気功術的な力で対抗する美しき退魔士、琴美(元部長)
―――そんな切なくも美しい戦いではなかったのか?―――
私の予想を大胆に裏切り、二人は不毛な口論を続けている。
「だからっ。爺さんは黙っていてくれ。俺は部長に、いや琴美さんに話があるんだ」
「いや、それはわしを通してもらわんとのう。琴美ちゃんは、貴様とは話しとうないんじゃから」
―――私の勘違いだった、ようだな―――
こんな、ただの言い争いに、私はショッキングピンクの衣を着て、ついて来ている。つまりは爺さんとお揃いの衣だ。
ひたすらに、わしを信じろ、それで修業の成果が発揮できる、と想雲が言うから着てはみたものの・・・。
騙されて、この有様だ。いつから私は、爺さんのものとなったのか?
これほどの後悔と虚しさは今までに経験したことはあるまい。出来るのならば、今すぐ消えて無くなりたい。
―――私は何を期待していたのだ?―――
「仕方がありませんね」
シミズがゆっくり歩いて、想雲に近づいて来る。師匠は手をかざし、待ち構える。いつか、やったようにシミズを消し去ってしまうつもりなのだろう。
―――このまま爺さんの言いなりになっていても良いのであろうか?―――
「同じ手が二度通用するほど、私は甘くありませんよ」
「琴美っ。逃げるんじゃ」
私がボーッとしている間に、シミズが目の前に立っている。その向こうでは想雲が倒れている。何が起こったのか、全く見ていなかった。
「琴美さん、僕と一緒に暮らしましょう。必ず幸せにしてみせますから」
シミズはそう言い、私の手を握る。しかし、今となってはどうでも良いことだ。
「ほお。君が私をどうやって幸せにすると言うのかね?企画書を見せたまえ」
「そ、それはまだ・・・」
さっきまでの勢いは嘘のようにシミズは口を閉ざしてしまう。
―――どいつもこいつも信じられん―――
「い、いかん。奴の思い通りになるんじゃない。自分を信じるのじゃ。そして、感謝じゃ」
想雲の声にはっとしたが、すでに遅かった。目の前でシミズが笑みを浮かべている。
「あなたに人を信じることなんて出来はしない。そうでしょう、琴美部長?」
―――身動きがとれない。こいつ、これが本性なのか?―――
「どうやら爺さん、あんた半分欠けているようだな?それでよくラブマスターなんて言えたもんだ」
「ふん、関係ないわ。例え、わしが全てを説明できていなくとも、その子はやると決めたらやる」
半分欠けているやら、全てを説明できないやら、私には何のことだかさっぱりだ。しかし。
―――私は元の世界に帰ると決めたのだ。今は師匠の教えを信じるしかない―――
私は、徐々に動けなくなった身体に気合いを入れ、声を振り絞る。
「想雲師匠。確か、もう一人の自分が見ていると意識する。そうでしたな?」
「そうじゃ、感謝も忘れるでないぞ」
最終段階の修業。やむなく途中で切り上げたのではなかった。
ショッキングピンクの衣だからと言って恥ずべきではない。自分を恥じた時点で腕は縮こまる。
―――これすなわち、キャッカンシー―――
たとえ、子供であろうと言い分はある。こちらの希望を伝え、頼れば必ず応えてくれるもの。
―――これすなわち、ジンジリョク―――
―――そして、それにカンシャが加われば、最終奥義は完成する―――
師匠は言っていた。おぬしのようなショシカンテツの力を持つものは必ずや、奥義を習得できる。おぬしほど、うってつけの継承者はおらんのじゃ、と。
シミズの呪縛が解け、私の身体が再び自由を取り戻す。
「さあ、シミズ君。どこからでもかかって来たまえ」
期待通りの展開に、私は胸が高鳴る想いだった。これだ。この死闘の末、私は勝利と目的達成を収めることができるのだ。
しかし、シミズは一向にかかって来ない。そればかりか、タバコを取り出し、火を付けている。
―――これは余裕なのか?それとも、あきらめたのか?―――
「き、きみ。どういうつもりなのかね?態度がなっとらんよ」
シミズは、ため息と共に大きく煙を吐き出す。心なしか、少し笑っているようにも見える。
「琴美さん、別にどこへなりと行ってもらっても構いませんよ。どうせ、あなたはもう、目的地にはたどり着けないのですから」
「どういうことかね?説明してくれたまえ」
―――ついさっきまで、私を動けなくしておいて、なぜ?―――
「おぬし、道をふさぎおったな」
シミズは背後からの声に振り返る。
「爺さん、まだいたのか。もう戻れないんだから、あんたはもう必要ないんだよ。これからは、琴美さんと二人っきりの世界になるんだからな」
このシミズの余裕。おそらく、道がふさがれたのは本当なのだろう。もう、時間を稼ぐ必要はないのだ。
だが、我が師匠想雲はまだあきらめてはいない。
「琴美、あきらめるのはまだ早い。自分を信じよ。さすれば、おまえ自身が必ず助けてくれるはずじゃ」
そうだ。カンシャで奥義は完成する。しかし、この状況で何に感謝しろと言うのか?
「琴美さん、あなたが戻ってもまた同じ過ちを繰り返すだけじゃないですか?」
「シミズとやら。それはおぬしの我儘じゃ、ただ人の足を引っ張っているだけではないかの?」
またしても、二人のいがみ合いが続く。どちらの言い分も理解はできるのだが・・・。
やり方は間違っているが、シミズは私のために自害した。師匠は、報酬もないのに稽古をつけてくれた。
―――二人の気持ちに、報いなければ―――
私になら、できるはずだ。そう思った時だった。
―――私がもう一人?―――
我が目の前に立っているのは、自分と瓜二つの女性だったのだ。
続く