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ジーロウの失敗

いつだってピンチというものは、突然まとめてやって来る。それはまるで、決壊したダムから押し寄せてくる洪水のようだ。



あっという間に飲み込まれ、何もかもを薙ぎ倒して行く。



しかし、起きてしまったことはしょうがないと思わないかい?そこから、どうやって立ち上がるかで人の器が決まるんじゃないかな?



――――ジーロウの失敗――――


静かな午後のひととき。それがアフタヌーン・ティータイム。これこそが、誰にも邪魔されることのない空間。



自慢のジェンセン・スピーカーから、絶え間なく流れるチェロの音色に酔い痴れる。



お洒落なカフェで淑女の視線を集めるのも良いけれど、休日はやはり自分の部屋が一番だよね。



しかしだ。さっきから、鳴り続けているインターフォンが、静かなひとときの邪魔を止めようとしない。



なぜ、あきらめてくれない?何の権利があって、この大事な時間の妨害をするというのだろうか?



―――仕方がない。さっさと出て、帰ってもらうとしよう―――



僕は応答ボタンを押して、淡々と話す。



「そんなに長く鳴らしてもらっても、何も買わないよ。宗教にも興味がない。いい加減にあきらめて帰ったら、どうだい?」



「いるんだったら、早く出てよ。ケーキ買って来てあげたんだから、開けなさい」



―――なぜだ?―――



僕は相手の声を聞いて愕然とした。ワイルドフラワーが、なぜここに?今日、彼女は一日中仕事のはずなのだ。



「どうしたの?あなたの好きなニューヨーク・チーズケーキよ。話もあるだから早く開けてよ」



「あ、あぁ。いや、突然だったから驚いたんだ。すぐ開けるよ」



―――まずい。昨晩のことがばれたのか?いや、それはない。彼女の声は機嫌が良かった。とりあえず、証拠隠滅しなくては―――



僕は、歯ブラシを隠し、ベットとカーペットにコロコロをかけまくる。



しかし、玄関のチャイムは無常にもすぐに鳴ってしまうのだ。



―――こうなったら、仕方がない。他に隠すべきものがないのを祈るだけだ―――



「やあ、僕の心のエステティシャンよ。わざわざ時間を空けて来てくれたのかい?嬉しいったら、ありゃしないよ」



僕は、ワイルドフラワーを熱く抱き締めた。できるだけ、彼女には余計なものを見せない方がいい。



「だめよう、ケーキが倒れちゃうじゃないの。でも、残念だわ。今日はあんまり長くは居れないの。こないだの仕事の件で話があるのよ」



「こないだ?何の問題もなく解決したじゃないか」



長くは居れないと聞き、喜んだ僕はケーキを受け取り、のせる皿選びに没頭する。



あえて漆黒の皿をチョイスし、チーズムースの白と、上に乗ったベリー系フルーツの色を際立たせる。鳴呼、なんて素晴らしいコントラスト。



紅茶も入れ直し、テーブルに運ぶまで4分48秒。流れるような手際の良さだ。僕は自分の動きに恍惚とする。




「ねえ、誰か来てたの?」



すっかり油断していた僕の血が一気に凍り付く。何を言うんだ、マドモァゼル?この短い間に、君は一体、何を見たと言うんだ?



しかし、そんなことをストレートに聞けるわけもない。僕はとびきりの笑顔で彼女に答える。



「誰も来るわけないじゃないか、ワイルドフラワー。何かあったのかい?」



「あら、また殴られたいの?早いとこ、白状した方が入院しなくて済むわよ」



彼女の視線が突き刺さる。どうやら、よっぽどの証拠を目撃されてしまったらしい。



しかし、ここであっさりと負けを認めるのは彼女にも申し訳ない。殴られるのは怖くはないが、女性を傷つけるのは良くないことだ。



「ワイルドフラワー、君の暴力は美しいけれど、時として残酷だ。テレビヒーローの有り様は美しいけれど、ピンチになってから駆け付けるようでは、若干の遅刻なんだ」



眉間にしわを寄せ、首を傾げる彼女の目を見つめて、僕は続ける。



「つまりはそういうことなんだ、ワイルドフラワー。わかってくれるね?」



「それで、私が納得するとでも思っているの?」



一見、笑顔を見せてはいるが、彼女の周囲は殺意に満ちている。どうやら、余計に怒らせてしまったようだ。



「そういえば、こないだの仕事のことで話があると言っていたね。時間もあまりないんじゃないか?このことはまた今度ゆっくり話さないか?」



「時間なんて関係ないわよ。今、ここで話さないと私の気が済まないのよ」



そう言いながらも、彼女は時計を気にしている。



―――チャンスはここしかない―――



「ワイルドフラワー、聞いてくれ。こないだの件で何かあったのなら、君の立場が危うくなるんじゃないのか?僕はまず、君の窮地を救わなくてはならない。お願いだから、話してくれ」



彼女は眉間にしわを寄せ、大きなため息をはく。



「私はこのくだらない制度にもう、うんざりなの。この責任はあなたに取ってもらうわよ」



責任?結婚?出産?育児?引退?僕の脳裏にこれから起こることが走馬灯のように映し出される。走馬灯って、未来も見えるんだね。



―――これは何よりの刺客だな。ひょっとして誰かが僕を?いや、考え過ぎか?―――



「君の仕事は僕が守るよ、ワイルドフラワー。何があったのか聞かせてくれないか?」



僕は力強く彼女の手を握り、目を真っすぐに見る。彼女は少し照れながら、口をとがらせ、ぼそぼそと話しはじめた。



普段は凛とした女性が、今では少女と化している。よほど、混乱しているのだろう。



「あの依頼人の女の子、まだ彼氏と別れていないわ。しかも、愛の審議会は私たちのカップル審議を疑い出したの」



「それはおかしいね。完璧に別れさせたはずなんだけどな。あのガールがまだ別れていないから、審議会が動き出したのかい?」



「関係があるかはまだ、わからないわ。ジーロウ、あなたに心当たりはないの?」



愛の審議会というのは、政府のお役人によるお役所的機関だ。調査能力はほとんどないと言っていい。



事実、カップル審議が通らなかったという例を聞いたことがない。


もともと、犯罪抑制と少子化対策が目的なので、カップル仲介所と別れさせ屋がちゃんと働いていれば、審議会は事務処理だけをしていればいいのだ。



「調査と言っても、カップル審議を聞きなおしているだけだと思うよ。実際に動くとなると警察が調べるんだろうけど、別に誰かが死んだわけじゃないしね」



「じゃあ、私は安全ってこと?」


「ああ、危ないのはこうしてプライベートで会うことぐらいだよ。任務遂行できていなかった僕はライセンス剥奪されるかもしれないけどね」



混乱したワイルドフラワーの派遣、しかも最悪のタイミング、任務失敗の工作、そしてライセンス剥奪の危機。



やはり、何者かが僕だけを狙っているとしか思えない。



―――この上、警察にまで出て来られれば厄介だ。しばらく、行方をくらますしかなさそうだな―――



「ワイルドフラワー、僕はまず、警察に調べられる前にしばらく姿を消すよ。会えなくなるのは辛いだろうけど、君の安全のためでもある」



「じゃあ、女の子を調べておいてあげるわ。何かわかったら連絡するわね」



僕は彼女の両肩に手を置いた。



「いや、連絡も控えておいた方がいい。わかってくれ、君を危ないめに遭わせたくないんだ。しばらく、君は君の仕事だけしててくれ」



「私は大丈夫よ。自分の身は自分で守れるから。調査はしておくわ。連絡、待っているわよ」



クールな女性の方が、情が深いんだろうね。ただ待つというのがどうも苦手らしい。



―――へたに刺激して、予想外の動きをされると厄介なことになる。さて、どうやって説得したもんか?―――



まさか味方が足枷になるとは。これを計算しているとなると、かなり厄介だ。今まで、僕に気付かれずに仕事を妨害しただけでも勲章ものだ。



僕は、いつのまにかかなり厄介な人物を敵に回してしまったらしい。



ピンポーン



彼女を説得する考えもまとまらない内にインターフォンがまた鳴った。今日は来客の予定はない。もう、繰り返し鳴る音に嫌な予感しかしない。



―――警察が動くにしては早すぎる。まあ、何かの勧誘だろう―――



「ねえ。これってドアのチャイムじゃない?私が出て来ようか?」


普段の彼女なら、絶対にそんなことはしない。僕も、少し冷静さを欠いていた。



「いや、大丈夫だよ。僕が出る」


玄関のドアを開けると、そこには僕そっくりの男が拳銃を手に、無表情で立っていた。



僕がその時、最後に聞いたのは彼女の叫び声だった。




          続く

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