ターニャの苦悩
ターニャは苦悩していた。
「プーカウ隊、とても強過ぎね。しかも、ねちねち攻撃だよ。隊長の性格、きと悪いの間違いなしよ」
「プーカウって何?」
誰かの名前なのだろうか?この星にも長いこと滞在しているが、まだまだ知らないことは多い。
「あいや、ヨインさんにも知らないことがあたか?プーカウっていうのはあれだよ。大仏だよ。あれに人が乗っているね」
「大仏?大仏に人に乗った軍隊?それは強そうだね。立ち向かうだけでもバチが当たりそうだ」
「あ、私間違えたね。どーぶつだたよ。アニマルね。ヨインさん、バチて何か?」
この星にしばらく残って戦うと、僕が言ってから、ターニャは僕の名前を呼ぶようになった。
ずっと緊張をしていたせいもあるのだろう。やっぱり、自分の国が心配だったのだ。
僕が戦うって言っただけで他に何も変わってはいないのだけれど、ターニャには全く違うのだろう。
正直言って、僕はこの国を命懸けで守りたいと思っているわけではない。ただ、ターニャを心から笑わせてやりたい。必死になる理由というのはそれだけなのだ。
「これだよ。ヨインさん、とくと見てくれるがいいよ」
いつのまにか、どこかへ行っていたターニャが、本を持って走って来た。
子供が見るような写真付きの図鑑だった。ページを開いて、しきりに指差している。
「へえ、これがプーカウなんだ。牛にそっくりだな。そういえば、牛肉も長いこと食べてないな」
「腹へたか?ヨインさんもこれ食べるか?」
そう言いながら、彼女はニンジンをガリガリかじっている。あれ以来、だいぶ気に入っているらしい。
「そうやって、みんながニンジンを食べてくれれば食料難にはならないんだけどな」
「みんな、ニンジン食べるぐらいなら、死ぬべし言うね。匂いが嫌い言う。でも、プーカウはお祭りにはみんな食べるね。ヨインさん食べたいか?」
それを聞いて急にステーキが食べたくなる。久しぶりにこってりした料理も良いものだ。
「え?どこかに売ってくれる場所はあるの?今日にでも食べたいよ」
僕が勢い良く聞いたせいか、ターニャはしょんぼりしてしまった。
「お祭りの時に、ヒュージニアが送てくれるね。今日は食べないよ、ヨインさん」
僕以上に残念そうにしているターニャを見て、可哀相になった。どうにかしてあげられないだろうか?僕は考える。
―――そうだ。僕の宇宙船で鶏を何羽か飼っていたんだ。卵を生んでもらうためだけど一羽ぐらい、ローストチキンにしても構わないだろう―――
「ターニャ、今日は鶏を焼いてあげようか?」
「鳥?空飛ぶアニマルか?だめよ。神様、怒てしまうね」
宗教上の理由だろうか?まあ、そんなことがあっても不思議じゃない。
「ニワトリは飛ばないんだけどな。この国の人は全員、鳥肉を食べないの?玉子も?」
ターニャが驚いていると言うより、羨ましそうな顔をしているのは僕の気のせいだろうか?
「ニワトリはおいしか?ヨインさん。鳥を食べたら、みんなに悪いこと起きるな。玉子はちょと分けてもらうのは大丈夫ね。でも、たくさんはいかんだよ」
「そうだっ」
僕の突然の声があまりにも大きかったのか、ターニャがヒッと声をあげて後ろにこけそうになる。
「驚いたよお、ヨインさん。びっくりさせごっこするか?次はターニャの番ね」
ターニャがアニメヒーローのような謎の構えをとるので、何をするのか気にはなったが僕は立ち上がる。
「宇宙船の冷凍庫にいいものが入っていたのを思い出したよ。プーカウと味が似てるかもしれない。ターニャはニンジンを五本ぐらい用意しておいてよ」
ターニャ以外の人にも、これが食べられるなら、食料飢饉は避けられるかもしれない。
僕は自然と早足になった。
キッチンではジューシーな肉がオーブンでじっくり、音をたてて焼かれている。
肉の油でガーリックと玉ねぎを炒めて、赤ワインを少し。デミグラスソースの完成だ。この何とも言えない香りに喉が鳴る。
ターニャとパパーニャ、ママーニャが待つテーブルへ。僕は焼きたての料理を運ぶ。
「お待たせいたしました。食べる前に確認したいことが一つあります」
「早くするよ、ヨインさん。パパーニャみたいに長い話はいやいやだよ」
好奇心旺盛なターニャはすぐにでも食べたいらしい。僕も久しぶりにありつけるディナーに、はやる気持ちを押さえ付ける。
「パパーニャさん、ママーニャさん。あの錠剤は食べていないでしょうね?」
「ああ、そのことかね?大丈夫だ。国民全ての命がかかっているんだ。もう4日になるか。全くあれは口にしていないよ。もちろん、ママーニャもだ」
ママーニャも僕の目を見てうなづいてくれた。
「私、生まれて初めてスープのおかわりをしてしまいましたわ」
あとは二人がニンジンを食べられるかだ。
「では、ターニャがこれ以上待てそうにないのでどうぞ召し上がってください。お口に合うと良いですが」
皆で手のひらを額にあててお祈りをする。食事前の儀式らしい。
「おお、おいひーよヨインさん。プーカウにも負けないおいしさだよ。なんて料理か、これ?ターニャ、毎日でもいいよ」
ターニャが食べられるのは当然だ。問題は二人。パパーニャとママーニャなのだ。
ターニャが食べたのを確認したパパーニャが付け合わせのニンジンを避けて、一口食べる。
「そうだな。プーカウに味が似ている。なかなかの腕前だね、ヨイン君」
ママーニャもうなずきながら、食べてくれている。
「本当に、おいしいですわ。ヨインさん。私はお祭りで食べるプーカウのステーキよりもこっちの方が食べやすいですわよ」
パパーニャは神妙な顔をして、ニンジンをフォークで突き刺している。
「さて、問題はこのニンジンだな。はたして我々にも食べられるのか、どうか」
パパーニャは嫌いなものは先に食べてしまうタイプらしい。
匂いを嗅いで、ソースで匂いは消えているぞと自らを勇気付けている。
パパーニャを見ているとあまりにも可哀相だ。もう少し見守っていても良かったが、僕は種明かしをしてしまう。
「パパーニャ様、ご安心ください。あなたはすでにニンジンを食べたのです」
目を見開いたパパーニャがこっちを見て固まっている。ニンジンが相当嫌いだったらしい。
「その料理はハンバーグと言うものです。私の宇宙船で保管していたミンチ肉を使いました。そこにニンジンも混ぜてあります」
「な、なんとっ」
僕は続けて力説する。ここからが大事な所だ。
「私の国では、古来よりニンジンを食べられない者はこのニンジンハンバーグを食べるのです。すると、昨日まで見るのも嫌だったニンジンが不思議や不思議、何の抵抗もなく食べられるようになるのです」
「な、なるほどのう」
それでも、恐る恐るフォークを持ち上げるパパーニャをよそにママーニャはあっさりとニンジンを口に入れた。
「まあ、本当だわ。ニンジンもこうして食べるとおいしいのね」
それを聞いたパパーニャも焦ったのか、すぐにニンジンを口に放り込む。
「ふむう?う、うむ。本当だ。ニンジンもなかなかうまいものだな。いや、このソースが味を引き立てるのであろうか?いや、あっぱれだ、ヨイン君」
「ターニャは明日もハンバーグでいいよ」
「ごめんな、ターニャ。ミンチ肉はこれで全部使い切ってしまったんだ」
「ターニャが一番お気に入りのようだな。ガッハッハッハッ。どれ、ワシのを分けてやろう」
「あなたっ。ヨインさんが作ってくださったんだから、残さず食べなきゃだめよ」
これが後に語られるニンジンハンバーグ晩餐である。学校の教科書に載るのはたぶん四年後だ。
続く