恋愛道の達人
私は大きな勘違いをしていた。
人を動かすのは支配する力ではない。
リーダーがチーム全員を完全にコントロールできる。予想外のことなど、何も起きない。そんなことは有り得ないのだ。
どう考えたとしても不可能だ。指示するのが一人だとしても、思い通りには動いてくれることはない。
あなたのパートナーを思い浮べれば、わかってもらえるだろう。
たとえ、指示した通り動いてくれたとしても、それが何になると言うのだ?
相手に不満を残すことが自分の幸せにつながるのだろうか?
私はそれが何もわかってはいなかったのだ。
―――――押忍!恋愛道――――
「ふぉっふぉっふぉっ、まだ誰も帰って来ておらんな。おぬし、本当に部長だったのかえ?」
「私は小学校で先生をしていたわけではないのだよ。あんな子供らが言うことを聞くわけがなかろう?」
私は5人の子供たちに、別々の場所へおつかいを頼んでいた。自称恋愛道の師匠である想雲が、私に課した任務なのだ。
「言うことを聞かんと申すか?こりゃいかんわい。おまえさんが現世に帰れるのは当分先のことになるやもしれんのう」
私はわけあって、死後の世界に連れて来られてしまった。なぜだかわからないが、私が帰るにはこの修業を受けるのが一番の早道だとこの爺さんが言うのだ。
もちろん、私がこの爺さんを完全に信じたわけではない。他に方法が見つからないから仕方がない。本音を言えば、そんなところだ。
しかし、それを見抜いてなのだろうか?想雲はちょくちょく、私のプライドを刺激する。
「嫌なら、もう止めてしまえばいいんじゃよ。おぬしもそこまでして現世に帰ることもないじゃろう」
私はどうしても現世に帰る。帰って真相を突き止めたいのだ。
元部下シミズは、なぜ私をここへ連れて来たのだろうか?私と一緒に居たいがため?それとも単に会社から私を離したかっただけ?
正直に言うと、私はシミズに対して愛情に似た感情を抱いていた。それも一人よがりだったのかもしれないと思うと、居てもたってもいられなくなる。
「お師匠様、私にはこの修業は向いていないようだ。別の鍛練方法をお願いしたいのだが、構わんかね?」
「何を言うておるか。お嬢さんほど、向いている者は滅多におらんわい。ほれ、帰って来おったぞ」
―――向いている?この私が?なぜ?―――
それを聞く間もなく、子供たちが一緒に騒ぎながら帰って来た。別々に行動すれば、すぐに終わる買い物をみんな一緒に行っていたのだ。
理由がわかれば、それを修正するだけだ。
「お師匠様、もう一度チャンスをいただけんかね?」
想雲がにやりと笑う。
「おまえさんが、子供たちに別々に行動しろとでも言うのか?残念じゃが、それではあまり変わらんのう」
―――では、どうすればいいのだ?私は急いでいるのだ―――
想雲は私をちらりと見て、私の肩に手を置く。
「そうじゃな。おまえさんが現世でよくやっていたミーティングというのをしてみるか。ただし、お嬢さんは発言禁止じゃ」
―――私が発言せずに、どうやって改善していくというのだ?―――
5人の子供たちをテーブルにつかせ、想雲が語りかける。
「では、少し聞かせてもらおうかの。五ヶ所の買い物を全員で行ったのはどうしてかの?」
やんちゃそうな少年が答える。
「みんなで行った方が面白いに決まってるじゃん」
私は思わず、口をはさんでいた。
「私はできるだけ早く帰って来なさいと言ったはずだ」
子供は私の言葉に目を見開いて驚く。
「だから、できるだけ早く帰って来たんじゃないか」
―――どういうことだ?子供たちは本当に早く帰って来たつもりなのか?―――
私は言葉を失った。子供は子供なりに、私の指示に従っていたつもりなのだ。
―――私の指示が間違っていたのか?いや、細かい指示をしても結果は同じだったのかもしれない―――
私が悩み始めたのもお構いなしに、想雲が進行をしていく。
「次は、もっと早く帰って来れるようにするにはどうしたらええかのう?」
やんちゃそうな男の子を先頭に子供たちが答えていく。
「みんなで走って行けばいい」
「遅い人と早い人がいるよ?」
「一人ずつ別れて行くのはどう?」
「まだ道を覚えてないよ」
「僕が二つ行く」
「覚えている人だけでも別々に行った方が早いね」
子供たちは道に迷う者がいることを知っていた。子供たちなりに最善の方法を選んでいたのだ。
しかも、改善方法まで自ら編み出しているではないか。
私は、子供たちの中に道に迷う者がいるのを知らなかった。他にも知らない細かい問題はあるのだと思う。
それらを知らずに「別々に行け」なんて言うのは問題を大きくするだけではないか?
「これでリーダーの役割はわかったじゃろう?」
「改善方法を彼らから引っ張り出すことか?」
「言わせるのが大事なのじゃよ。人は自分で言った通りの行動をするからのう。反論させるのは逆効果なんじゃよ」
私は、今まで立ち止まって考えることもなく部下たちに指示してきた。当然だが、彼らにも考えはあり私の知らない問題も抱えていたのだ。
私の頬には、いつのまにか温かいものがとめどなく流れていた。
―――せめて一言、彼らに謝りたい―――
そう思ったとたん、耳をつんざくようなでかい音でファンファーレが鳴る。
「レベルアップじゃ」
「はあ?」
子供たちがいつの間にか居なくなっている。
「さて、次の修業に入る前に飯にするかのう」
―――まだ、続くのか―――
そう思った反面、次の修業が少し楽しみでもある自分がそこにいた。
了