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ハッピーバースデー

草食系男子。実にけしからん。ただでさえ、弱い男達が開き直って弱くとも気にしていない。


むしろ、気の弱さを売りにしているところがある。腑甲斐ないことだ。男は多少、強引でこそ存在理由があるというものだ。




「お誕生日おめでとうございます」


ある日、私の部屋にそんな置き手紙が残っていた。いったい、誰がこんなものを置いて行ったのだろう?


もちろん、部屋には鍵をかけていた。私以外でこの部屋の鍵を持っているのは大家さんしかいない。

が、その大家さんとも親しい間柄ではない。


―――誰かが無断で部屋の鍵をコピーしたのか?―――いやいや、そんな無邪気な友人を私は持ちあわせてはいない。


私は、この手紙の主に全く心当たりがない自分が情けなかった。


このような手紙の一通や二通、いい年した社会人なら心当たり過ぎて余計に誰かわからんという事態に陥っても良いではないか。


全くもって自分がけしからん。このままでは、やたら気になるだけで何の行動も起こせやしないではないか。


「あの、お誕生日おめでとうございます」


突如、背後から声がする。「なんだ、君だったのか」


私の後ろには、自殺してしまった部下が半透明で立って、いや、浮かんでいた。



「元気そうじゃないか。なんだ、つっ立って。まあ、座りなさい。今日は私を呪い殺しにでも?」

「いえいえ、僕は琴美さんの誕生日が祝いたくて」



私はこの青年に希望を見いだしていた。将来必ず、会社になくてはならない存在になるだろう。そう信じていたのだ。


しかし、少し厳し過ぎたのか?青年は、何も言わずに自殺してしまった。



「私を恨んでいるのではないのかね?」「いえ、恨んでいるなんてそんな。感謝しかしていませんよ」


私がそうかとつぶやくと、二人とも何も話せなくなり、長い沈黙が訪れた。話したいことはたくさんあったはずなのに何も出てこない。



「あ、あの僕」「どうした?何でも言ってくれ」


またしても長い沈黙。そろそろ机を引っ繰り返してやろうかと思ったその時、青年は再び口を開く。


「僕は部長。いえ、琴美さんのことが好きでした。単なる憧れだと自分でも言い聞かせていました。もちろん、憧れは今でもあります。でも、それだけじゃなかったんです」


「な、何を今さら言っているのかね?やめないか、君」私が柄にもなく動揺している。心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。


彼が力強く一歩、私に近づいた。こんな彼の表情を見るのは初めてだ。



「いえ、言わせてください。琴美さんのその変わった話し方。その美しさとのギャップから、もう目が離せなかったんです。一度はあきらめました。でも、こうして想いだけでも伝えたくて今日はやってまいりました」



私は、彼の言葉を聞いてなぜか震える手を押さえ付けた。



聞かなくてはならないことがある。「どうして諦めたんだね?この私を」


彼の言葉にはもう迷いはなかった。「部長はレズだと言う噂を聞いたんです。それがあまりにもショックで」「それで、自殺したというわけか?」


男が弱すぎたのか、私が強すぎたのか。何をどうすれば良かったのか?


やるせない。わけのわからぬ感情が私に沸き上がり、気付けば怒鳴っていた。


「バカ者がっ。なぜ私に事実を確認しようとしない?どうして、おまえはいつも勝手に傷ついていくのだ」


もう時間は取り返せない。これが仕事なら、すぐさまフォローもしてやれるのに。なぜか、何も解決策が出てこない。



「どうして?どうして、自ら命を断つようなことを?」


体から力が抜けていく。私はそれ以上、立っていることはできなくなっていた。



「おまえが。おまえがそれでは、手も握れんではないか」


顔を上げると、ぼんやりと見える彼が微笑んだような気がした。

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