6.閑話 村長の息子
閑話=本編の時間軸以外、とお考えください。
ルカが預かった手紙の宛先です。
――――良くある話だ。
何もない農村で農業をただ継ぐのが嫌で都会に憧れる。
それが原因で両親と喧嘩。良くある話だが村長の息子であるビルは幸か不幸か行動力があった。
売り言葉に買い言葉である日村を飛び出した。本当に商業都市に行ってしまったのだ。
――――それが五年前。
父も母も日々仕事があり、そのうち諦めて帰ってくるだろうと高を括っていたが、結局、今日の今日まで帰ってこなかった。音沙汰も無い。
放っておけという父の言葉だったが、母はやはり心配していた。そして、たまたま商業都市メルケイトに向かう途中で村を訪れた勇者ルカに手紙を託した。
●○●○●
「ビルさん、お手紙ですよ」
ある日、ビルがその日の依頼を終えてハンターギルドに戻ってくると、受付から声がかかった。
「フローラさん、ありがとう」
(誰からかな……?)
手紙を受け取り一先ず上着のポケットに入れ、代わりに今日の依頼主から受け取ったサイン入りの完了証をフローラに手渡す。
「お疲れ様です。確認しますね」
「今日は稼ぎがいいんだ。どう? この後ご飯でも? 奢るからさー」
「はいはーい、お気持ちだけ受け取りまーす。今日も明日も受付嬢は忙しいんでーす」
勝手知ったる間柄で軽口を叩きながら、確認のため受付の裏に行くフローラ。
「ちぇっ……、つれないなー」
と、言いつつもビルも軽口以上の本気度はない。ビルに好意はあるのだが、気軽なやりとりができる今の状況に満足してしまっている。
フローラはビルが初めてハンターギルドを訪れたときに登録手続きを行ってくれた受付嬢だ。
赤寄りの茶髪を肩ほどまで伸ばし、ゆるく一つに結んでいる。頬にはそばかすがあり、美人系ではないがさっぱりした性格でファンも多い。
初めて会った都会の女性、見るからに田舎者のビルに対しても丁寧に対応してくれ、一目惚れをしてしまったのである。それ以降、ビルはことある毎に声を掛けている。
ハンターギルドは独立した組織ではあるが、各国からの補助も出ている半公的な組織だ。そのためギルド職員は安定した職として人気が高く、特に女性にとって受付嬢は一種の花形の職業になっている。
所属するハンターの男共にとっては高嶺の花ではあるが、ビルのように声を掛ける男共は絶えない。最も、ハンターは収入的にも不安定な職であり、専業のハンターは腕が良くない限りその日暮らしに近い生活になってしまう。そのため受付嬢たちは相手にしておらず、その扱いは手慣れたものである。
「お待たせしました。本日の依頼達成報酬です。ご確認ください。買い取りに出す素材などあれば、買い取りカウンターへどーぞ」
「ありがとう」
お決まりの台詞を聞きながら、報酬を財布に入れた。
さて、飯でも行くかとビルが踵を返そうとしたとき、珍しくフローラから続きの言葉があった。
「あっ、ビルさん。さっきの手紙、お母さんからだそうですよ。たまには元気な姿見せてあげたらいいんじゃ無いですか? それでは、またのお越しをお待ちしております」
「…………」
フローラのお辞儀に見送られ、軽く手を振りながらギルドを出るビル
外に出て、歩きながら先ほどポケットに突っ込んだ手紙を取り出し裏を見る。
そこには母の名前が書かれていた。
●○●○●
夕食を酒場で済ませ借りている部屋に戻ってきたビル。
(……ここに居るって知らないはずだよな……ああ、だからギルドに預けたのか。ずっとハンターになるって言ってたから……)
読みたいような読みたくないような……
母からの手紙は机の上に置いてある。
思えば早いものである。五年前、父との喧嘩がきっかけで村を飛び出し商業都市まで来て、なりたかったハンターにもなれた。
「……一旗揚げて見返してやるつもりだったんだけどなー……」
何ともなしにつぶやく。
憧れの都会、憧れの仕事で成果を上げて帰郷する。がっぽり稼いでみせれば両親にも認めてもらえると思っていた。
当初はそのつもりだったが、現実はそう甘くなかった。
戦闘も初心者だった彼ができる仕事は限られ、その日暮らしがしばらく続いた。ハンターとは名ばかりで、農家の収穫の手伝いなどの依頼を受け、依頼主から「君、筋がいいね!」と褒められ何とも言えない気持ちにもなった。
しかし、フローラの助言を素直に聞き、一歩一歩進んで今では中堅に差し掛かり、指名の依頼も偶にではあるが来るようになった。ほとんど農業関係だが。
「……楽しいは楽しいんだけどな……」
パーティを組んで仲間と討伐依頼を受け、依頼後に酒場で打ち上げをして――――
都会の毎日は農村と違い刺激的で楽しい。
収入もある程度上がってきて、来た当初と比べれば安定してきた。
だが、どこか小骨が刺さったような胸のモヤモヤがビルの中にはずっとあった。何も言わず飛び出してしまった後ろめたさと、時々思い出すように湧いてくる望郷の念。
だが、大見得を切ったが故に手ぶらでは帰りづらく、一方で日々の生活以上の大きな成果も望めない……。
(……よし、読むか……)
ようやく重い腰を上げて、封筒を開け便箋を開く――――
●○●○●
――――――――――――――――――――
生きていてくれてありがとう。
この手紙を開いてくれてありがとう。
そしてごめんなさい。日々の忙しさを言い訳にして、あなたの安否すら確認もせず。
こうして送ろうと思えば手紙の一つも送れたのに。
手紙を書こうと思ったことは何度もありました。
ですがどうしても「帰って来てほしい」という思いが強く、あなたの夢を応援する気持ちにはなれずペンを置いてしまいました。
昨日、村に勇者様がいらっしゃいました。王都へ行く途中とのことです。
勇者様はあなたとほとんど変わらない歳で魔王との戦いに行くそうです。
私は気づかされました。
息子に嫌われようと、思いを直接伝えられることができる幸せを。
勇者様の両親もきっと引き止めるたかったに違いありません。帰ってきてほしい言いたかったに違いありません。
でも勇者様に対しては許されない。
だからどうか、成果なんてなくてもいい、元気でいてくれさえすれば。
あなたの家はここにあるのだから、帰ってきて。
母より
頭ごなしに否定して悪かった、帰ってこい 父
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手紙には母の息子を思う気持ちと、手紙の隅に一言だけ父の言葉がぶっきらぼうに書かれていた。
「――――ッ、…………グスッ……」
懐かしい母の字、相変わらず不器用な父。何だかこみ上げてくるものがあった。
「一度帰ろう……、でもその前にフローラさんに……」
心の支えが取れたビルは決意を胸にその日は就寝した。
●○●○●
――――ハンターギルドの休憩室。
「ねえフローラ、ビルさんってどうなのよ?」
「どうもこうも、お客さんの一人よ」
「えー、そうじゃなくて。健気よねー、あなた一筋って感じで。気づいてるんでしょ?」
「まあ、好意を持ってくれてるのは分かってるけど……」
「収入が問題? 中堅クラスじゃまだ不安定よねー。でも村長の息子でしょ? 安泰じゃない? 農村は嫌? うかうかしてると他の人に掻っ攫われるわよ? 素直でいい人そうな雰囲気だから彼」
「…………」
「はいはい、おしゃべりはそこまでー、休憩したら仕事に戻りなさい」
「「はーい、主任」」
●○●○●
――――ある日のハンターギルド。
(そういえば、ここ数日ビルさん来てないな)
朝の受付が混雑する時間帯を終え、フローラが何となしに思う。
ギルドは、依頼を受ける人が集中する朝と、依頼達成の処理をする夕方から夜の二回混雑する。それ以外の時間は、依頼を受ける人、持ち込む人がちらほら現れる程度で比較的落ち着いている。
ビルは必ずフローラが在席しているときは彼女に手続きをお願いするため、フローラが休みの日以外は見逃すことはない。
(どうしたのかな? 実家に帰ったのかな?)
この間、ビルの母からの手紙を手渡したので深い意味は無くそう考えた。
――――バン。
ギルドのドアが勢いよく開き、ビルが入ってきた。手に何か持っている。
ビルは真っ直ぐフローラの居る受付に近づくと、手に持っていた花束を跪き差し出した。
「ずっと好きでした! 今の軽口をたたける間柄でもいいかと思ってましたが、やっぱり好きです! 付き合ってください!!」
ここ数日ビルが不在にしていたのは、この花束を作るためだった。
幻夢草。魔素が豊富できれいな水辺にしか生息しない。その花は、細長い五枚の花弁を持ち、幻想的な半透明で美しい薄い青色をしている。彼が知る中で一番美しい花だ。
自生地が非常に限られており、商業都市周辺では自生していない。
一世一代の挑戦に万全を期すため、彼だけが知る自生地の森まで遠征し採取、その後、枯れないように気をつけながら大急ぎで帰ってきたのである。
そのためビルの服装は所々泥が付き汚れている。
――――シーン……
音が無くなったようなギルド内。
居合わせた誰もがカウンター越しに跪くビルとフローラに注目し息を呑む。
実はその花、都市部では結婚を申し込む時に贈る最上の花として有名であった。そのことを彼は知らない。
――――ビルの明日はどっちだ?
【あとがき】
手紙→EーMAIL→チャットと世の中の文字による連絡手段は変遷してきました。筆者は一度送ったら中々訂正もできない手紙の頃の方が、一通一通に心が籠もってたような気がします。