4.商業都市
――――翌朝。
「お世話になりました」
ルカが村長と奥さんに別れを告げる。
ビスとハイリスは先に挨拶を済ませ、荷馬車で出発の準備をしている。
「こちらこそ、我々の不安を取り除いて頂きありがとうございました。勇者様の旅に主神の加護かありますようお祈りしております」
村長は右手を差し出し、ガッチリとルカと握手をする。
「勇者様、一つお願いを聞いて頂けませんでしょうか? この手紙を商業都市のハンターギルドまで届けて頂けませんか?」
奥さんが差し出した手紙を受け取りつつルカが承諾する。
「いいですよ。メルケイトのハンターギルドには小鬼の件を報告しなければならないので。この手紙は?」
「息子に宛てたものです。五年前でしょうか……農家を継ぐのは嫌だと、ハンターになると飛び出したきりでして……もし商業都市のギルドに登録が無いようでしたら捨てて頂いて構いません」
少し寂しげな表情で奥さんが説明する。
「分かりました。ハンターギルドの窓口に預けます」
「勇者様、出発するよ」
ハイリスが声をかける。
「では、ありがとうございました」
「「お気を付けて」」
村長夫妻の言葉を受けてハイリスの待つ荷馬車に向かう。
「それではまたの。それっ!」
御者台からビスが村長夫妻に声をかけ、馬に出発の合図を出す。
馬はブルブルと少し鳴き、ポコパカとまだ早朝のせいかやる気の無い顔でゆっくり歩き出した。
●○●○●
――――村を出発して三時間。
「回復魔法を教えよう」
村を出発し何度目かの休憩で、ハイリスがふと思いついたかのようにルカに言った。
「えっ? 回復って神聖術だから神官にならないと使えないですよね?」
「いや、実はそうでも無いんだ」
「そうなんですか!?」
驚きを隠せないルカ。
「神聖術は全て神官にならないと使えないと一般的には思われているが一部違う。まあ、切断された手足をくっつけるような高位の神聖術でも実は習得可能だが……神官になるくらい修行しないと習得できないから一旦置いておくとして、低位の回復は一般魔法なんだ。だから実は魔法が使えれば習得することができる」
「高位の神聖術が神官じゃなくても習得できるってことだけでも驚きなのですが……」
――――魔法。
魔法は大きく分けると二つに分類できる。神官が使う神聖術とその他の一般魔法である。
神聖術は原初の魔法であるという説もあるが、その仕組みは未だ解明されていない。
また二つの大きな違いは発動時の使用者が持つ魔力の消費にある。
神聖術以外の魔法は保有する魔力を消費し発現する。魔力が尽きれば使えなくなる。
一方で神聖術は二十四時間に使用できる回数が存在するが、習得さえできれば術の難易度は術者の魔力量に依存しない。
発動後に脱力感などがあることから、魔力に類する何らかの体内の力を消費していると考えられているが、未だに観測には至っていない。
「あまり言いふらしていい内容じゃないから忘れてくれ。話を戻して長い歴史を紐解くと、数百年前の神聖術が書かれた聖典には、高位の回復しか記載がなく途中から追加されている。つまり、回復は神官の領域という刷り込みか利権の確保か分からないが、同じ回復魔法ということで一般魔法の回復も後天的に一括りにされて神聖術扱いになっちまったんだ」
やれやれと肩を竦めるハイリス。
――――ハイリスがその真実を知ったのは偶然であった。
元々、研究対象としてしか神を見ていなかったハイリスは、神学校時代、卒業後の権力闘争のための派閥などに興味は無く、専ら図書館の古い本を読み漁っていた。
そういった研究畑の教師も中にはおり、仲良くなった結果、解読中の古文書なども見せてもらえるようになった。
その積み上げられた膨大な書物の中で、本来禁書になってもおかしくない書物で、解読されてないが故に禁書になっていなかったものを偶然見つけた。
そこには現在の常識を覆す内容がいくつも書かれていた。
その一つが”神聖術は教会で修行を積んだ信仰心の高い者のみが使える”というのが世の通説である訳だが、実際には才能の有無によるが神官以外にも使うことができるということが書かれていた。
言われてみれば確かに当たり前である。
主神や女神は人類の守護者であると言われている。助けになる力を一部の者に制限する理由がない。
「――――それならもっと広めればいいのに」
「誰でも使えるようになるからといって、誰にでも有用という訳では無くてな……そこら辺の一般人に教えても、長い時間をかけて習得して回復できるのはちょっと指を切った程度じゃ全然旨みがない。魔力が豊富な魔法使いにとっても、難易度の割に回復できるのが市販の回復薬と大差無ければ覚えようとは思わんだろ? しかも現代で教えられるのは神官だけ。教会で長々修行してじゃなぁ」
「そう上手くはいかないんですね……」
「そもそもこの話を知っているのは神官の中でも神聖術を研究している極僅かな人間だけだと思う。回復という神官の優位性を関わる内容だから広めるのはまずいだろ? その点、勇者であれば神に選ばれし者ということで使えたとしても違和感は無い。ルカ、お前なら魔力は十分ある。たとえ回復薬程度だとしても、戦いでは手札は多いに超したことはない。死ぬ気で覚えろ! 応急処置程度でも出来れば命を左右するぞ!」
こうして旅の道中に新たな課題が課せられたルカは、ハイリスの指導に従い、指先にナイフで傷を付けては治すという練習を繰り返し行い時間を潰していた。
●○●○●
――――一週間後。
その後は特に問題も起きず、三つほど最初の農村と同じような規模の村を巡ったルカたちは、この辺境の地のハブ的な役割を果たす商業都市メルケイトに到着した。
フェルティラ王国は肥沃な土地を生かした第一次産業が主な産業だ。ルカ一行が到着した商業都市のような中核都市を中心に村落が点在しており、農業、畜産業を行っている。
その反面、鉱物資源に乏しく工業面の発展は他国に比べ劣っている。
他国との国境付近を除けば山岳地帯など守りに適した地形も少なく、ただひたすらに平らな土地が広がるのみだ。
こんなにも肥沃な土地を持ち、軍事力も乏しい王国が、今こうして他国からの侵略も受けず平和であり続けているのは、それこそ食糧自給率200%を優に越える豊富な食料のおかげである。この国の王は、代々、周囲の大国全てに安価で輸出することで自国への依存度を高め、仮に一国が侵略し独占しようと企んだ場合、その他の国々が阻止せざる負えない状況を作り出したのだ。
また、守りに適さない地形は侵略者側にとってもマイナスに働き、他国の横槍を防ぎつつ占領することの難しくする。その結果、戦争を仕掛けて独占するのには割が合わないと思わせるに至った。
「うぅーんっ、お疲れさん」
ビスが御者台から降り軽く伸びをしながら声をかける。
都市の入り口でフォルティスの町長に書いてもらった身分証を提示し入市税を支払い、都市の中にある商業ギルドの荷置き場に荷馬車を停めたところである。
今は作物の収穫時期でなかったことから、それほど並ばず都市内に入れたのは幸いだった。
ここはビスも所属している商業ギルドの一角。ここでは周辺の村落を周り集めた荷物を一纏めにし、送り先毎に、この商業都市のような中継地点となる都市へ向け再び発送する。村落への配達はその逆で、他の都市から集まった荷物をここで集配担当の荷馬車に分配し村々に配達する。
「お前もお疲れさん」
「ブルブル」
ビスが声をかけながら荷馬車につないでいた馬を解放すると、自ら馬小屋の方へゆっくり歩いていった。
ビスは相棒を見送り、ルカとハイリスに向き直り言った。
「勇者さま、これからどうすんだい?」
「ここから次の中核都市までの定期馬車を乗り継ぐんですよね? 先生?」
「ああ、その前にハンターギルドに行って小鬼の件を報告しないとな。 まあ今日は宿を取って明日向かおう」
――――ハンターギルド。
実のところ”ハンター”という職業は存在しない。
野生動物や魔獣を倒して肉や素材を得る者、森に入り薬草などを見つける者、古代の遺跡やダンジョンに分け入り宝を見つける者、猟師や採取者、探検家など正確にはそれぞれを表す言葉は存在するが、討伐、採取、探索といったことを専門にする者たちを総じてハンターと呼んでいる。
そのハンター業を行う者たちへの依頼のとりまとめ、報酬の授受、情報共有をする組織としてハンターギルドは存在する。
ハンターたちは依頼の性質上、腕っ節が強い者も多くフットワークも軽い。そのため、各地に現れる動物や魔獣などの小規模な脅威に対して大きな役割を果たしている。
もちろん国には軍や各都市に治安維持を目的とした組織も存在している。
しかし、大規模な魔獣討伐や盗賊団、都市で発生する犯罪には対応できるが、各地で発生する細かい脅威を全て把握し対応できるほど動かし易い組織ではない。また、全てに対応出来るような人員を常時維持するには莫大な予算が必要であり現実的では無い。
そのため、各地に存在するハンターギルドが中心になり、害獣や魔獣、魔物の情報を集め、報酬さえ積めば迅速に対応することが出来るハンターに対して、国も討伐報酬に補助を出すなど後押しし、治安維持に役立てられているのだ。
ルカはこれまでも砦村でハンターの仕事はしていたが、砦村にはギルドが無いためハンターギルドには所属していなかった。
あくまで依頼者から「薬草を採ってきてほしい」と直接依頼を受けて、報酬も直接受け取っていた。
ハンターギルドに所属すると成功報酬の一部がギルドの運営資金に天引きされる代わりに、ギルドに集まる沢山の依頼票から依頼を受けることが出来るようになる。
また、ハンターギルドは集まった情報を各地のギルド同士、行政機関とも共有している。このことから、魔獣が頻繁に目撃されて危険度が増している場所や、素材の相場など、ハンターとして仕事をする上で大切な情報を入手することが出来るというメリットもある。
昨晩は旅の疲れを癒やすために早めに休んだルカは、ハイリスと共に朝の混雑が過ぎたころを見計らいメルケイトのハンターギルドを訪れた。
●○●○●
ギルドに入ると、災害時に拠点としても活用できるよう頑丈な石造りになっている建物内は少しひんやりとしていた。
予想通りあまり人はいない。
中を見回すと依頼票が張り出されている掲示板の前に数人の子供がいた。小遣い稼ぎにドブネズミ退治など、大人が見向きもしない簡単で報酬が少額な依頼でも受けようとしているのだろう。
ハイリスは真っ直ぐ受付に行くと、そこに居た受付嬢に話しかけた。
「砦村方面の魔物の出現情報を報告したいのだが」
「はい、こちらで承ります。ビッグボアでも出ましたか?」
受付嬢が魔物の出現情報を記録する用紙を持ってきながら答える。
ビッグボアというのは魔物化したイノシシの中でも大きさがクマレベルになったものを指す。この地域での脅威度としてはトップクラスの魔獣である。
「いや、小鬼が居た」
「えっ、小鬼ですか?」
少し驚いた様子でそのまま聞き返す受付嬢。
「ああ、森の中に住処を見つけてそこに居た七匹を討伐した。あいつら倒すと消えてしまうから証拠はこのちっこい魔石しか無いんだが……とりあえず日暮れまで住処を見張っていたがそれ以上は現れなかった。私もこの国で小鬼は珍しいと思ったので報告をと」
「情報提供ありがとうございます。すみませんがあちらの会議ブースに移動頂いて地図で細かい場所を教えて頂けますか?」
「分かった」
受付嬢とハイリスは目隠しで区切られた会議スペースに向かって行った。細かい情報を説明するようだ。
ルカは村長の奥さんから手紙を預かったことを思い出し、別の受付嬢に話しかけた。
「すみません」
「はい何でしょう? 依頼の受領ですか?」
「いえ、こちらのギルドにビルさんという方は所属していますか? 手紙を預かってまして」
「ビルさんですか? 少々お待ちください名簿で確認します……はい、当ギルドに所属しております」
「良かった。すみませんがこの手紙を彼に渡して頂けますか?」
「分かりました、承ります」
ルカは受付嬢に村長の奥さんから頼まれた手紙を手渡した。
お読み頂きありがとうございます!