50.大工とゴーレム
――――帝国領のとある街のギルドにて。
「あっ、丁度良かった。勇者様にお手紙です」
「えっ? 僕にですか?」
今日の依頼を完了し、ハンターギルドに戻ってきたルカ一行を見ると受付嬢が手紙を差し出してきた。
「よく届けられましたね?」
帝都で皇帝グラヴィスと謁見してからおよそ一年が経った。
魔族との戦闘は相変わらず散発的で、人類側から侵攻する予定もないため比較的落ち着いている。
そのためルカたちは現在、アルミス帝国とコーペランテ諸国連合の北方、魔族の領域に近い地方を回っている。地元のハンターでは対処できないような依頼に対処するためだ。
なので、定期的に町や村を移動しているため、手紙をルカから出すことは出来ても、届けることは難しく感じる。
「勇者様はギルドで依頼を受けていますからね。ギルド側では大体この辺にいるという目星は付くんですよ。この周辺の町のギルドには同じ手紙が届いていると思います」
「なるほど、そういう仕組みですか」
「なので申し訳ございませんが、他のギルドに行った際に同じ手紙を受け取るかもしれません」
受付嬢は申し訳なさそうに手紙を渡した。
「分かりました」
ルカは手紙を受け取り、依頼の完了手続きも終わらせると受付嬢に会釈してパーティーメンバーの元に戻った。
「どっからの手紙だ?」
バルドが興味があるように覗き込んだ。
「えーと帝国から。……何でも北東の最前線で戦線を持ち上げるために構築していた新しい砦が魔物の襲撃で崩壊したんだって。それで撤退した際に行方不明者が出ているらしくて……もしその周囲に行く際は気にとめておいてほしいそうだよ」
「つっても一ヶ月前だろ。魔物も魔獣もいる森の中に。望みは薄そうだよな」
文中にあった一ヶ月前の日付を確認し、苦い顔になる。
「だからだと思うけど、探しに行ってくれというお願いじゃないよ。まあ、遺品があったら拾ってほしいってくらいだと思う」
ルカも望みは薄そうだなというのが本音だ。
「その辺りの森で魔物の討伐依頼が出てるから行ってみましょうか?」
掲示板に出ていた依頼書を眺めていたアイシャが、一枚の依頼書を指差す。
「それほどここから離れてないし、行ってみようか」
そうしてルカたち勇者パーティーの次の行き先が決まった。
このように行き当たりばったりで旅を続けてきたが、ルカは思いのほかこの生活を楽しんでいた。
勇者になる前は故郷の町からほとんど出ることはなかった。こうして世界を見て回れるきっかけになった勇者という肩書きも重圧だけでなく、悪い物ではないと最近思えるようになってきたのであった。
●○●○●
――――そして場面はとある森の放棄された開拓村に戻る。
「ああ、なるほど。んで勇者様たちが探しに来てくれたのか」
「はい、マリウムさん。ほぼ死んだことになってますよ、たぶん……」
大工姿の帝国兵はマリウムと名乗った。
彼は撤退途中に魔獣に遭遇して一緒にいた部隊と離れてしまったこと。たまたまここに辿り着き、何だかよく分からないが家を作っているゴーレムに出会い、その拙い作業を見てられなくなって指導していることなどを語った。
「まあ、ここがどこか分からんから動くに動けなかったんだがな。で、暇だったからゴーレムの面倒見てるって訳だ。ははっ、人生分からんもんだ」
そう言ってマリウムは豪快に笑った。
家の建築現場の横には彼住んでいるらしい掘っ立て小屋が建っていた。
「あいつら力あるから大工に向いてら」
「危険はないんですか? 魔物ですよゴーレム……」
何とも言えない表情でルカが尋ねる。
「んーん? 大丈夫そうだがな。そうそう、ゴーレムにも個性があるんだわ」
彼曰く、
・一号:コツコツした仕事が得意
・二号:独創的な物を作ろうとする
・三号:マイペース
なんだそうだ。
「……そうなんですか……一先ずお元気そうで何より」
まるでペットの犬のことでも語るかのようにしゃべるものだから返す言葉が見つからないルカ。
トン、カン、トン――――
ルカたちが話している間もゴーレムたちは各々作業を続けている。
「んっ? あー! 二号! 階段何個も付けようとするんじゃない! 一個あれば十分! 部屋が狭くなんだろ!」
マリウムが何かに気づき立ち上がると、ゴーレムに向かって怒鳴りながら歩いて行った。ルカたちもゴーレムの様子を見ると、二号と呼ばれたゴーレムがどこかの廃屋から拾ってきた階段を取り付けようとしている。ちなみに既に一つ階段は付いている。
「だーかーら! 変なもん付けようとするんじゃない!」
叱るマリウム。何だかしょんぼりしているように見えるゴーレム。
よく見ると叱られているゴーレムの頭には塗料で”二”と書かれていた。
「あー、一号、二号、三号」
レミッサが頭に書いてある番号を指差しながら笑ってる。
「あれって話通じてるように見えるんだけど?」
「ええ、大発見じゃない?」
ルカの言葉にアイシャも聞いたことがないと半笑いで驚いている。
一般論として、動物が魔物化した魔獣を始め、人型の小鬼といった魔物でも人類と意思疎通は不可能。唯一意思疎通が出来るが故に魔人だけが魔”人”とあるように人に近いものとされている。
しかし、ゴーレムの様子を見るとどうにもマリウムの言っている言葉を理解しているようにも見える。
「わりぃ、わりぃ。二号は偶に突飛なことするもんで」
マリウムが三体のゴーレムを引き連れてルカたちの下に戻ってきた。
「「「…………」」」
目と言っても色違いの石がはまっているだけなのだが、じっとルカたちを見ているような様子だ。
「マリウムさんどーぞ」
レミッサが先ほどまで湧かしていた薬缶からお湯を取りお茶を渡す。
「これはこれは」
マリウムが車座に再び加わりカップを受け取る。すると後ろに経っていたゴーレムが彼の肩を突っつく。
「ん? なんだよ。飲みたいのか? ほれ、熱いぞ」
ゴーレムは器用にカップをつまむと口を開け中身を流し込んだ。
「えっ、そんなもん与えて大丈夫なのか!?」
バルドがツッコミを入れる。
「大丈夫なんじゃないか? 前にも果実食べてたし。三号は人が食べているものを食べたがるんだよ。でもほら――――」
三号と呼ばれているゴーレムを見ると、ほかほかと頭から湯気が上がっている。何だか先ほどのお茶の爽やかな香りまでする。
「こいつら石と土だから染み込んじまうみたいでな。果実を食べた時は虫が大量に寄ってきて大変だったぜ」
すると三号はゴソゴソとどこか体を漁ると、拳大の水色に透き通った石を取り出してレミッサに渡した。
「なんです? お礼でしょうか?」
「ちょっ! レミッサ見せて! これって……」
レミッサが受け取った石を横から見ていたアイシャが、慌てた様子で手に取り上下左右から見る。
「魔水晶じゃないこれ!」
「宝石なんですかー」
あまり石に興味がないレミッサが聞く。
「結構珍しいわよこれ。水晶の一種なんだけど、希に魔素と結びついてできるの。魔道具とかにも使われてるわ。あなたの聖杖にもはまってなかった? これだけ大きい原石なら結構な価値になるわ」
「こいつらそれボリボリ食ってんぞ」
「えー、もったいない! この辺に鉱脈があるのかしら?」
それからアイシャは何度も三号に「くれたってことよね?」と念押ししていた。特に反応はないがそうらしい。
●○●○●
始めは警戒していたルカたちも、特に何もしないゴーレムたちを見て次第に警戒感を解いていった。
「それで、マリウムさんは帰ります? 町まで護衛して行きますよ?」
「っ! そうかそれであんたたちは来てくれたんだったよな……」
マリウムは振り返り三体のゴーレムを見た。ゴーレムたちもじっと彼のことを見ている。
「せっかくだが、今は帰れねぇ……こいつらに教えなきゃいけないことがまだ残ってるんだ」
それを聞くとゴーレムたちはゆらゆらと体を揺らし始めた。喜んでいるのだろうか?
「そう……ですか。それじゃあ地図はお渡ししますね。あと、伝えてほしい人とかいますか?」
「ありがたい。家を建て終わったら帰るわ。……そうだな、オレは孤児で一人だから、拾ってここまで育ててくれた親方に手紙をお願いできないか?」
「分かりました。代わりに町で出しておきます。書くものはありますか?」
それからルカたちはマリウムから手紙を受け取り、この奇妙なゴーレムのいる廃村を後にする。密かにルカは魔族との共存の可能性について考えながら。
●○●○●
――――とある町の工務店。
「親方! マリウムから手紙です! あいつ生きてましたぜ!」
「本当か! あの馬鹿たれ……」
親方は封筒を受け取ると封を開け手紙を取り出した。
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親方、ご心配をお掛けしています。マリウムです。
何とか生き残ることが出来ました。
今、北方の森の中にある放棄された開拓村にいるのですが、そこに大工を志したゴーレムがいまして指導しています。
なので今しばらく帰れません。ごめんなさい。
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「…………生きているが、ゴーレムに大工仕事を教え込んでいるのでしばらく帰れない。ふふっ」
受け取った親方は吹き出す。
「ゴーレムって魔物ですよね? 大工出来んですか?」
「分からん。でもやる気のあるヤツは大歓迎だ。ははっ」
弟子の言葉に雑に返す。
親方は孫弟子のゴーレムになんだか会ってみたくなった。
次回更新は5/24予定です。
【ざっくり設定集】ごーれむズの性格
・一号:コツコツ
・二号:独創的
・三号:マイペース