3.森の調査
お読みいただきありがとうございます!
一応最後までプロットは作ってから書いているので完結までたどり着ける…はず…
一度戻って念のため食料などを補充したルカたちは、案内役の木こりと合流し、魔除けの杭が壊されていた方向を逆にたどり森に入っていった。
森の入り口付近には真新しい切り株がちらほら見られ、木こりたちがが加工をする前の材木が転がっていた。この辺りは針葉樹が多く自生しており、まっすぐに伸びる木々の間から陽の光が差し込んでいる。
ルカが深く息を吸うとスーッと胸が透くような森の香りがした。この匂いは嫌いじゃない。
少し森に入ったところでハイリスが案内役の木こりに尋ねる。
「そういえば、畑を荒らされた後の形跡が見たことがない形跡だったと聞きましたが、どんな様子だったんです?」
木こりは大雑把に整えられた髭を手で撫で、ポツポツと思い出しながら話す。
「なんて言うかな……きれいすぎるんだよ。イノシシとかなら食い散らかしてくんだが、今回のは持って帰ってるみたいなんだわ。だから、始め俺たちも何か減ってるような気がする程度で、気のせいかなって思っていたんだが、芋を掘り返した形跡を見つけてな、やっと何かに荒らされてるって気づいたんだ」
「きれいに荒らすですか……魔獣でも食い散らかすと思いますが……泥棒は……可能性低いですね、この辺で野盗の話は聞きませんし、しかも取られてるのは作物ばかりですし……」
木こりの説明にハイリスも首をひねる。
魔獣であれば畑は荒れるはずで、食い詰めた野盗であれば小さい農村とはいえ、金品を奪わず作物だけを連続で盗るというのは奇妙である。
「この辺りは普段どんな動物や魔獣が出るんですか?」
ルカが木こりに質問する。
今回探している相手は何かということは一旦置いておいて、周囲を警戒する上で周辺に生息している生物を知っておくことは重要である。
「おそらく砦村周辺と大きくは変わらんよ。オオカミ、イノシシ、シカとかか、希に魔物化して魔獣になったヤツが混ざってる感じだ。クマやヤギはもっと北の砦村よりも奥の森や山岳地帯に生息してるから滅多に見ないな」
「そうするとオオカミが襲ってくるのが一番危ないですかね?」
「ああ、奴らは肉食だからな人も襲われる。魔獣になってると凶暴だし、群れで襲われちゃひとたまりもねぇ……まあ、森の浅いところではそうそう出ないがな」
それを聞くとルカは付けている剣帯の位置を直す。
ルカは動きやすい革の鎧を身に纏い、腰には長剣を差している。あまり体格が大きくないルカは、力よりもスピードを武器にして戦うため、剣も突きができるくらいやや細めのものを愛用している。
この剣はこれから向かう商業都市で昔父と行ったときに購入した。現役のハンターでもある父も認める良い物であったが、いささか予算オーバーで父に立て替えてもらい、その後しばらくは新しい剣の習熟を兼ねて借金の返済に奔走したのは良い思い出だ。
●○●○●
――――一時間後。
周囲を警戒しながら森を進むと光景に変化があった。木々の密度が減り、向こうの方に開けたスペースが見えてきた。
もともと案内の木こりを含めても、たった四人では広い森をしらみつぶしに調査することはできない。そのため、かつての開拓時代に森の奧に作られ今は使われていない、ベースキャンプに使われていた場所まで行くことにしていた。
木々の間から少し見えてきたかつてのベースキャンプを見ていたルカは小さな何かが動いていることに気づき、ハイリスと木こりに小声で注意を促す。
「しっ! 静かに! 姿勢を下げて。先生、何かいます。野生動物ではないような……」
目を凝らすルカの隣でハイリスは単眼鏡を取り出すと目に当てた。
「あれは……小鬼か?」
単眼鏡を覗きながらハイリスが小さくつぶやく。
小鬼。魔物の一種。人族の成人男性の腰ほどの身長で肌は深い緑。頭髪はなく額に小さな角が生えている。目、耳、鼻、口の位置は人類と同じで二足で歩行する。人類とコミュニケーションを取ることはできないが小鬼同士では意思疎通ができるようで、組織だった動きや原始的な集落を築き群れを形成する。獣と異なり武器も使うが力は人類とかけ離れたものではなく、一対一であれば遭遇したのが戦いのプロで無くとも生き残ることはさほど難しくは無い。ただし、繁殖力が強く群れで襲ってくる場合、その物量は脅威となる。魔王との戦いでは尖兵として良く登場する魔物である。
「フェルディラ王国で小鬼は珍しいな……帝国では良く聞くが……この辺に大きな瘴気溜りは無いはずなんだが……」
目線の先には木で組んだ粗末なテントのような彼らの住まいが二つある。その近くでは地面に座り込んで何やらギャアギャアとしゃべっている様子が見える。
一般的に魔物と瘴気には関係があることが知られている。
魔物がどのように産まれているのかを直接確認した者はまだいないが、大きな瘴気溜りがある場所の近くほど強力な魔物が出現する傾向が強い。
「今のところ確認できるのは五匹、多くても十匹くらいか?」
ハイリスが周囲も単眼鏡で確認しながらつぶやく。
フェルディラ王国では大きな瘴気溜りは確認されていない。そのため出現するのも、魔物化した動物や魔物であっても小鬼より小さな粘液生物程度が精々だ。
魔物化した動物というのは瘴気の影響を受けた動物と考えられている。姿形は動物とほぼ変わらないが、色や大きさが異なり、魔法を放つこともある。それらは魔物の中でも特に”魔獣”と呼ばれ、そのほとんどは魔物の中での脅威度は低く、あくまでも力が増し、より凶暴になった動物の域を出ない。小さな魔獣であれば、動物のクマの方がよっぽど遭遇すると危険である。
魔獣以外の魔物については、強力なものになるほど一般的な動物、昆虫などとはかけ離れた姿形、そして大きさをしていることが多い。
それら魔物とは別に、人類と意思疎通が可能な者たちを魔人と呼称しており、魔物、魔獣、魔人、全てまとめて魔族としている。その王が魔王であるとされているが、現在まで魔王の姿を確認し生きて帰って来た者は誰もいない。
「どこから来たか分かりませんが、五匹程度であればここで討伐しましょう! ルカ、準備を」
ハイリスはルカに声をかけつつ、自分も背負っていた荷物を下に降ろし聖典を取り出す。
聖典には神聖術の術式が書かれているが無くても発動はできる。しかし発動時に補助的な役割も果たし魔力の消費効率が上がるため、通常神官は聖典を片手に戦うスタイルとなる。そもそも複雑な術式を全て暗記している者は極めて希である。
ハイリスは木こりに自分の側に居るように伝え、ルカに段取りを伝える。木こりも護身用に持ってきた鉈を念のため構えた。
「まず俺が神聖術で攻撃する。それで全滅してくれればいいが、倒し切れなかった奴がいたら頼む。小鬼と戦うのは初めてだと思うが同じ人型で武器も粗末だ、気負わなくていい。フォローするが囲まれないようにだけ気をつけろ、他にも居るかもしれないからな」
「分かりました、先生」
ルカは頷くと相手の様子を観察する。こちらが風下にいるせいかまだ気づいた様子はない。
「じゃあいくぞ」
ハイリスが神聖術の発動に入る。
その段階で小鬼のうち一匹が何かに気づいたのか周りを警戒し始めたが既に遅い。
【放つ、聖なる光の矢】
ハイリスの魔法が発動し、彼らのテント諸共小鬼たちに襲いかかる。
術が発動すると同時にルカは茂みを飛び出し、剣をやや下段に構え肉薄する。
ギャアギャア――――
小鬼たちを見ると、一匹は頭にもろに着弾し頭が無くなり黒い粒子が首辺りから天に向かって昇っている。他の四匹も光の矢が刺さったところが抉られ黒い粒子になっている。
一番始めに予兆に気づいた一匹が態勢を立て直し、棍棒を手に肉薄してきたルカに立ち向かう。
ルカは雑に振るわれた棍棒を剣ではじくとがら空きな胴体に剣を走らせ切断した。
残りの三匹は脚をやられるなどして動きが鈍く、あっという間に片付いた。
五匹全てが黒い粒子に体を溶かしていることを確認し、ルカが警戒を緩めたそのとき、崩れたテントから二匹の小鬼が飛び出してきた。
慌てて剣を構え合わせようとするが、勢いが足りず取り付かれそうになったそのとき――――
【放つ、聖なる光の槍】
シュッという音と共に、初撃で放った光の矢よりも威力の高い光の槍が二匹の小鬼の頭に突き刺さった。
ドサっという音と共に頭を無くした二匹は失速し地面に落ち、他の五匹と同じ運命をたどった。
「ルカ!! 油断だぞ!! たとえ二匹でも組み付かれたら大けがだ!!」
少し離れたところから木こりを伴い、先ほど神聖術を放ったハイリスが近づいてくる。
「すみません、助かりました。あれだけ崩れた残骸から飛び出してくるとは……」
「奴らはそれほど力は無いし知能も低いが、生命力が強く、滑稽だ。それが本能だけで戦う魔獣とは違う。きちんと勉強していかないとな」
「はい……」
終わってみれば苦労せず討伐は終わったが、最後の最後で肝が冷えたルカであった。
勇者だろうが死ぬときは死ぬ。戦うということは死と隣り合わせであることを再認識したのであった。
「魔物って本当に黒い粒子になるんですね、先生」
「んっ? ああ、初めて見たか? 魔獣を倒しても少し出るが、こいつらは完全に粒子になって無くなるからな。後は魔石が残る」
ハイリスが小鬼が消えた後に転がっていた、親指の先くらいの黒い石をつまみあげた。
「はい。魔物でも粘液生物なら倒したことありますけど、あれはスイカの種くらいの魔石と、どろっとした液体が残りますからね。こんなに完全に崩れていく様子を見るのは初めてでした」
――――魔石。
魔族の体内に存在する黒い石。一般的に強力な個体からほど大きな魔石が取れる。
魔族は魔力ではなく瘴気から魔法現象に類似した現象を発現させていることが分かっており、瘴気が体内で固まったものと考えられる。
この魔石、特殊な方法で瘴気を取り除くと魔力を込めることができる。そのため、魔力供給の外部タンクとして魔道具の材料に重宝されており、肉や毛皮などと同様にハンターギルドで買い取り対象だ。
「そうか。なら魔物を倒したときは、完全に動きを止めているか? 体の崩壊が止まらないか? を確認するんだぞ」
「分かりました」
ルカは一つ気になって質問をする。
「魔人も同じなんですか?」
「恐らく同じだ。だから姿形が我々人類とほとんど変わらなくても、奴らは魔物の方に近いんだ。俺らが見た目から勝手に魔人と呼んでるだけだしな」
「そうなんですね……」
「それじゃあ、日暮れ前くらいまで小鬼の生き残りが戻ってこないか待って村に帰りましょう」
ハイリスが木こりに声を掛ける。
結局あの場所には七匹しか居なかったのか、その後戻ってくる小鬼はおらず、日暮れを前に村へと出発した。
●○●○●
真っ暗な中、村に帰還すると、村には所々に火が焚かれ明かりが確保されていた。
明かりの近くで村民と話していた村長は、ルカたちが歩いてくるのに気づくと急いで近づいてきた。
「帰りが遅いので心配しました。ご無事で何より」
「ご心配お掛けしすみません。森で恐らく畑を荒らした原因だと思われる小鬼を見つけ討伐しました。魔除けも直しましたので一先ず様子を見てください。細かい話は後ほど」
「ありがとう、助かった。勇者様もありがとう」
軽く報告をしたハイリスに村長は頭を下げてお礼を言い、ルカにもお礼を言った。
村長は二人を伴い、集まっていた村民たちの元に行くと今あった報告をしその場は解散となった。
「村長、酒の約束忘れんなよー」
案内役の木こりはそう言うと、腹が空いたと自分の家に戻って行ったのでその場で別れ、ルカとハイリスは村長の家に戻り夕食をご馳走になるのであった。
●○●○●
「ビス爺さん。この国で小鬼に出会ったことはあるか?」
夕食を終え食休みを取っている場でハイリスがビスに尋ねる。
「いや、この国では見たことはないのぅ。もっと魔族の支配している地域に近い、アルミス帝国やコーペランテ諸国連合では見たことも戦ったこともあるがな」
「北からずっと討伐されずに間の国を通り抜けて南下して、この国の端までたどり着くというのは考えづらい……そうなると砦村の北の険しい山脈を越えて来たことになるが……」
ハイリスが思案する。
「山脈の中でどこか低くなっていて越えやすいところがあるのでは?」
村長の言葉に首を横に振るハイリス。
「いや、それは難しいかと。確かに山脈の中でも越えやすい場所はあって、探検家が何度か山脈の向こう側に到達した記録はあります。ですが、それは十分に装備を調えた山のプロがであって、原始的な装いな小鬼が越えられるとは思えないのです。念のため商業都市に着いたらハンターギルドに報告しておきます」
「お願いする。この村にとっても人ごとじゃない、調査のハンターが来ることに備えて、泊まれる場所とできるだけ安く食料を融通できるよう備蓄の余剰を確認しておくことにしよう」
この村は基本的に自給自足な生活をしており、宿屋や商店のようなものはない。
しかし調査依頼を受けたハンターに取って、最寄りの村の中で寝泊まりができれば交代での見張りが不要になる。一部だけでも現地で食料が入手できれば荷物を減らすことができ、負担を減らすことができるだろう。
【ざっくり設定集】魔族
魔族:
|ー魔人:人類に近い型をしたもの、知性がある
Lー魔物:知性が低く非動物的なもの
| 例:スライム、ゴブリン、ゴーレム、ガーゴイル etc.
L魔獣(通称):魔物の中で動物、昆虫などが瘴気により魔物に変質したもの
例:魔物化したクマ・イノシシ・トカゲ etc.