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勇者の手紙  作者: NoKKcca
第一章
3/71

1.最初の村

 ガタッ、ゴトッ――――


 馬車の車輪が石を踏み揺れる。

 町を出発して一時間ほど経つ。町の周辺の道はある程度突き固められており平坦であるが、このあたりは長年人や馬車が通り続けた結果道となったような未整備の路面である。


 町は夜までお祭り騒ぎだろう、当の主役は何をしているかといえば、ゆっくりと進む荷馬車の荷車に腰掛け足をぶらつかせている。


「あーーっ、余計なこと言った気がする……」


 先ほど行われた壮行会で一言を求められしゃべった内容が頭をよぎる。 皆の祭りのテンションに当てられて、変なテンションで余計なことを言った気がしてしょうがない。思い出して顔が赤くなるのを感じる。

 黒歴史を産んでしまったかもしれない。

 顔を手で覆って唸っていると、後方に座ったハイリスが声を殺して笑っている。


「ククッ、若いっていいねー。お前さんが魔王を倒したらあの演説も後世に残るかもな」

「残ってほしくないですよ……話すこと考えておけば良かった……」

「酔っ払って誰も覚えちゃいねぇよ、たぶん」


 ガタゴトと馬車は進む。


 サラサラ、サラサラ――――


 草が風で擦れる音が聞こえる。

 周りは画に描いたような田園風景、のどかな光景が広がっている。


 ビョーー、ビョーー。


 遙か上空を鳥が円を描きながら飛んでいる。


「勇者っぽくないな……」


 勇者として正式に認定をされるためには、王都の大聖堂で”勇者選定の儀”を受ける必要がある。今はまだ町の教会でできる簡易判定の結果でしかないため、勇者(仮)は個々人で王都まで行かなければならない。

 これまでも勇者を(かた)る者は度々存在した。村や町にある小さな教会では簡易的な判定しかできず、上手く共謀して騙す者もいたため現在の形式になったと言われている。自国民が勇者になったと中央で大々的に宣伝したい政治的な思惑もあると思われるが。


「何だ、勇者、勇者って声援受けていい気になったか? 魔王を倒して世界を平和にするんだろ?」


 一緒に旅をするハイリスに頭を小突かれる。


「偉くなったように錯覚するなよ? お前さんはそんなんじゃないだろ?」

「いや、違くて先生。妹に読んでやってた絵本の勇者はマントをはためかせて白馬に乗って颯爽と走ってたなって」

「お前さんにゃ白馬は似合わねぇよ、そもそも乗馬できんのか?」

「うっ…… 町にいる馬にはちょっとは乗ったことあるけど」

「戦いに行くような馬は一回り二回りはでかいぞ、操れんのかー?」


 ハイリスは面白そうにからかってくる。


「そういえば、結局バルドは付いてこなかったんだな」


 バルドというのはルカの幼なじみで、害獣や魔獣の駆除でいつも一緒に戦ってきた青年だ。ルカと比べがっしりとした体躯で、大きめな盾と片手剣を装備し守りながら戦うことを得意としていた。


「ええ、散々付いて行くと言ってましたが、母親に泣かれてしまったと。説得できなかったそうです」

「まあ、ハンターになって独り立ちするのと最前線で魔族とやり合うのじゃ全く違うからな。この国には兵役はない。それだけ一般人にとって戦争は遠い存在だろ? 我が子が死に行くように思えたんだろうな」


    ●○●○●


 兎にも角にも王都まで行かなければならない。ここは王国の端の端、王都まで行くのには時間もお金もかかる。壮行会を終えた後、そのまま定期の馬車便に乗り出発した。夜になる前に隣の村までは到着できる見込みだ。

 これからも行商人の護衛を受けたりしながらゆっくり王都を目指すことになるだろう。


「フォッ、フォッ、フォ。 勇者の旅立ちに立ち会えるなんてな、長く生きてみるもんじゃな」


 ルカたちが腰掛けていた荷車側に、御者を務めるビスが入ってきながら話しかけてきた。

 ちなみに現在進行形で馬車は進んでいる。何度も往復している走り慣れた道だからか? ビスの馬は御者の指示がなくても、ある程度勝手に次の村に向かって走ることができる。


 立派な白鬚を蓄えた仙人のようなビスは、一月に一回程度、この辺りで一番大きい町である商業都市メルケイトで手紙や荷物を載せ、三~四つ村を経由しながら砦村まで配達する。そして、帰りは反対に手紙や荷物を回収し商業都市に戻る、という定期馬車便をずっと担当しており、互いに顔馴染みである。


 彼がいったいいつからこの定期馬車を担当しているのかはっきりしていないが、曾祖父母の代でも担当しており、風貌は既にじいさんだったという話もある。

 彼は小人族という種族で、大人になっても人族と比べ半分を超える程度の身長で小柄の種族である。しかし寿命は人族より長く、魔法の操作や細かい作業が得意という種族特徴がある。


 辺境の村々にはこのような定期馬車便のルートが存在し、自給自足が基本で外界との往来が少ない村にとって、数少ない輸送や情報の伝達を担っている。


「おまえさんがまだ、鼻垂れ小僧の頃に王都の神学校へ行くときも乗せたし、嫁さん連れて帰ってきたときも乗せてやったな」


 先生に向かってビスが懐かしそうに言う。


「いやいやいや、神学校行くときはもう小僧って歳じゃなかったですって」

「ワシからしたら今でも小僧じゃ」

「まあそうでしょうけど…… 昔から年齢不詳ですけど、一体今いくつなんです?」

「しらん。 だが、砦村の前身の集落が壊滅したとき、かの名工クストスが帰ってくるときにも乗せた」

「本当ですか? 百年を優に超えてますよそれ」


 先生は苦笑いをしている。

 すると急に真剣な表情になり、僕に向き直りこう言った。


「帰りも乗せてやる、だから何年後でも良い、必ず帰ってこい」


 その有無を言わせない圧力を持った雰囲気に


「はい」


 僕はそれしか言えなかった。

 彼がその長い人生で何を見て何を感じてきたのか推し量れないが、多くの別れもあったのだろう。

 その後もたわいのない会話をしながら馬車は進む。

 途中休憩を挟みながら五時間ほど。

 陽が大分傾いてきた頃、最初の村が見えてきた。


    ●○●○●


 辺境の村落に境界となる城壁はない。代わりに魔物除けの術がかけられた杭が等間隔で打たれぐるりと村を囲っている。魔物側からどう見えているのか分からないが、とりあえず魔除けの杭があるだけでこの周辺に出るような弱い魔物や魔獣は寄ってこない。


 荷馬車が村に入ると近くにいた農夫がビスに話しかけてきた。


「お疲れさん。砦村からの帰り道かい?」

「ああ、何か手紙か荷物はあるかい?」

「俺はないが、少し前に村長が収穫物を数えてたから報告書を出す時期かもな」

「そうか、まあ今晩はいつも通り村の倉庫に泊めさせてもらうから、他の奴らにも伝えといてくれ」

「分かった、じゃあな」


 そう言うと農夫は自分の家に向かって歩いて行った。


「ルカはこの村には来たことがあるのかい?」


 ビスがルカに聞く。


「一度だけ父と商業都市に行ったことがあって、そのときに通りました」

「そうかそうか。この村は西方から来た開拓民を祖に持つからのう、他の村と違った料理を食べられていいんじゃわい」

「ビス爺さんは西方には行ったことあるの?」

「ある。若い頃は世界中を旅してたんじゃ。西方の料理を見るとあの頃の仲間と囲ったあの日を思い出す……」


 少し遠い目をしながらビスは過去を懐かしむ。


    ●○●○●


 その後、荷馬車は村長の家までやってきた。村長の家といっても他の家とそれほど変わらない、一般的な農村にある家だ。

 家の横の空き地に停めるとビスは御者台から降り家の方に歩いて行く。ルカとハイリスもその後ろに続く。

 煙突から煙が見えるのでどうやら在宅しているようだ。


「おーい、村長居るかー?」


 ビスが戸を叩きながら声をかける。


「はいはい、どちらさまー?」


 中から女性の声が聞こえ、恰幅の良いおばちゃんがドアを開けた。夕食の支度をしていたのかエプロンを着けている。


「あら、ビス爺さん、砦村からの帰り道? 旦那はちょっと外出てるけどすぐ戻ってくると思うわ」

「いつも通り村の倉庫に泊めてもらいたくてね、大丈夫かい?」

「ええ、大丈夫よ。いつも小汚いところでごめんなさいね。うちが広けりゃ泊めてあげられるんだけど……。ところで後ろのお二人は?一人は確か砦村の神官様だったかしら?」


 おばちゃんがビスの後ろにいた二人に気づき、尋ねる。


「おぅ、今日はお客さんも乗っけててな。若ぇ方はなんと新しく選ばれた勇者様だ!」

「えっ!? 勇者様!? 本当っ? すごい!!」


 少しオーバーリアクションで驚くおばちゃん。田舎の農村、娯楽も少ないので有名人に会えて嬉しいようだ。瞬く間に話は広がるだろう。


「ああ、本当だ。砦村の勇者選定の聖具が光ったんだそうだ。その証拠に横の神官様と一緒に王都の大聖堂まで行くってわけさ」


 おばちゃんは大雑把にエプロンで手を拭うと、人が良さそうな笑顔で両手でルカの手を握り、ブンブンと上下に握手する。


「勇者って実在するのねー。あなたたちにも夕食ごちそうしてあげるから、さっ、上がって上がって」


 ひとしきりして満足したのか手を離し、今度はルカの背中をバシバシ叩きながら、三人を家の中に促す。

 ビスはいつものことなのだろう、特に気にした様子はないが、ルカとハイリスはおばちゃんのとびきりの明るさに苦笑いをしながら家に入っていく。


    ●○●○●


「ほう、勇者ですか……」


 しばらくして帰宅した村長は、テンションの高い奥さんを宥めながら事情を聞き、夕食を囲みながら五人で会話をしている。


「こんな辺鄙な村に勇者様の来訪。これは神の思し召しかもしれませんな……」

「何かトラブルでも?」


 ハイリスが心配そうに村長に尋ねる。普段はもっと雑な話し方だが、今は人々に寄り添う真面目な神官モードだ。


「最近、畑が荒らされることが多くてね……それだけであればイノシシか野生動物だと考えるのだが、見たことのない形跡でして……さらに皆で村の周囲を調べると、森側の魔物除けの杭が壊されていて魔除けの結界が緩み、どうやらそこから侵入されたようなのだ。野生動物であれば、いつも通り狩りができる連中で退治できると思うのだが、魔物となると……」


 心配そうに村長が話す。


「うーん……魔物か魔獣か……? でも、こんな森の浅いところで珍しいな。一先ず明日、壊された魔除けの杭は私が応急処置しますよ。あとは……、勇者様、調査に行きましょう」

「おおっ! それはありがたい」


 ハイリスの言葉に料理に舌鼓を打っていて完全に油断していたルカが驚く。


「えぇ!? 先生、僕、勇者に選ばれただけで、いきなり強くなった訳じゃないですよ!?」


 そう、ルカが勇者としてやったことと言えば、夢で女神からのお告げを聞き、勇者選定の聖具を光らせただけだ。自身の感覚としては特に変わった気がしない。どこにでもいる田舎の若手ハンターだ。


「勇者様、別に魔族と戦う訳じゃない。もともと熊ぐらい倒せるでしょ? あと魔物化したオオカミも倒してましたよね?」

「えっ、はい、そのくらいなら。バルドが居ないんで数が出ると困りますが」


 実際ルカの実力は同年代の中でもそこそこ高い。一対一で熊を倒したことがあることに加え、これまでも狩りの延長線上でバルドと一緒に魔物化したイノシシやオオカミの討伐経験もある。

 村にはハンターギルドが存在しないのでギルドには登録していないが、ランクで言えば中級程度にはなるだろう。


「そこは私がフォローする。この辺じゃそこまで強い魔物は出ない。そもそも、強い瘴気溜りも近くにないですし。村長、誰か一人森に詳しい人を案内に付けて頂けませんか?」

「分かった、木こりの連中に声をかけておく」

「ビス爺さん、申し訳ないが出発を一日遅らせてくれないか?」

「構わんよ、別に一日遅れたところで誰も気にせん。村でゆっくりさせてもらうわい」

「それでは村長。明日朝に細かいことは話し合いましょう」

「うむ、お願いしたい」


 こうして勇者としての初仕事が決まった。

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