プロローグ②
――――旅立ちの日から遡ること半年。
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一二二三/六/一二
フォルティスノキョウカイニテ ユウシャハッケンス
シンカンチョウ ハイリス
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ハイリスは先ほど書いた伝鳥便用の小さな紙片を脇に置き、今は後から郵便で送る報告書を書いている。
伝鳥便とは、頭が良く長距離を飛べ、飛行速度が速い”ダートバード”という鳥を使った連絡手段である。この鳥は複数箇所に巣を作りそれらを行き来する習性を持つことから、訓練することで遠く離れた二地点を素早く手紙を運ぶ手段となる。
町と町の連絡手段はいくつかあるが、早馬より最速なのがこの伝鳥便であり、緊急時に備え最低一羽は各町に常駐している。平時は基本的に近隣の大都市と町の間を定期的に飛ばし合い、定期連絡と訓練に当てている。
閑話休題。
勇者の判定を担う教会には、発見時のマニュアルが存在する。
曰く、
一.伝鳥便などの最速の手段を使い第一報をできるだけ早く、所属国の大聖堂に報告せよ。
二.詳細については、伝鳥便を発送後、速やかに子細情報をまとめ郵便で所属国の大聖堂に報告せよ。
三.勇者と認定された者を速やかに所属国の大聖堂へ連れて行くこと。 以上。
一度ペンを置き肩を回したハイリスは、今日の出来事を思い出す。
●○●○●
「見なかったことにもできる、本当にいいのか?」
二人の前には光輝く玉がある。先ほどルカが触れた結果だ。
この透明な玉は勇者を選定する能力がある。どの教会にも主神と女神の像とこの”勇者選定の聖具”が存在し、教会を象徴するものとなっている。
各国に一つ存在する大聖堂には更に高機能のものがあり、光る以外に色も変わり勇者の属性も分かると言われている。
個別の教会にあるのはあくまで劣化コピーであるが、仕組みも解明されておらず、あくまで複製しかできない立派な聖具である。
子供の頃、誰もが勇者に憧れ一度は触れるものだ。
そして通常、決して光ることはない…………
●○●○●
ある日、夢の中で声が聞こえた。
――――あなたは新たな適格者、聖なる力を使う才がある。
圧倒的な存在感を感じる女性の声が。
――――私の力の一片を託します……どうか、世界を侵略する魔の者を打ち倒して……
そして今日、夢で女神様の声が聞こえたかもしれない、と相談を受けたハイリスが触らせてみたところ、本来光ることのない聖具が光輝いた。
ハイリス自身もそういう聖具であると知ってはいたが、実際に光る様子を見るのは初めてである。
「はい」
強い意志の乗った眼差しで答える。
「昔、どこかの軍閥貴族の一人息子に勇者の反応が出たんだが、当主は跡継ぎを死なせたくなかったんだ。だから一年くらい、色々理由を付けて仕事させて時間を稼いだ。そしたら、その国の大聖堂での選定の儀で反応が出なかったという話もある」
その話を聞いてルカは苦笑いを浮かべるが、すぐ表情を戻して続ける。
「それでも、僕はなります。世界の脅威である魔王を倒せる可能性が僕にあるのなら」
「神の意志か? 思考を誘導されてはいないか?」
「聖職者とは思えない言葉ですね、先生」
町の教会では彼が教師となって読み書き、計算などを子供たちに教えている。そのためルカを含め町の人たちからは先生と呼ばれることも多い。
「俺ほど神を敬っていない神官はいない。あくまで研究対象だからな」
ぶっきらぼうにハイリスは言い切る。
「神は存在する。だが、信仰心など無くても神の魔法、神聖術は使える。神というシステムを調べ続けた成果だ。まあ公に口にしたら、どうなるか分かったもんじゃないが……だから田舎で好き勝手してるんだがな」
それは長年研究し続けた彼の辿り着いた真実であり、異端との誹りを受けかねない世間の認識とはかけ離れた異質な考えである。
長い回想から戻ってきたハイリスは、ふと思い立ちもう一枚便箋を取り出しペンを走らせる。
(あいつなら力になってくれるだろう……)
そう思いながら、神学校時代苦楽を共にした親友を思い出す。
●○●○●
外壁の階段を上り、城壁内にある詰め所に入る。
「おー、ハイリス、悪い今日は俺は遅番なんだ、飲みなら別のやつ誘ってくれ」
「飲みはまた今度な、今日は別件だ。この手紙を送らなきゃいけなくてね」
「珍しいな、急ぎか」
「ああ、こいつを頼むよ」
「こいつらも緊急時に備えて居るが、何も持たせずに交代で戻すこともしょっちゅうだからな、たまには働いてもらわんと。俺と同じタダ飯ぐらって言われちまう。ガハハ」
顔見知りの自警団の団員が、手紙を受け取りながらその厳つい顔で豪快に笑う。
ここフォルティスの町は砦村と名は付いているが、駐留している兵士は存在しない。なぜなら、町より先は急峻な山々しかない。その山は野生動物などが住むにもあまり適さず、何かが攻めてくるようなことは通常考えられないからだ。
そのため町には、彼のような退役した元軍人など戦いに心得があるメンバーを中心に結成した自警団が存在する。
その団員たちが交代で、町に二カ所ある城壁の出入り口となる門を城壁内の詰め所から見張る。夜間は出入りがないので門は閉じてしまうため、専ら周囲を定期的に見回る程度だが。
それに加えて伝鳥便の管理も彼らに任せられている。
団員はかごからダートバードを出すと、その太い指で器用に脚に突いている筒の中に手紙を丸めて入れる。
そしてダートバードに木の板に書かれたマークを見せる。マークを見せることによってどこに飛べば良いか理解するのだ。
最も、この町からは一番近くの商業都市までのルートしかなく、そこから更に別の鳥に乗り継いで目的地に届けてもらうことになる。
「よしっ、頑張ってこい!」
「ピィー!」
団員が手紙を付けた鳥を外に出してやると、甲高い声で一鳴きし夜空に消えていった。
【ざっくり設定集】通信手段
速度比較:伝鳥便>早馬>郵便
・伝鳥便
複数の場所を覚えることのできる頭の良い鳥、飛行するときに矢のように見えることから”ダートバード”と呼ばれる。
・早馬
専用に雇う、領都など大きい町には居るが全ての町には常備できていない。
・郵便
領都など大きい町には郵便オフィスがありそこから送れる。
小さな町・村への配達・回収は定期馬車便が行う。