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やっつめ

 空気が、変わる。ミアはそれを肌で感じたのは初めてだった。

 ヴィオラは寝込んで目覚めてから、変わった。わがままを言わずに品行方正な淑女として振舞うよう努力しているようだった。時折失敗しているところはあるが、今までと比べれば可愛いものだ。

 それだけではなく、今まで傷つけた相手に謝罪をして回っているらしい。


「胸糞悪い」


 そうつぶやくレジーナは怒りに満ちているようにミアには見えた。


「謝罪は悪くないんじゃないかしら」


「お姉さま、あのときどう思いました?」


「……悪かったわ。

 そうね。許さないが私にはできても、ほかの人にはできないでしょうね」


 侯爵令嬢として、謝罪されても許さない、そんなこと言えるわけもない。立場の違いというものがある。そもそも、ヴィオラが難癖をつけていた相手というのは、下級貴族か平民。許します、以外に返答できるわけもない。

 以降、このことを蒸し返すなよという話をつけた、ということであるならば質は悪いがご令嬢としての立ち回りとしては問題ないだろう。

 ちゃんと謝罪し、相手も受け入れたならば、第三者が何か言っても解決済みと突っぱねられる。

 婚約者に見捨てられかけているから表面上でもまともになろうとしているならば。


 ミアから見れば、今まで悪いことをしたから、謝らなくちゃいけない、それしか考えていないように思えた。相手が苦渋を飲んで応じたとも気がついていなそうな無邪気さがある。

 それはミアに対してもだ。

 他者から見れば善意に思えるだろうが、当事者から見れば無神経である。


 お兄様は悪気はなかったのですと贈り物の事件を片付け、お姉さまのお好きなものを教えてもらいたいから買い物へ行きましょうと誘う。

 自らの行いは一度の謝罪で許された気でいるらしい。


「本当に恥じているならば、修道院でも行けばいいのに。

 誰の目にもとまらないところならば、誰の傷も触らずに済むでしょう」


「……意外とお姉さまも怒ってますね」


「人の心がないというほどでもないので」


 謝罪にさえ傷ついた誰かが、ミアの前で泣いた。これを許せと言われたと手紙をもらった。

 どうか、ミアだけは、ヴィオラを許さないでと。

 ミアはそれが誰かということは覚えないことにした。彼女たちもそう思っているだろう。無念を託すというのは仮託して復讐を願うようなもの。


 ひどい目に合えばいいのに。

 同じくらいに。


 そういう小さな怨嗟が、彼女たちを蝕んでいるようで少し哀れに見えた。傷つけられて、恨むことでもっと傷ついて。でも、ヴィオラは、きっとその思いに気がつかない。


「あののんきな顔を見ているとその甘さが可愛らしくさえ見えてくる」


「それなぶって殺すですよねっ!」


「そんなことないわ。長生きしていただきたいものね」


 何もかも見届けるほどに、長生きしてもらいたい。ミアはそう思っていた。


 ヴィオラは謝罪を終えると学ぶことにまい進していたようだった。その中でいくつかの鉱山を探し当て、災難を予期したように準備をして、王たちを悩ませていた難題を解決した。

 一つだけでも賞賛されるべきことをいくつも。ミアは胡散臭いと思いながらも黙った。評価が反転したようによくなったのだ。魔法使いといえど何か言えば、賞賛者に言い返されそうな雰囲気がある。

 ヴィオラに無関心なミアに対してもあまり良い雰囲気を感じなかった。


 それはレジーナも同じだった。あるいはもっと風当たりは強い。

 今までの学園の主はレジーナであったが、今はヴィオラだった。

 当のレジーナは焦ることもなく、予想通りですよと笑っていた。ここから、堕ちるまでが私の配役なんですよと冷めたように。


 爪跡をがっつりつけていくので、お楽しみに。そう投げやりに言うレジーナがミアは心配だった。それはミアだけではないのだが、あまり気がついてはいそうにないのもやはり危ういように思える。

 魅了が効かないはずの魔法使いが、レジーナに肩入れした結果、少しずつ国のありようが変わる可能性が見えた。

 不穏の気配にミアは知らず微笑む。


 それから数か月後、ヴィオラは数年悩まされていた流行り病の解決法をみつけた。古い文献にあったという。しかし、彼女が言う書物は国内に存在しなかった。本の名を聞いた魔法使いが知り合いの知り合いをたどり調べつくしても一つも見つからぬ本。侯爵家が秘蔵していたというが、そこさえも知らせず調べつくした結果だ。

 不法侵入した、ということなのでその魔法使いは一部の者にしか伝えず、さらに外部に言うことを禁じた。

 あるはずのないモノの知識を使うもの。

 それは人ならざるものと取引をしたのではないかと疑うには十分に思えた。あるいはもう入れ替わったあとか。

 他の件は調べればわかる可能性もあった。だが、この件だけはすでに回答を知らないとわからないだろうと思える。それがその本をさがした魔法使いの見解であった。

 もうヴィオラはか弱いご令嬢ではなかった。


 油断させその秘密を暴くために、ミアが選ばれたのは必然のように思えた。おそらく一番近しくなれるだろう。ほかならぬヴィオラが望んでいたから。

 ミアは少しためらったが、応じることにした。ただ、タイミングは選ばせてほしいと時期を待つことにした。


 焦れた誰かが仕掛けてくるまで。

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