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いつつめ

 ヴィオラが変わったのと同じように、彼女の兄も変わったようだった。それも悪いほうに。


「私が悪かった」


 そう言って花束をささげた婚約者。

 学園の中ならまだしも、寮の真ん前でミアが出てくるのを待っていたのだ。

 それがミアが寮に戻って一週間後のことだ。


 うわぁドン引き、という顔で魔法使いたちが足早に去る。ミアの助けてと視線を向けるがさっとそらされた。皆が影のもので、陽光の下で育ったようなキラキラ貴公子は苦手なのだろう。

 ミアだって苦手だ。話、聞いてないから。


「どうか、家に戻ってくれないか。

 君が望むならどれほどの贅沢をしてもかまわないから」


「どうして出ていったと聞いたのですか?」


「望みのものを叶えられないからと。贅沢をたくさん申し付けられたと聞いた。その程度で我が家が傾くこともない」


「私の生活資金は、国家から支給されています。あの屋敷での生活は私の貯金残高からすべて賄いました。使用人の一人もおらず、食事も用意されず、衣類も自分で洗濯しておりましたがお気づきではなかった。

 さらに、役に立たない使用人を用意されて、従えと言われる筋合いはございません。

 それから、ドレスも宝飾品もすべてお返しします。もっとも、もうない、と思いますけど」


 ミアは淡々とノンブレスで告げた。息継ぎしたら、相手の言葉が挟まって負ける。


「え、君が持っていったのではない?」


「お探しになります? 手癖の悪いものしかいませんのね」


 主のいない館など盗み放題である。それも評判のよくない、平民で、お嬢様が嫌っているともなれば濡れ衣を着せても困りはしないだろう。

 嘘をついたのはミアだと言い張れば通ると思っている。


 それにしても簡単に売り払うこともできないものを手に入れてどうするのだろう。貴族からモノを盗むと手首を落とされるから足がつく前にさっさと売りぬいて他国に逃亡するのが最適なのだが。

 窃盗程度では国を超えてどうにかされることもない。


「我が家は長く仕えるものしか……」


「私を疑うのでしたら、話をする必要もございません。

 婚姻はします。それは書類上の手続きに過ぎません。それ以上はお求めになりませんよう。

 私は国防のために、遺産を守る。それを行うために結婚するのです」


 ミアの存在意義はそこにしかない。

 もう、それしか残していない。


 唖然とした顔の婚約者にミアは微笑む。


「どうぞ、ご遠慮なく愛人をおつくりください。私はお飾りで、そこにいるだけの妻になりますので」


 言いたいことを言ってミアはその隣を通り過ぎた。


「なぜ、そんな冷たいことを」


 背にかけられた言葉は、自らに非がないとでも思っているようだった。

 一生、わからないままにいればいい。

 ミアは説明をせずそのまま学園に向かった。


「お一人で動かないでくださいとお願いしてましたよね」


「はいはい」


 かけられた声にミアは面倒そうに答えた。いつの間にやら以前と同じ護衛が戻ってきたのだ。


「ところであれ放置でよかったんです?」


「大人なのだから自分で機嫌を取るでしょう?」


「お優しいことで」


 揶揄するような言い方にミアは眉をあげた。


「お前が嫌い、でいいと思いますけどね」


「簡単な言葉にはしないの」


「俺は嫌いですけどね」


 そう告げた言葉の暗さにミアは少し驚いた。


「婚約破棄しちゃえばいいのに」


「面倒だから」


 そういうことにしている。


 勝手に、幸せになんか、させてやらない。

 そう思っていることはミアだけの秘密だ。


 大事だったあの人は、もういない。侯爵令嬢に無礼を働いたとヴィオラの証言だけをもとに処分された。本来は令嬢のほうがミアに対する無礼に処分されるが、侯爵家の領地にある遺産を盾に処分を求められた。

 その結果の裁定は相手の地位に配慮して護衛の任を外すことだけだったはずだった。眼をつけられて困るだろうと故郷に戻され、ほとぼりが冷めてから別の任務に付ける約束があったそうだ。一方的に責任を取らせたことを上層部はわかっていた。

 だから、厳しい扱いはされなかった。ミアの元へ故郷へ戻ることになった報告さえも許されていた。

 それはかなわなかった。

 誰かが彼を殺したから。それを知ったのは彼がいなくなってからずいぶん経ってからのことだ。ヴィオラが彼のようになりたいかと他の護衛を脅していたから。


 そして、調べていきついた。

 妹の証言を鵜呑みにした婚約者が、動いたのだ。簡単に妹を傷つけたものを処分せよと命じた。それなのにもう覚えてもいないだろう。


 だから、ミアは、侯爵家の誰も幸せにする気がない。

 婚約も王命だが、ミアが選んだ。

 ミアの忠誠の代わりに、王は彼らをくれた。


 王はよくわかっている。

 ただの小娘に見えるミアでも、魔法使いなのだ。その気になれば、王冠をかぶるだけのトカゲに変えられる。

 そうしないのは、自分たちにとって意味がないと知っているからだ。自分たちの役に立たないならば、数少ない同族の役にも立たないなら、あっさりと他の誰かを用意する。


 そうなれば化け物には化け物の互助会がいるよねぇと笑う先輩が音頭をとるだろう。

 後輩も、笑って、お手伝いしたいっていうだろう。


 それくらいなら、一つの家族くらい、差し出す。その地位も名誉も金も役に立ちはしないのだから。

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