みっつめ
ミアは17歳になった。
婚約者が決まり、寮を出ていくこととなった。それは侯爵家だった。
「認めないと言っていたのに」
ミアは呟く。
聞きとがめた護衛がまあ、王命ですからねと慰めるように言う。最初の護衛の従弟だという彼は人目のないときは少し気安かった。他人がいると全く興味のないような冷ややかな態度であるのに。
ミアは最初は面食らったものだ。
あの人から頼まれまして、志願しました。そう言われて、ミアは泣きたくなった。
「俺はここまでですが、どうしても困ったら伝えてください。
万難を排して、おそばに」
「どうして、そこまでするの?」
「姫君を救うのは騎士の誉れ。
ということでもしておいてください。裏の裏は秘密です」
そう言って笑うところは、彼に似ていてミアはそれ以上は問わなかった。
婚約者が決まれば寮を出て、婚約者の用意した家に住むのが習わしだ。護衛もその家が用意する。魔法使いにきちんとした処遇を与えない場合、婚約は解消される。
立場は魔法使いに有利ではあったが、上手く言いくるめられることも多い。
そのため、監視人も一人つくことになっている。
半年、問題なく過ごせれば学園の卒業を待ち婚姻することになる。
ミアが新しく生活するのは侯爵家の別邸だった。そこに一人で暮らすことになる。
本来なら使用人が付くのだが、誰もいなかった。護衛も別邸の中に入ることもない。お嬢様の指示と申し訳なさそうにするだけだった。
子供っぽいふるまいにミアは呆れた。
元々平民であり、家事の手伝いは常にしていたのだ。少しのブランクはあれどできないことはなかった。
婚約者が訪れる日だけはきちんと使用人も護衛も配置される意地の悪さがいっそ可愛らしかった。
そして、それに気がつきもしない婚約者の愚かさはこんなものかと思う程度だった。たまにしか来ない家と王命で与えられた婚約者に興味がなければそんなものだろう。
それでも、服や宝飾品を与えようとするのは意味が分からなかった。
代わりに本が欲しいと言えば、甘い恋物語を山ほど与えられた。彼の中では、女はこういうモノばかり好むという認識がるのだろう。
ミアの人となりなど微塵も興味がない。
的確に嫌がらせをしてくるヴィオラのほうが、ミアをみているのではないかと思えるほどだ。
将来的には別居で、遺跡住まいが決まっているのだからとミアも興味を持たないのも悪いところではある。お互い、礼儀正しく振舞うだけで興味がない。
ミアは相手に期待することもなく、欲しいものは学園で入手することにした。幸いというべきか、学園でも護衛はさぼることを覚えた。
一人でいることは危険でもあったが自由でもあった。
一人で歩いているミアにヴィオラは嫌味を言うことが多かった。平民と言われるのは事実である。ミアは大人しく聞いていた。
一応、仮にも家族になるのだからと。
脳内で別のことを考えていても察知されることもない。
噂にもなったが、何か改善されることはなかった。それよりも前にヴィオラの興味がそれたのだ。
そのころ、17歳で見つかった魔法使いがいた。レジーナという少女は辺境にいたところを偶然見つけ、王都の学園に連れてこられた。
誰もが夢中になるような少女、のように見えた。
その誰もがの中にヴィオラは入っていなかった。自分以上に目立ち、好まれる彼女を拒んでいた。
ミアはそれらを傍観していた。
天然の魔法使いは、固有魔法を持っていることが多い。ミアのように資質があっても修行を必要とする者とは違う。
天然の魅了魔法。
彼女が扱うのはそれだ。そして、的確に使っている。同じ魔法使いたちは速やかに防御魔法を使い始めたが、誰かに警告することはなかった。彼らにとってはちょっと珍しい程度の魔法でしかない。むしろ研究として観察しているものもいるくらいだった。
誰も不自然さに気がつかず、彼女に気に入られたいと思わせる具合は手慣れている。
本来ならヴィオラにも効いたはずのそれは効きが悪かったらしい。ヴィオラにも魔法使いの血は流れていたためある程度は抵抗値があったのかもしれない。不幸なことに。
ミアはそれに気がついてもヴィオラを助ける気も、新入りの魔法使いに近寄る気もなかった。
一部の魔法使いは本人にだけはやりすぎないように、と警告するものはいた。
ミアは攻撃的となった彼女を宥め、敵対するつもりはないと諭したという話だけ聞いた。いくら資質が優れていようとも磨かれた才能にはかなわなかったらしい。
そこからの彼女は大人しくなった、ということはなかった。
「お姉さま、婚約者もらってもいいですか?」
そんな打診をミアにしてくるくらいなのだから。
「お姉さまの婚約者、よくない男のようではありませんか。
他の女にくらっときて浮気しちゃって破談すれば、お姉さまも助かるでしょう?
私も見栄えの良い男を侍らせて楽しい」
「ほかの家に引っ越すのも、ほかの誰かと付き合うのも面倒だからやめてくれる?」
「そぉですか。残念ですが、承知しました。捨てたいときはご連絡ください。
廃品回収にお伺いします」
笑顔でそう言うくらいには、顔しかないらしい。その顔もミアには特に興味を持てる感じでもない。そもそも顔というより性格で選びたい。ミアは無自覚だったが護衛に察してもらうことに慣れ過ぎて、先回りして世話をしてくれる男のほうが好きだった。
その意味では相性最悪と言える。
「では、そのうちお茶しましょー。お姉さま」
「わかったわ」
それにしてもお姉さまとは。ミアは聞き損ねてしまった。
聞いてもろくでもないような気がして、聞かないことにした。
彼女が騒いでいるほうが、ミアは平穏である。ミアのためにも存分にかき回してもらいたい。あと半年はここにいなければならないのだから。