ふたつめ
ミアの護衛は日替わりになった。
ヴィオラの予定を把握し、遭遇しないように予定を組まれた。だが、それはミアの予定のほうを譲るという形になりがちだった。
学園に通う以上、不本意な遭遇も発生した。護衛のほうが先に気がつき、回避することも多いが今日はミアが退けた。
いつまでたっても逃げ回っていては、狩られる獲物でしかない。
「あらまだいたの。
まだ護衛なんて連れて」
「規定ですので。
他の魔法使いにもついております」
「あなたはとっかえひっかえじゃない」
「主だったものは、遠ざけられましたので」
ミアは、ヴィオラを睨んだ。誰のせいだと思っているのか。あの人は、故郷に戻された。二度とここに戻ることはない。彼の兄という人が、申し訳ないと頭を下げに来たのだ。侯爵家に睨まれてしまっては、我が家は立ち行かないと。
別れを言うことすら許されず、なくなった。
そして、それは彼だけではない。
親しくとは言わないが、付き合いが長い護衛は他の魔法使いに割り当てられていた。今ミアのそばにいるのは良い家で侯爵家と派閥の違う家の出身者ばかりだ。
結果、見目の良い良家の護衛ばかりになってしまったのは想定外だった。彼らは礼儀正しいが、冷ややかだった。近づきすぎるリスクを知っている。
ミアにとってはほっとできることだった。親身になられて、どこかに飛ばされるようなことは望んでいない。
「人望がないのね」
ヴィオラは満足したように笑う。
「かわいそうなあなたを庇護してあげるわ。
魔法使いさん」
「魔法使いは誰とも親しくしてはいけない。
規定で決まっています。ご存じでしょう」
「私は侯爵家の娘よ」
「誰であっても、例外はありません」
「あなたは寂しくないの?」
ミアは微笑んだ。
「すこしも」
たとえ、寂しかったとしても付き合う相手は選びたい。
「それでは、ごきげんよう」
ミアはヴィオラを置いて立ち去った。
それからほどなく、ミアが侯爵令嬢を傷つけたという噂が流れるようになった。本当かはともかく、彼女がそう主張するならばミアとの付き合いに距離を置こうというものが増えた。
誰とも親しくする気がないという話も出回ったが、それは魔法使いの事情であるため重く見られることはなかった。それは突き詰めると政治の領域の話だからだ。学生の身分で口を突っ込めば、あっさりと排斥されかねない。
まだ何者でもないのだから、排除はたやすい。
ヴィオラに話しかけられる前から侯爵家は魔法使いを利用しようとしている。
その噂はひそやかに流れていた。
気をつけなよと他の魔法使いから聞いていた。侯爵家の長男は優秀で顔がいいらしいから、女の子ってああいうの好きでしょ? と心配そうに。
俺らみたいな暗闇のイキモノばかりに慣れてるからくらっといっちゃうんじゃないの? とも。
それを言えばミアだって立派に暗がりのイキモノなので、おひさまの下にいそうな人たちは苦手である。そう言う意味ではヴィオラも完全に苦手である。
その苦手な人とミアは遭遇した。
例の噂が流れて2週間ほど経過した学園内での出来事である。
「妹が迷惑をかけたから、詫びに来た」
教室にいきなりやってきてミアを名指しで呼ぶ暴挙。護衛がやんわりと断るのを無視し、ミアの前に立ちそう言う態度。
どちらも最悪である。
新しい迷惑をかけに来たとしか思えないが、本人は大真面目である。
いっそ、嫌がらせのほうがましだった。
「魔法使い殿を困らせるつもりはなかった。
ただ、お友達になりたかったと言っていてな。悪気はなかったのだと思う。ちゃんと規定の説明はした。今後は、関与しないように厳命したので問題は起きないはずだ」
一方的に言うところもマイナス要素。
ミアは控えめに手をあげた。
「承知しました。しかし、ご令嬢の行動はすでに護衛から上に通達されています。
何らかの処分をくだされるでしょう」
もうすでに何かあった後かもしれないが。ミアはこの一週間ほどヴィオラを見ていない。もしかしたら謹慎させられていたのかもしれない。
「君が許せば、学園に戻れる」
「申し訳ないですが、私の意思は反映されません」
「止めてくれてもよかったのではないか」
「重ねて申し上げますが、私は、この国の遺産を動かすパーツに過ぎません。
破損しては困るから保護しているだけなのです」
人と同じと考えるから間違える。
貴重なモノ。それも代えを用意するのが難しい。それは人よりも重くもなる。
ミアは多くを守るための命で、容易に消費されてはいけない。
「なるほど。
魔法使いは心がない」
憐れまれるように言われたことにミアは苛立った。
しかし、表面には出さず微笑んだ。
いつも笑っていればいい。
「それでいいのかい?」
「ええ。多くを守る機会を与えてくれた陛下に感謝しています」
ふてくされて愚痴を言う相手は、もういない。
大丈夫と一人で立てなければいけない。
ここにいなくても、やさしくしてくれた人を守ることに価値がある。
そう、ミアは信じていた。