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ひとつめ

 ルードラー学園は王都より少し離れたところにある魔法使いを養成する部門も持つ場所。かつては魔法使い専門の学園も存在したが、今は王立のこの学園に養成部門を残すのみだ。

 神話の時代より長い時間の果てに魔法使いはもう数を減らした。その素質を持つものを強制的にここに放り込むほどに絶滅危惧種であった。

 もちろん保護するには理由はある。


 世界各地にある遺産と呼べるものを動かすには魔法使いが必要不可欠である。その遺産そのものが国防上手放せないものだった。

 遺産を動かせる魔法使いがいない国となるわけにはいかない。すでにいくつかの国は魔法使いを失い他国の領土とされたことがある。


 本人の意思というものを慮る余裕などなかった。魔法使いの資質があると強制連行、一生国に飼われる運命にある。

 金はあれど名誉はなく、自由はもっとない。羨望と哀れみで見られるようなモノ。

 そんなものにミアはなってしまった。


 ミアは10歳の時に資質を見つけられ、このルードラー学園に放り込まれた。

 待遇は悪くはない。ミアはそう思っている。

 魔法使い専用の寮はお屋敷のように大きい。使用人もいて衣食住と保証されている。ただし、周囲を塀で囲まれ、出入り口は一つしかない圧迫感を我慢すれば、である。

 それともう一つ、外に出るときは常に護衛がつく。誰かにさらわれないように、という話ではあるが建前であることをミアは知っている。

 どこへも逃げていかないように、誰かに特別好意を持つこともないように管理されていた。


 結婚相手が嫌だと言われても困るのだろう。

 魔法使い同士やかつて魔法使いを入れた貴族家から新な魔法使いが生まれやすいということもあり、婚約者も勝手に決められることになっていた。

 その魔法使いの血というものをめぐって水面下では奪い合いが発生することもよくあることだった。

 魔法使いというものを手元に置き、権力を増すために。


 間が悪いことにミアの世代には女の子は3人しかいなかった。いつもは男女比が半々なのに、男性ばかりに偏っていたのだ。

 このたった三人をめぐっていつもよりも熾烈な争いが繰り広げられている。らしい。

 そういったものはミアたちにはわからなかった。学園でも他者と付き合うこともほとんどない。成人していないと個人的接触は退けられていたのだ。


 既に成人していた先輩がうんざりしたような顔で、面倒なのよねと呟いていたことをミアは覚えている。18になった先輩は望まれ辺境伯に嫁いだ。国境防衛拠点に常駐することになり、慌ただしく学園を去っていった。


 彼女は去る前に、かわいいあなたたちを残していくのは心残りだから、何かあったときにはこれを使って。そう言ってお守りを渡してくれた。

 このときミアはまだ15で、後輩は12だった。

 どちらも婚約者は確定していなかった。


 それから、一年もたたないうちに後輩の婚約者が決まった。王家に年の合う王子がいたからだ。以前から候補にいたが、確定したようだった。

 彼女は学園に通うが、王家が管理する家にうつることになった。王族へ嫁ぐための教育も行っていくというからという理由ではあったが管理上の話だろうと彼女たちは理解していた。


 お姉さまが心配だわ。そういう彼女に大丈夫だと言ってミアは見送った。

 こうしてこの寮にいる女性はミアだけになった。


 多少の寂しさはあったが、ほかの魔法使いもいるのだから紛れはした。立派な魔法使いになることだけができることだと。

 ミアは16歳になり、成人として扱われる年となった。ただ実際は、学園を卒業する18歳からそう扱われることが多い。

 学園にいる16~18歳は大人になるための猶予期間とされる。貴族の子息やご令嬢が多く通い、卒業すればある程度の大人のふるまいを求められることになる。勉強よりも社交や暗黙のルールの継承など今後の処世術を身に着けるようになる。どこの派閥に属し、誰を支持すべきかと見定め、親や兄弟にも情報共有し始めたりもする時期だ。

 のちの出世にも響くような大事な期間である。


 なにかと集まっては遊んでいるように見えて、そこは戦場。ほかの魔法使いの愚痴をミアは他人事のように聞いていた。ミアはいいよな、一人だけの女性だから遠慮されていると羨ましそうに言われたこともある。

 それは善し悪しだろうとミアは思っていた。

 ある程度距離を置かれたボッチであったから。


 しかし、あれは平和であったのだと思い知ることになる。

 侯爵令嬢に声をかけられ、参加するように強制されることによって。


「名誉なことですが、予定がありまして」


 ミアはいつものように断りの言葉を口にした。特定の誰かと親しくすることは望ましくない。今は婚約者選びの最中であるから余計なことをするな、そう厳命されている。

 今までの人たちはミアが断ればまた今度と言って別れていた。ある程度の事情は知っていてそれでも声をかけてきたのだろう。あなたを無視しているわけではありませんよ、という意志表示だ。希少な魔法使いの心象を損ねたいとは思っていない。

 ところが、ヴィオラは違ったらしい。


「わたくしのお茶会より優先するような予定がありまして?」


 ヴィオラがそう言い返したことにミアは驚いた。同行していた友人らしき女性も眉をひそめていた。


「すべてのお茶会を断るような傲慢な人という噂は本当のようね。

 お兄様にはふさわしくない」


「それでは、そのように」


 ミアはそう話を打ち切った。

 ミアのこれまでも婚約者候補の関係者にそう言われることは何度かあった。めんどくさいと先輩が言ったのはこれかと思ったものだ。

 他の誰かが決めて、その家に飼われる。そういうモノでしかないというのに。えり好みしていると思われるのは不愉快だが、理解できはしないだろう。


 自分で選ぶ、ということを当たり前にしているご令嬢には。


「そうよ。

 誰もあなたにふさわしくない。ねぇ、そうでしょう」


 さらに絡まれてミアは少し困った。そこまで言い募る相手は今までいなかった。護衛がその前に止めるのだ。

 ミアは護衛を振り返った。あとの対処をまかせたかった。

 しかし、彼は困ったように見えた。長い付き合いがあればそれなりに表情は読めるようになるものだ。


「あなた、ローグ家の三男よね」


「はい」


「お父様は元気?」


「……はい」


「そうよかったわ。

 来月に私の誕生日があるの。でも、贈り物はいらないわ」


 ミアは急に話が変わって困惑したが、ヴィオラの友人はやや焦ったように彼女に声をかけていた。


「いいのよ。

 わたしに従わないということをお父様に言えば、そうなるから。先に予告してあげただけ、私、やさしいじゃない?」


 ヴィオラは優雅に微笑んだ。ちらりと見上げた護衛は、露骨に嫌そうな顔をしていた。

 侯爵令嬢の誕生日となると関係者からの贈り物であふれるに違いない。その中で、いらないと拒否されるというのは面目を潰されるということ。

 それが嫌なら自分に従って、ミアをお茶会に連れて来なさい、と。

 そういうことだろう。


 この名前も呼ばせてくれない護衛とは付き合いが長い。この寮に来た頃からずっとだ。いつもではないが週3は多いほうだ。ほかは週に1回ずつなのに。

 ミアは少し迷った。つよく断るほうがいいのか、応じてしまったほうがいいのか。応じた場合、ミアはちょっと怒られる程度で済む。

 護衛が困るよりは、ちょっと怒られるほうがましのように思えた。


「あの」


 そう声をかけた途端に口を手でふさがれた。話すなという態度にミアは驚いてしまった。そんな風にされたことは一度たりともない。

 ほんの数秒だけのことなのにミアはドキドキした。


「承知しました。

 では、ミア。行きましょう」


「え、でも」


「予定に遅れます」


 急ぐような予定は存在しない。彼が困るなら、嫌だが応じるほかないと思っていた。


「失礼します」


 動かないミアにらちが明かないと思ったのだろう。彼はミアを抱き上げた。

 唖然とするヴィオラを置いて、二人は立ち去った。


 彼女たちから見えない場所までくるとそっと降ろされた。


「失礼しました」


「大丈夫よ。

 でも、なぜかしら」


 今まで興味も持っていないどころか存在すら意識していなかったはずである。ミアは平民の魔法使いの資質があるだけの娘だ。高貴な血もなく、特別優秀でもなく、目立つような存在ではなかった。

 国家運営には役に立つが、それでちやほやされるようなこともない。

 むしろ、ただのモノで。

 そうでなければ、宝を産むイキモノでしかない。


「婚約候補が絞られてきたのかもしれません。

 そのうちにお相手が紹介されるのではないでしょうか」


「……そう」


 ミアは他に言いようがない。

 選べない。

 拒むこともできない。それならば、いっそ。


「……逃げませんか」


 その声にはっとした。ミアは、首を横に振った。それを今考えたけれど、どこに行けるというのだろうか。

 この国を出てもどこに行っても、魔法使いであるなら自由はない。知られずにと暮らすのも容易ではなかった。


「聞かなかったことにしてください。

 今後の対策については護衛たちで検討します。三日程、外出をしないでください。さすがに寮にまで入るのはまずいことくらい、理解しているはずです」


 大丈夫ですと笑った護衛を見たのは、その日が最後だった。

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