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死に戻り悪役令嬢の功罪  作者: あかね


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17/18

復讐にも種類がある 後編

 人が変わる、ということはある。

 ジュリエはこれが悪い意味である、とは思わなかった。


 侯爵令嬢のヴィオラはある日、熱病に倒れ、生死の境をさまよった。そして、奇跡的に回復したが記憶をなくしていた。

 記憶のない彼女はとても普通で、誰かに暴言も無理も言わなかった。使用人相手ですら、礼をいうような変化に周囲が戸惑っている、というのはジュリエも噂で聞いていた。


 無感動にへぇ、死ねばよかったのに、とは思ったがそれだけのことだった。

 自分が名指しで呼ばれるまでは。


 来客用の部屋は前々からヴィオラ個人の使用する部屋のようなものだった。

 そこに呼ばれたジュリエはなにごとかと身構えていた。しかし現れたヴィオラは親しみを込めてジュリエさんと呼んだ。

 ただの一度も名を呼んだこともなかったのに。

 彼女は謝罪したいために呼んだという。


「ごめんなさい。私が意図したことじゃなかったのだけど、結果的にあなたの大事なものを壊してしまったのよね。エリさんにもこのようなことは悪いことだとちゃんと言っておいたわ。

 これからは大丈夫よ」


 にこりと笑ってそういうヴィオラ。一片の後ろめたさもない謝罪にジュリエは言葉が出なかった。

 あなたが、命じたからエリは私のものをもっていったの。あなたが悪いの。そう言えれば良かった。ヴィオラの後ろに誰もいなかったら、感情のままに叫んでいたかもしれない。


 ヴィオラに付き添うようにいるのは彼女の兄だ。ちゃんと謝罪できるか確認するためについてきているんですってと彼女は不服そうだった。


 なにも覚えていないのだけど、ごめんなさい、というのは謝罪になるだろうか。

 そういう問いさえきっと許さない。


「はい、ありがとうございます」


 ジュリエだけならば、他の答えを選んだかもしれない。

 しかし、この後には弟が入学する予定だ。何事もなく平穏に過ごさせたければ、なにも言わない。それが一番だと知っている。


 ヴィオラはほっとしたように息をついて、なにか困ったことがあったら言ってねと軽く告げて去っていった。

 彼女の兄はそれについていく。一言も発していないのだから、介入していない、ということにはなるだろう。


「ひどい話ね」


 ジュリエは一人つぶやく。

 まあ、悪いところはあるけど、可愛げもあるのよちょっとくらいは。とエリが言っていた。

 ヴィオラは性格が悪く人を見下げていたが、気に入らないものは誰彼構わず噛みつく性分だった。相手が魔法使いでさえ。その蛮勇には呆れていたがなんだか、皆平等に見下げているのだなと納得もいった。弱いから、吊し上げるのではない。

 その点だけはマシ。馬鹿にされている相手を評価するのもなんだからジュリエはいったことはなかったが。


 今のヴィオラは他人の顔色をうかがうような雰囲気がした。これで、私は、悪くないわよね? そうよね? という気持ちが透けている。

 私が気に入らないと言っているの。私を嫌う? それで何が変わるのかしら? と傲慢だったころとは全く違う。

 いうなれば保身で、と見えてしまう。


「嫌な話」


 呟いてそれをおしまいにした。ジュリエはまだ学園生活が残っている。

 弟や領地の義理のためにも普通に暮らすしかない。

 たとえ、許せないと思っていても笑顔で隠させなばならなかった。


 ジュリエにしたように、他のものにも同じように謝罪をしている、という話は耳に入ってきた。すでに学園を辞めた相手へも家へおしかけているという。無神経という言葉がぴったりだ。

 二度と会いたくないという気持ちすら推し量れない。

 それほどの相手に許しを与えなければならない苦痛を想像してジュリエは気が滅入る。一人一人と王都を去り、どこへと行方をくらませるのはなにも見たくないからだ。

 ここにいれば否応なく聞こえてくる。

 今までのことを悔いて心底詫びる侯爵令嬢を賛美する声。それだけでなく、今まで劣っていた学びでも頭角を現し成績の筆頭まで迫る勢いだという。

 さらに事業を始めて、()()()すべてうまく行くという。


 侯爵家が愛娘のために用意したというほうがしっくりくる。婚姻相手も別の相手を狙っているなら、わかる話だ。


 ジュリエは卒業を指折り数えた。卒業したら、エリを探しに行くつもりだった。どこかへ嫁いだという話以外に知りえる情報がない。

 彼女の実家に問い合わせたこともあるが、絶縁したという短い手紙が来ただけだった。どこに嫁いだという話も教えてもらえもしなかった。

 噂によれば、ということさえもない。


 もうそこまでくると生存しているのか? という怖い話が出てくる。ヴィオラの取り巻きをしていて、離れたのはエリだけだ。都合の悪い話を聞かせぬために、すでに、という想像もできた。


 そんなある日、ジュリエは一人の魔法使いと遭遇した。今代にほとんどいないという女の魔法使いでヴィオラが良く突っかかっていった相手である。ほとんど相手もされず、冷淡に対応されていた。

 彼女だけは、謝罪を拒否したという噂を聞いた。さっすが、魔法使い様だと賛否両論だった。もちろん、ジュリエは快哉をあげたほうだ。


「いつか、思いは届くから、これからのことはすこしばかり目をつぶっていてほしいの。そうね、一年くらいかしら。

 そうお友達にも伝えてくれる? 傷つけるようなことをしてごめんなさいって」


 少し困った顔でそう告げられた。

 返答を迷っているうちに彼女は背を向けた。その背に声をかけなかったことをジュリエはしばらくの間後悔した。


 それから数日後から、ヴィオラとその魔法使いが近しくしているのを目撃した。柔らかに微笑むがその目が冷ややかなことに気がついた者はどれほどいただろうか。

 和解したという話が流れたが、そういうことでもなさそうだなとジュリエは思った。そうでもなければ、事前にあんなことを言うこともない。

 ジュリエは彼女に頼まれたように、同じ様な立場の者に彼女の言葉を告げた。そこにある感情は様々だったが、ジュリエにはありがとうと伝えるのみだった。

 彼女たちとは同志でもない。

 近寄ることもこれからはないだろう。点と点がつながるのを恐れるように、ジュリエには監視がついていた。気がつかないようにいるつもりだろうが、数人が日替わりなら気がつく。いつも、いるなと。

 ジュリエは気がつかないふりをした。いつも通りに平穏に。誰も隣にいないままに。


 そうして過ごしている間に、学園の雰囲気は変わってきた。

 ヴィオラがその主のようにふるまうようになった。命じるわけでも、わがままを言うわけでもない。しかし、穏やかに頼むことでそれは速やかに遂行されることになった。

 それまで学園の主だったものは追われるように、学園の隅に。魅力的な微笑みは変わらずにあったが、もう力はないように思えた。


 ジュリエはこのころにはここの生活に息苦しさを覚えていた。

 ヴィオラはこれから輝かしい道を行くのだから、過去を知る者は黙るようにと言われたわけではない。ただ、何もいえない雰囲気があるだけだ。言ったら、こちらが排除されそうなくらいの怖いものが。


 辞めて帰ろうかと荷物をまとめかけたある日、かさりと落ちたものがあった。


「……そういえば、忘れてた」


 ジュリエの大事だったもの。中身だけが残ってしまった。


「塔の主 ウェドの助けてやる権?」


 ジュリエは声に出して読み上げて、ん?と思った。別に読もうとは考えていなかった。開いた瞬間に口が動いていた。


「やあ、遅かったな」


 知らない声が響いた。視線を向ければ知らない人がいた。

 一瞬前まで誰もいなかったこの部屋で。


「防音完備。

 どうぞ、悲鳴でもなんでも」


 そう言って両耳を押さえていた。両目も閉じている。

 なんだこれ、とジュリエは呆然と見ていると悲鳴上げないのか?と片目をあけてほっとしたように息をついた。


「それの通りにやってきた。

 まあ、僕がそれをくれてやったのは大事な友人なんだが、友人の大事なものの話も聞いてやろう」


「用事がないんですが……」


「は? 僕がせっかくきてやったのに? あるだろ、恨みとか恨みとか恨みとかっ!」


 恨みイチオシ過ぎる。ジュリエは思わず吹き出してしまった。この不審者、おかしすぎる。ひとまず、名前を聞いてみることにした。

 魔法使いのウェドと名乗った男は落ち着かなさそうにそわそわしていた。


「で、ないの?」


「ございませんね。もう、家に帰ろうと思って。あと少しで卒業できるはずなんですが、疲れてしまったのです」


「そうか……」


 あまりにもがっくりとした様子にジュリエはなにかないかと考えた。

 一つだけ、どうしても知りたいことがあった。


「あの、人探しはできますか?」


「得意ではないが、資料から探させる」


「友人を探してほしいんです。結婚したと聞いた後から音信不通で」


「あ、ああ、し……。探しておく。意外と近くにいるかもしれん。

 他はないのか。ほら、嫌なやつに嫌がらせしたいとか」


「……あの。もしかして、私のこと、知ってます?」


 ウェドには不審さだけが目立つ。

 その指摘にわかりやすく視線がうろついて、意味もなく手を握ったり開いたりしているあたりもう動揺を隠す気もないのだろうか。

 魔法使いって挙動不審という噂は本当のようだった。女の子とみるとざーっと逃げていくというのは実例としてみたことはあるが。


「袋にもまじないをかけていた。燃えたから一度調べにはきたよ。その時に確認した」


「ああ、あれ、燃えたんですか」


 ぼろ布だから容易く燃えただろう。それなら、そうとエリが言いに来て来ればよかったのに。あららと笑って済ませることも簡単だった。

 そうしなかった、ということは、やっぱり何かあったのだろう。


「……あの、一つ、いいでしょうか」


「な、なんだ? なんでも叶えてやるから泣くのはやめろ。泣きそうな顔とか無理すぎる」


「ミアさんは、どうされるんですか?」


 ジュリエに声をかけてきた魔法使いのことを尋ねる。彼女もきっと何か考えがあるのだろう。それは言うことはないだろうけど。


「え。ミアは、好きにするよ。そういう約束だったしね。

 一つ教えておくけど、今のままということはない。ミアも大事なものを奪われたんだ。許しはない」


 いつか、届くから。届けるものは、良いものだけとは限らない。

 ジュリエは知らず微笑んでいた。


「そ、そのな。無理してここにいなくても、卒業の資格はもぎとってやるし、故郷まで送ってやってもいいし、ゼタのやつに連絡を取ってもいい。そうする?」


「いいえ。

 心が決まりました。きちんと卒業します」


 ジュリエは最後まで見届けることにした。


「できれば、ミアさんを助けてあげて欲しいのですが可能ですか?」


「ああ、確約する」


 その言葉を合図としたように紙がさらりと崩れた。魔法使いは来た時と同じように一瞬で消えた。なにもいなかったように。

 ジュリエは荷物を元のように片付けることにした。

 卒業まではまだある。何事もないように品行方正に過ごす事が大事だろう。吹けば飛ぶような軽い扱いの田舎娘でしかないのだから。


 それから、ほどなくジュリエはエリの所在を確認し、脱力した。同じ学園内にいたのだ。顔をみせなさいよねっ! と殴り込みに行くことになった。

 結婚相手は魔法使いの護衛でほぼ平民というが、彼女は幸せそうだった。

 ふざけやがって私の思い悩んだ時間が無駄だった! とジュリエは思ったが、それまでのすべてを失ったからなとなにも言わないことにした。

 田舎においでよと普通に言えるようなったのは、嬉しかった。


 終わりの日は、華やかな夜会だった。

 卒業を祝うもので、ジュリエも参加していた。なぜかパートナーとして、ウェドがやってきたので同行している。静止しているときにはまともに見えるが、首元をいじったり、撫でつけている髪をきにしたりと忙しない。


「落ち着かれてはいかがですか」


「10年くらい前が最初で最後だったんだ。もう嫌だ帰りたい」


「帰ったらいかがです?」


「ゼタに絶縁される。あいつは絶対、俺の嫁とか思ってる。つーか、この数年の話聞いてない?」


「手紙の一つもらってません」


「うわ……。

 強く生きろよ」


「なんですか、一体」


 あの人とはもう終わった話だ。ジュリエはそう思っていた。まだ全然、未練がましいが貴族の娘と生まれた以上、縁談は断る気もない。駆け落ちなんてもってのほかだ。

 地元に戻ったら婚約して、結婚して、子供を産んで、それで終わり。

 隙間に楽しいことを入れられたらという希望があるくらいだ。


「さて、ショーが始まるよ」


「ショーって? 余興ですか?」


 ジュリエはそんな予定を聞いていなかった。ウェドはつまんなそうにあごでさした。

 そこにいたのはかつて学園に君臨していた魔法使いだ。今は落ちぶれてという話だったが、言うほど落ちぶれてもいなかったはずだ。なんだかんだと愛嬌のある態度が良かったのか、裏ではそれなりに相手をするものもいた。

 その彼女をヴィオラが糾弾していた。


「……ほっといていいんですか?」


「計画通りなので、大丈夫」


「あれは調子にのってません?」


「いい具合に育った」


 機嫌よく言うウェドをジュリエは見上げた。どこか挙動不審な男ではなく、冷徹な魔法使いがそこにいた。


「君たちの呪いはちゃんと届く。だから、ね。もう、幸せになりなよ」


 退場する魔法使いを見送って、ウェドは微笑んだ。

 ヴィオラがその場を去り、数刻もたたずに悲鳴が聞こえた。


 そして、バタバタのうちに夜会は終了を迎えた。


 その時に起こったことはかなりあとになって公表された。

 ヴィオラには毒が盛られ、生死の境をさまよい、また戻ってきた。熱病に冒される前の彼女に。


 この数年の記憶はなく、以前の通りにわがままになったらしいというのはその後に聞いた噂だ。まだ学生ならば許されたわがままは卒業した時点で通用しなくなった。近しい誰も彼もが、前のように戻られればいいのにと言う。前はこのようなことはされませんでしたと以前の自分と比較され、ため息をつく。

 今までうまくいっていたことが、歯車が噛み合わずどうにもならなくなる。

 彼女の運営していた事業も傾き出し、その経営権は取り上げられた。

 社交ならばと任されても、もう、誰も来なかった。それに怒っているらしい。


 ジュリエはそんな話が書かれた手紙を故郷で受け取った。


「エリはこれでちょっとは溜飲が下がった?」


「どうかな。まあ、自業自得。もう関係のない人」


「そうね」


 ジュリエは故郷にエリを連れてきた。そのまま学園に残っても良かったのだが、彼女の親戚が嗅ぎつけているということで一時的避難をしている。

 両親のほうにはこれこれこういう理由でと事情説明の手紙は送ってある。どうもあの親戚には手を焼いていたらしく、こっちで処断するという返事をもらっている。落ち着くまではという話だが、ジュリエは返す気はあまりない。

 絶対こっちのほうが落ち着くってと説得中だ。


 エリの夫はまだ学園にいた。担当の魔法使いがごねたからだ。卒業までは護衛を続ける話らしい。我が一生のライバルとエリは敵愾心を燃やしていた。

 そのうちに魔法使いごと隠居してきそうではある。


 うちに魔法使いはもういらないんだけどなとジュリエは困ってはいる。


 故郷に帰ったら、なんと魔法使いがいたのである。こんな辺鄙な田舎にもあった遺産の管理に常駐するという。慣例に従って、領主の親族と婚姻をすることに決まっていた。

 急展開すぎると遠い目をするジュリエの前に現れたのは、初恋の商人だった。


「魔法使い?」


 唖然としたジュリエがどうにかひねり出したのはその言葉だった。


「魔法使い」


 重々しく肯定された。

 どこかに常駐するのが嫌で流浪の遺産管理の魔法使いをしていて、世を忍ぶ仮の姿が商人であった、ということらしい。

 それが、その気になって本気で勉強し直して専任を自負できるほどに仕上げてきたそうだ。


 ジュリエが田舎がお好きでというと、がっくりと肩を落とされた。


 だって、とか、いやいや、御冗談を、と逃げを打つジュリエに彼は一枚の書類を出した。


「王命だ。諦めろ」


 確かに、王命だった。なんだか署名が震えている気がしたのは気の所為にした。


「承知しました。末永くよろしくお願いします」


 そうして、ジュリエはほどほどに幸せな人生を送ることになったのである。

 その後、ヴィオラはうっかり階段から落ち、生死の境を彷徨ったが、もう二度と目を覚ますことはなかった。

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