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復讐にも種類がある 中編

 エリは自分は性格が悪く性根がねじ曲がっている卑怯者の自覚はあった。

 追従するような笑みで、権力者の娘たるヴィオラの後ろにいるということしかできないという小娘であることも。


「田舎者が学園にいるなんて」


 そう嘆いたヴィオラの意を汲んで、一人の少女を孤立させるのも少しも厭いはしなかった。彼女こそが、この学園の主であり、主はいるものを選定できる。それこそが正しいと。


 エリの同室のジュリエは、ボケた田舎の令嬢だった。のんびりゆっくりとあか抜けなさが都会でも全く変わらずそこにある。

 そのせいで学園のお姫様と言われるヴィオラに目を付けられた。そのジュリエをエリは庇わなかった。あの子は田舎者ですけどヴィオラを侮っているというわけではなく、悪気はありませんと言えば、エリの立場が危うい。

 エリの実家は中立を保っているが、母方の親族は侯爵家の傘下だ。伯父から常に侍り機嫌を取っておくようにと言われている。それでよいことがあると信じていた。


 エリから見ればそれはないように思えた。お友達ともいわれることもなく、同意を示し、先回りして不快を取り除くだけの使用人のようなものだ。

 そんな、モノである。

 人ですらない。


 しかし、エリは幼いころから世話になっていた弱みもあり、従うしかなかった。不快であるとヴィオラが両親や兄に言えば家が危ういというのは確かにあったのだから。


 あと数年で役目を終える。それまでは大人しくなにごともなくと思っていた。

 同室のジュリエには悪いが、多少のポイント稼ぎに使わせてもらう。


 それだけの関係だったはずだった。


「エリちゃんも大変だねぇ」


 部屋に戻ってきたエリにジュリエはよくそう言った。嫌味も言われ、いじわるもするエリに向かって、である。

 私だったら、おうちのためと言えどもあのわがままには付き合えないとしみじみと言われてエリは何も言えなくなった。

 最初からそうだったわけではない。少しずつ、慣らされてきた。それに気がつかされる。同じ集団にいてわからなくなっていた。


 立ち止まってしまえば、ヴィオラのやりようについていくのが辛くなってきた。もう少しで終わると知っていてもなお側に侍るのは苦痛だった。

 いまさら己のしてきたことを後悔しても遅く、エリは理由をつけてヴィオラを避けた。


 ヴィオラはそれどころではない状況にあり、気がついてすらいなかった。

 もし、いなくなっても気がつかないのではないかとエリが思ったころに、それは起こった。


 その時、天敵というべき相手とやりあったあとにしてはヴィオラは機嫌が良さそうだった。


「ねぇ、あの子の大事なものを預かってきて」


「あの子、ですか?」


 エリは戸惑いながら返答した。


「同じ部屋の田舎者。まだいるのでしょう? 田舎者が最近うるさいから、そんなものたちの大事なものを見てみたいの」


 ヴィオラはにこりと笑うがそこの悪意にエリは震えた。見るだけで済ますことはない。


「ヴィオラ様が見てもよろしいようなものはもっていないと思います」


「いいいのよ。少しだけ借りてくるだけよ。

 大事にするものって何かなって知りたいだけなの」


「聞いてみます」


「私が、欲しい、といっているの。断るわけないじゃない。

 あなたは、私の望みをかなえてくれるわよね?」


 エリはただ黙って一礼した。その場を去る儀礼的な態度をヴィオラがどう思ったかは知らない。

 しかし、エリの忠誠を疑った、ということだろう。それに気がつくのは遅すぎたくらいだが、いまさら言われるのならなにか言われたのだろう。

 おそらくは、ヴィオラの天敵から。天敵といわれるべきレジーナという女性は別な意味で厄介者だった。誰もが魅了されるべき女性、とでもいうのだろうか。現れてすぐに学園の注目の的となり、誰にでも優しいと評判だ。

 エリは胡散臭いと思っていた。ジュリエは同じ田舎者でもこうも差がと愕然としていた。私も磨けばいいの!?と大騒ぎしていたのは少し前のこと。

 エリはその時にジュリエに少し化粧をさせてみた。本人は磨けば光るかもしれないと言っていたが、正直、平凡だった。元のほうが良いとすぐに化粧を落としたので大変拗ねられた。自分でやってみなさいと化粧品を譲ったのは最近のことだった。


 ああいう日々が、続くとエリは信じたかった。


 エリの顔を見たジュリエは心配した挙句に、大事なものをあっさりと受け渡した。

 モノはモノでしかないと。それよりエリのほうが大事といわれて、後悔だけが押し寄せる。断られる前提ですら聞かねば良かった。

 ジュリエはこういう子だった。


 エリはさっさと済ませようとヴィオラの元に急いだ。どうせ床に打ち捨てるくらいの仕打ちになる。

 最悪でも、ごみ箱に捨てられる程度だと思ったのだ。拾って、誠心誠意謝ろうと。もう、こういうことはしないと言って、二人で学園の隅で卒業まで縮こまっていようとお願いするつもりだった。


 ヴィオラは学園で使われる客間の一つにいた。校外からやってきた親族への対応をする部屋だが、彼女は私室のように使っていた。

 季節外れの暖炉が赤く、少し暑いくらいだった。


「早かったわね」


「急ぎました。こちらです。

 大事な人からもらったお守りだと」


 しかし、エリから差し出されたものを見たヴィオラは顔をしかめた。

 指先でつまみ、眺める。


「こんなものが大切なモノなんて、嘘をついているのよ」


「ヴィオラ様、それならばお返しください」


「あら。こんなごみ捨ててしまいましょう」


 あっという間だった。

 小さな布は、暖炉に落ちた。


「なんてことを!」


 エリは手近にあった水差しの水を暖炉にぶちまけた。そして、辛うじて残った布の破片を拾い上げる。ぼろぼろで、零れ落ちる破片は取り返しのつかないことを示していた。


「そんなごみを」


「あなたなんかにわかんないわよっ!

 大事なものを差し出しても構わないと笑った彼女の気持ちなんて」


 エリは言葉を止めることができなかった。


「あなたは人の心のない化け物よ!」


 エリの豹変にヴィオラの怯えたような表情を浮かべていた。それだけでなく、エリと同じような立場の少女たちも恐怖を浮かべていた。

 それは、これからのヴィオラの荒れ方を想像しているのかもしれない。


 それさえもうエリには関係がない。


「御前を失礼いたします。

 二度とお目にかかることはないでしょう。

 栄光を得られることをお祈り申し上げております」


 速やかにエリは部屋の外へ出た。今ならば、まだ、間に合う。

 この暴言が誰にも伝わらないことはない。エリはよく知っている。ヴィオラが少し言えば、エリは家に戻される。もう二度と余計なことを言わぬように。

 家のためにそのぐらい我慢すればいいといわれることも、そうするのが賢かったということも、少し頭が冷えたらわかる。


 きっと、ジュリエはそれが戻ってこないことも、知っていた。

 エリはそれも見ないふりをしていた。

 あるいは過信していた。なにがあっても、きっと、こういう日は来ないと。


 そして、どれも取りこぼした。


 だから、ただ一つ。謝罪だけは、どうしても届けたかった。それが自己満足にすぎないとしても。


「……大丈夫ですか?」


 急に声をかけられてエリは驚いた。誰かいたということに。そして、廊下なのだから誰かはいるだろうと思い直した。

 見れば魔法使いの護衛の制服を着ていた。


「大丈夫です」


 それよりいそがねばならない。ヴィオラが喚き出せばすぐにエリは連れ戻されて、謝罪を要求されるだろう。その上で対処される。

 エリは謝罪などする気もない。してもしなくても結果が変わることはない。

 それならば、謝罪は必要ない。


「……あの?」


 エリは足音がついてきていると後ろを振り返ると先ほどの男性がいた。行く方が同じということはない。魔法使いの護衛は護衛対象から離れることはめったにない。

 ここに魔法使いがいないということは魔法使い待ちをしていたにちがいないのだ。


「よろよろして心配ですが、勝手に運搬するわけにもいかないので、倒れる前に捕獲するために付きまとっています」


 エリがどう言おうかと迷っているうちに生真面目な顔で言われた。


「うちの魔法使いが同じことをよくするので。寝不足で死ぬとか言いながら手出しすんな、馬鹿にしてんのかと罵倒の種類が豊富です。で床に落とすとふざけんなという理不尽の権化」


「そ、そうですか……」


 他に何が言えたのだろう。エリは魔法使いはよく知らない。遺産と呼ばれるものを使うために研鑽をする者とは聞いているが、付き合いはほぼない。魔法使いは魔法使い同士で固まるし、そうでなければ婚約者くらいしか相手をしない。

 友好範囲が極端に狭い。だからといって下に見られるということもなく、不可侵である。


「どうしたんです?」


「なんでもないので」


「急がれている」


「はい」


「ふむ。私は目の前でご令嬢の不幸に何もしなかったら役立たずと罵られますが、魔法使い殿が戻ったときにいなかったらそれも役立たずと罵倒されます」


「ほっといていいので」


「そうはいっても……」


 エリはそのあとは無視することにした。そのうちに飽きるか誰かが止めるだろう。傍目にはご令嬢を追いかける怪しい男だ。


「あの、その手、痛くないですか?」


「手?」


 言われてエリは手に視線を落とした。とても、赤くて、熱くて。遅れて痛みがやってきた。

 そして、ふらついている自分にも気がつく。


 あ、ダメだ、まだ……。

 そう思っているうちに体は傾いで意識が遠くなっていく。


「いかなきゃ」


「ダメですよ。医者にちゃんと見せないと」


 やんわりと止める声を最後にエリの視界は暗く閉ざされた。

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