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復讐にも種類がある 前編

 傷つけるようなことをしてごめんなさい。

 魔法使いはそう告げた。

 覚悟を決めたような言葉に何が言えたのだろうかと今でも思う。


 ヴィオラ、という名の令嬢は、ジュリエの人生に影響が大きかった。負の面で。

 彼女に遭遇したのは、学園でのことだった。


 貴族のみが通うという学園は、貴族の子弟は必ず通わねばならないという不文律でもあった。ジュリエの家は田舎の小貴族で、ほとんど村長というくらいの庶民派。大貴族の家の従僕のほうが良い暮らしをしているのではないかというくらいだった。

 その暮らしから急に大都市である王都での寮生活になった。


 都会に出すのは不安という両親に大丈夫とジュリエは答えたが、少しも大丈夫ではなかった。家を出る前日に本気で後悔するくらいには、不安に苛まれていた。

 家を継ぐという立場ではないので、どうしても、ということではないがこの機会を逃せば一度も領地を出ることはなさそうだったのだ。だから、じゃあ、弟が行くところを見にいってくるよ、というていで入学を決めてしまった。


 気軽に。つい、魔が差して。都会の魔力が恐ろしい。

 今更辞めると言えもしない。すでにある程度の金を払っている。それは裕福とは無縁の領地なので、ジュリエが生まれたときからちょっとずつ貯めていた嫁入り用資金から払われていた。

 ここで辞めたら全く何一つ得ることなく、金を失うのである。


 学園を卒業した才女として帰還せねば、結婚相手をとっ捕まえることも難しくなるだろう。

 退路はなかった。


 そうして、背水の陣でたどり着いた王都。

 世の中がきらきらしかった。灰色と茶色の服ばかりの故郷とは違い、色々な布地が世の中に溢れていた。


「はわー」


 間抜け面をさらさないようにと弟に言われていたが、これには弟も驚くだろうとジュリエは思った。

 ジュリエが見たのは石造りの建物が並び、馬車が往き交い、その隙間を優雅に通り過ぎる人々だった。


「私もあんなに素敵になれるかしら」


「どーすかねー」


 雑に返答されてもジュリエは気にしなかった。

 ここまで送ってくれた商人はいつも泊まっている宿までジュリエを連れて行った。荷物を抱えて学園まで送るのは大変だからだろう。

 宿の1階は食堂も兼務するというのはここまでの旅で知っている。そこで大人しくしていなさい、というのも。


 ここまでは、商人の妹という設定だった。本来ならメイドや執事などが送るべきだろうが、余剰人員は領地になかった。そこまでギリギリなの? とジュリエは衝撃を受けたが、なんだかんだと数週間いないというと困るのは理解した。


 一人旅をするわけにもいかないので、知り合いの商人がやってきたのをいいことに頼み込んだのだ。両親も他に頼めないと報酬を支払ってまで頼んだ。

 依頼ならばと嫌そうな顔で引き受けてもらったが、世話はちゃんとしてくれた。雑だったが、その雑さが気楽でもある。商人の妹として、商売の手伝いをしたりもした。


 行商も楽しいと言えば、あっそ、と大変冷たい返答だった。

 最初で最後の普通の女の子でいていい時間は短かった。


「じゃ、送っていくよ」


 商人はいつの間にか降りてきた。

 二人で学園までを歩く。荷物はカバン一つ分。制服など必要なものは先に送ってある。また、学習に必要なものは学園側で用意しており持っていく必要はない。


「最初から最後までお世話になりました」


「ん。

 ……あのな。とても困ったことがあれば、これを使え」


 そう言って、小さい袋をくれた。


「一番頼れる相手の名前が書いてある。

 ただし、使えるのは一度だけだ。貸し一つ分しかないからな」


「そんな大事なのもらっていいの?」


「やつは王都にいて、俺から会うことはこの5年なかった。だから、必要ない」


「ありがとう」


「頑張ってこい」


「うん」


 といったところまではよかった。ジュリエは遠い目をする。

 入学して速攻退学したくなった。


 それというのがヴィオラ嬢だ。お姫様よりお姫様なご令嬢である。

 ジュリエは入学すぐに目をつけられた。あれは教室に入ってすぐのことだった。金髪の美少女が入ってくれば誰だって注目するだろう。ジュリエはそう思う。

 わぁ、ごーじゃすぅとぼんやり見ていたら、きっと睨まれた。


「なに、あの、田舎娘」


 そうですが、なにか? と答えるような雰囲気ではなかった。


「庶民が紛れているの? 外に出しなさい」


「違います。フリア家のものです」


「知らないわ。よほど小さいのね」


「はい。田舎で小さいのでご存知ないと思いますけど、貴族です。

 貴族年鑑の端っこにいます」


 知らなくても別にいいのよという気持ちでジュリエは言ったが、それがまずかったと気がついたのは冷え冷えとした空気のせいだった。

 空気って勝手に温度変わるんだとジュリエは知った。


「……そう」


 冷ややかに言われ、以降ジュリエは無視された。

 路端の石として扱われたとほっとしたところに、同室のエリが話しかけてきた。彼女はジュリエと同じくらいの田舎出身だったが、母方の親戚宅で王都での暮らしが長い。


「あれはまずいよ」


「え、なんで? 気にするほどもない小さいところよと言ったのに?」


「貴族年鑑隅々まで読んでないだろ、という話になるのよ……」


 ジュリエが知らないうちにけんかを売ったことになるらしい。知らんよと嘆いたところで意味はなかった。正答は、教室を出ていく。泣くだったらしい。

 ジュリエにはない発想だった。


 貴族の処世術、難しいといったところで無意味である。

 ジュリエは以降、腫れ物扱いをされることになった。少なくともヴィオラがいるところで話しかけてくるものはいない。

 エリも例外ではなかった。

 同室なので話はするが、外ではごめんねと言われている。派閥が同じで相手方に強く出れないらしい。そして、あの子の相手をするようであれば考えがあるとも言われたと。


 立派に脅迫である。

 ジュリエはドン引きし、そ、それなら仕方ないなぁと了承した。エリは代わりと言わんばかりに色々な情報を提供してくれた。

 しかし、本人が、わざとこれは嘘なんだけど嘘を吹き込めと言われたので、いうという話はどうなのだろうかと思ったりもする。


 エリのほうが難物でひねくれてるのではないか、とは思ったがジュリエは言わない。なんだかんだと付き合いがあるのだから。完全なる孤独になれば、ジュリエは庭のカエルに話しかけるくらい寂しくなる。

 仕方ないので、月イチは意地悪とやらに付き合い、間違った情報で恥をかくというルーチンが出来上がった。

 総合評価はジュリエが可哀想であったが、ヤラセである。確かに可哀想ではあるが、あー、はいはい、いつものね、とエリと打ち合わせ済みのことだ。

 ダメージがないわけではないが、相手が想定するほどでもない。


 そんな一年が過ぎ、ジュリエのように扱われるものはちらほらと出始めていた。ジュリエほど図太くなく、また、帰れねぇという理由もない彼女たちは退学や結婚の道を選んでいくものも。


 そういう子ほど、最後にジュリエに会っていった。いくつかの苦しかったことを話して、去っていった。


「ああいうの、なんなのかしら」


「誰にも言えないからね。仕方ないんじゃないかなぁ」


「ジュリエは優しすぎる。ほんっとに」


「エリも板挟みご苦労さま」


「そうなのよぉっ!」


 エリががしっと抱きついていた。エリの実家というより、母方の親族がヴィオラ嬢の機嫌をとって自分のところに利益を回してもらえという主張らしい。今までの恩があるのでエリが反旗を翻すことはできず、しかし、ジュリエとの関係も壊したくもなくという板挟みである。

 もう、学園やめようかな、取り巻きしんどいともらすほどだった。


 いっしょにがんばろ! ね! とジュリエは励ましているが、これが正しいかはわからない。おそらくは卒業したら付き合いもできないだろう。

 残された彼女が可愛そう、というのは侮辱になるだろうか。


 田舎に避難しようよというのもきっと難しい。

 よしよしと背中を撫でるくらいしかできることはない。


 そんなある日、エリは暗い表情で部屋に戻ってきた。

 最近、そんな日が続いている。ヴィオラ嬢の機嫌が悪いらしい。それの原因はジュリエもわかっている。魔法使いの女性が新しく入ってきたのだ。

 皆を魅了する華やかな美少女である。ジュリエも遠くから見て、手を振られただけでくらっとした。近くによったらだめだと本能が警告するレベルだ。

 あれはクマだ。あるいはイノシシ。寄ったら食われるか、跳ね飛ばされる。

 飛ぶ鳥落とす勢いで勢力拡大している、というのは部外者であるからこそ見えるところだ。


「どしたの? また、なんか無理言われた?」


「……あなたの大事なものを、奪ってこいって」


 ヴィオラは気軽に気分よくなれることを選んだようだった。弱いものから巻き上げれば私にはまだ力があると思える。

 泣き出しそうなエリを見てジュリエはカバンの奥からお守りを取り出した。

 こんなこともあろうかとすでに中身は取り替えてある。


「じゃあ、これ」


「なに?」


「初恋の人からもらったお守り」


「あっさりと渡すなっ!」


「エリちゃんのほうが大事。モノと人なら人。

 ニマニマしてちゃんと消費したので、大丈夫」


 それに中身のほうが大事なのだ。それはジュリエは言わない。迂闊なことを言って、本当に大事なものを持ってきていないとバレたほうがエリにとっては大変なことだろう。

 戻ってきたあとでネタバラシすればいい。ジュリエはそう思った。


「…………じゃあ、泣いて、明日、目を腫らしておいて」


「意気揚々と持っていくといいよ」


 返答はなく、バタンと勢いよく扉がしまった。


「それにしても、誰の名前なんだろ」


 ジュリエは抜き取ってあった紙を開いた。


 塔の主、シリル。

 書かれた紙を破れば、可及的速やかに、訪れよう。


 ジュリエは塔というのが、魔法使いの塔を指し、その主とは筆頭である、ということを知らなかった。


 その日、エリは帰ってこなかった。

 寮の管理人に尋ねたところ、外泊の届けが出ているとそっけなく返された。そんな話は聞いてなかったのにと胸騒ぎがした。


 そして、エリはもうこの部屋には戻ってくることはなかった。

 荷物を取りにやってきた者も何も言わず、ただ、ジュリエに紙を押し付けた。


 遠方に嫁ぐことになった。

 今までありがとう。


 これだけが書かれた紙は、涙の跡があった。


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