明日の話を。
そうしてしばらくしてミアが部屋の窓を開けた。
涼やかな風が吹き込んでくる。それにあわせたように魔法使いたちが入ってきた。三人というのは、少ないとも思えるし、実力者のみを送り込んできたとも考えられる。
「お邪魔するよ。
ああ、やっぱり魂が2つだな。おかしいと思ったんだよ」
魔法使いの一人が部屋を見回してそういう。それからおもむろに虫取り網のようなものを振り回した。何かが入っているらしいが、ミアには視認できない。ただ、魔力の塊のようなものがあるのは認識できた。
「余計な魂が入っていた。
元々できないことを後天的に得ることはできない。こっちの魂のほうが未来視をしていたんだ」
それを確かめるために、死んだと心底思わせて魂を外に出す。ミアに与えられた最後の仕事だった。
一つのなにかを魔法使いは瓶に入れた。もう一つは体に戻す。思ったより力ずくな方法にミアは少々引いた。
「さて、この魂にはあとで囀ってもらおう。
我らが女王様には悪いが最後の泥をかぶってもらうことにして、ミアは悲鳴を上げて外に出てくれ」
「レジーナは元気なの?」
「元気で旅立っていったよ。まあ、ぎゃあぎゃあうるさかったけど」
想像がついた。ミアはぷっと吹き出す。魔法使いはまじまじとミアを見て、うーむと唸った。
「両方、というのもいけるか」
「何の話です?」
「こちらの都合。
さて、お仕事をしておいで」
ミアは釈然としない気持ちで、いままで上げたことのない悲鳴とやらをあげた。
ミアの悲鳴に気がついた者たちが部屋に入ってきた。飲み物を飲んでいきなり倒れたと冷静に伝えるミアは全く疑われることもなく、ヴィオラが運ばれていった。ぽかんとするほどに置いてきぼりだった。
ヴィオラは一週間ほど生死の境を彷徨い、気がついたときには記憶の一部を失っていた。
あの熱を出した日から、目覚めた日までのすべてをすっかり忘れていた。
それはあの日以降得た美徳も失うことになると近くにいた者は思い知ることになった。まだ成人したてなら許されたわがままも学園を卒業した今は許されない。
今まで怒られたこともなかったヴィオラは現状に困惑し、怒り狂った。それが周囲に失望をもたらすことも気が付かずに。
ミアはヴィオラが倒れてから一度も会わなかった。相手が望まなかったからだ。ミアの婚約者もミアの相手どころではなかった。
そうして、半年もたったころにはヴィオラは腫れ物のように扱われるようになっていた。
前のほうが良かった、元に戻らないだろうかとひそひそと話をされることもあるらしい。そのくらいにひどいという話だが、おそらく落差でそう思われているだけだろう。前のヴィオラはうまくやりすぎた。
その火消しで忙しいのか侯爵家からミアへの接触は極端に減っていた。
ミアは卒業後は侯爵家に住むはずだったが、その予定がなくなり王家の用意した別邸に滞在していた。そのことについてなにか言われることもない。
別邸は複数の魔法使いがシェアしている屋敷で、学園の寮の延長線上にあるようなものだった。ヴィオラのそういう噂を仕入れてくるのは城の遺産を扱っている魔法使いたちだった。面白がっているというよりは、人の変わり身の早さにドン引きしている。
このあたらしい屋敷でも護衛はつくし、行動の監視はされている。
ミアには前の護衛がそのままついていた。態度も変わることもない。
しかし、誰もいないときにポツリと問われた。
「死ねば良かったなぁって思わないんですか」
護衛からの問いにミアは首を傾げた。
「長生きしてもらいたいものだわ。
罰は長い方が良いでしょう?」
ミアの言葉に護衛は青ざめていた。彼も復讐を願ったというのにそこまで引かれる理由がわからない。
ヴィオラは数年の記憶もなく、いきなり大人になった感覚だろう。今まで通りに過ごすつもりが、そうはいかない。記憶のない間のヴィオラの行動を引き合いに出して、早くもとに戻ってくださいと言われる日々が続く。
魂が違うというのなら、決して同じにはならないのに周囲の者は全くわからない。
知らない誰かになれと言われ続け、そちらのほうが良かったとため息をつかれる。
家族でさえ持て余すような態度に傷つくだろう。
むしろ、家族のほうが冷淡かもしれない。役に立つのではなく面倒事を増やしている我儘娘は不要だろう。前が有能であったなら、今はとても無能の役立たずにしか感じない。今の彼女が普通のご令嬢と同じくらいであったとしても、だ。
ヴィオラに入っていた別の魂は別の世界からやってきて、この世界の未来を書物で知っていたといっているらしい。ミアが聞いていた話と中身はほぼ同じだが、ヴィオラは一度死んでやり直したことになっていたらしい。もう一度死ぬのは嫌だと前回の記憶を頼りに無双し溺愛エンドに至るというもの。
だから、死なないように頑張ったそうだ。溺愛とかどうでも良いから安全安心ですべてやったのにと嘆いているそうだ。
やり過ぎたんじゃない? というのが魂を捕獲した者の見解だった。
異界から来るというのはミアには信じがたいが、検証をしていた魔法使いたちにとっては未来視よりも納得できるものであるらしかった。瞬間的に未来を知ることは可能でも、長期的に知るのは難しいそうだ。
その彼女は瓶詰めの中で過ごしていくらしい。
「そういえば、婚姻はするんですか?」
気を取り直したように護衛がミアに問う。婚姻どころではないという侯爵家の事情から延期予定ではある。しかし、別の話も聞いている。
「破談になるって話ね。ヴィオラ嬢が魔法使いと婚姻することになったから」
「……そ、それはそれは」
実験動物のように観察される一生だろう。
ミアはヴィオラの死にたくないという希望を受け入れてあげたのだから、問題はないだろうと考えていた。
「そうなった場合、次の相手は未定よ。
勝手に決めていいって陛下もおっしゃっていたし、独身でも構わないのだそう。まあ、子供の一人や二人は欲しいとか都合の良いことを言っていたけれどね」
この件はどちらかというとレジーナを始めとして口うるさい友人が口出ししてくるだろう。そうでなくてもレジーナは結婚ぶち壊しますねと物騒な予告を出している。ミアは破談になるから静かにしててと手紙を送っているが。
ただ、未婚である以上、うるさくは言われるだろう。それならば。
じっと護衛を見ると彼は少しばかり身構えたようだった。
「私、あなたにお願いがあるの」
「なんでしょう」
「あなたのいとこの墓参りがしたいの」
「故郷までの移動許可は出ないでしょう。代わりに行ってきます」
「あなたの領地に遺産はあるの?」
「へ?」
「遺産管理してあげるわ」
「……実家と相談してみます」
複雑そうな顔の護衛にミアは微笑んだ。




