さいごの……
念入りに手回しをした卒業パーティーがはじまった。その日は多くの魔法使いたち出席していた。未来視で得た情報により、未来は変えられるのかということを検証するために。
ミアは婚約者と出席していた。ヴィオラは婚約者とよりを戻したようで、一緒に参加していた。二人は表面上は仲睦まじい様子だった。ただ、ほんの少し温度差があったようにミアには見えた。
緊張の面持ちのヴィオラはミアを見つけると嬉しそうに駆け寄ってきた。ご令嬢としてははしたないと言われるようなところだが、周囲は微笑ましいものを見るようにしていた。
今、この場にはヴィオラのことを咎めるような者はいない。断罪されぬためには今までの功績では足りぬと言わんばかりにこの数ヶ月、あたらしい発見をし、それを皆に広く公開していた。それにより侯爵家はより名声を得ていた。
ヴィオラは慈悲深き、欲のない、という評判は、一方で浅はかで時勢も見極められない未熟さとも評されている。
それには名を高めた侯爵家へのやっかみがあるだろう。急な富と栄光は嫉妬を煽りやすい。それをよく知っている侯爵は度々ヴィオラをたしなめていたが、彼女はお父様の分からず屋と評していた。
「ミアとお兄様はとてもお似合いですね」
ミアは予想外の言葉に、顔をしかめてしまった。だれが、こんな男とミアは隠すことができなかった。なにか聞かれると困ると身構えたが、ヴィオラは兄にしか注意を向けていなかった。
ほっとしたのもつかの間、視界の端にレジーナが見えた。一人で寂しくいるようで、少し距離をおいて数人の魔法使いが注視していた。
レジーナはミアに気がついたように微笑んだ。いつもの笑みとは程遠い儚さを全面に押し出していた。
演技力に自信があるといったままにすべてを失いつつある儚いご令嬢に見える。前日から食事をぬくのがコツといっていた。
確かにいつものレジーナでは同情も引けないだろう。
なんだか全部なぎ倒していきそうで。
「……たのしみね」
「そうだな。ミアもそうだろう?」
兄妹の会話を聞いていなかったミアは曖昧に微笑んだ。勝手になにか判断し、兄妹は楽しげに話をしていた。今度は聞いていたが、どうも結婚式の話をしていたらしい。それも数ヶ月も先の話だ。ミアの認識としては魔法使いの婚姻の常として略式か書類で処理で終わるものである。彼らはそうではなく、普通の貴族のようにする予定らしい。
それこそ、王家が嫌がるものだろう。魔法使いの顔を広く見られるところになど置きたくない。
ミアも含め、魔法使いは街に買い物と気軽に出かけることすらない。元々出かけたくない質であるのとは別に外に顔を知られないようにしているところもあった。学園内は身分のしっかりした者しか入れないし、国外からの留学生はよほどでない限り入学を許可されない。
似顔絵を描くことすら禁止事項である。
それなのに、とミアは呆れる。
この二人にとってはどこまでいっても平民の娘であるらしい。人扱いされているにしても、喜ばしくないこともあるのだとミアは思う。
ひとしきりその話を楽しんだあと、ヴィオラはミアへ視線を向けた。
「じゃあ、ミアを借りていくわ。大切な用があるの」
それが合図だった。
ヴィオラはレジーナを呼び出し、皆に知らせた。
魅了の魔法を使い男性を惑わせ、その婚約者である女性を悲しませた罪。
常時の魔法の行使は許可されておらず、規定違反をしていること。さらに、人の心扱うものは禁呪であり、許されないこと。
また、貢物を要求し、私腹を肥やした。
そこまでの話では周囲は困惑していたようだった。
「それに加え、国外へ情報を流したという事実があります。
また、病の研究をしていたと。病原体を人に植え付けるという実験も」
その言葉に人々は驚いたようだった。流行り病の対処法は見つかったとはいえ、まだ恐ろしいことには違いがない。
その病を研究しているということだけでも恐ろしいように聞こえたのだろう。
レジーナを見る目が変わっていく。
ヴィオラはそれらの罪があり、辺境への追放が決まったと告げた。
国王陛下直々に書かれた書状は正式な勅命であった。
ただ、署名に見せかけた文字は魔法使いの使う前文明の文字だった。
『少し避難しているように』
辺境への追放、と言う名の避難だった。それを読むのは魔法使いと一部のものだけである。ヴィオラには読めない。その兄にも。
「そ、そんな。私はなにも。みんな仲良くしていただけで。
病気の件も知識欲で」
「婚約者のいる者に近寄らないという話は何回もしました。
また、二人で外出していることも判明しています。被害にあったご令嬢への申し訳なさはないのですか」
「え、ないですよ」
ここだけレジーナは素で答えていた。知識の贈呈に対する報酬が貢ぎ物とされていることもミアは知っている。
事実、貢物とレジーナが言っていたのも悪いのだろう。
「捕らえていきなさい」
ヴィオラは衛兵に命令をしていた。
肩を落として去りゆくレジーナ。そのあとをミアの護衛がついて行っていた。ミアが気がかりのように振り返ったが、ミアは微笑むだけだった。
ヴィオラは、皆様お騒がせしました、これで安心していられるでしょう、そう言って一礼し、広間の外へ向かった。
ヴィオラの婚約者はその後を追う。また、取り巻きをしていたご令嬢も興奮したように話をしながらついていく。
ミアは少し思案して、最後に追うことにした。
彼女たちは広間の外の廊下を少し進んだところにいた。
ミアが姿を見せたことで、ヴィオラはほっとしたように微笑んだ。
そして、ミア以外を遠ざけて一室に行くことになる。
ヴィオラはミアの用意した祝杯を疑うこともなく飲み干した。
どうして、と問うヴィオラ。
ミアは冷ややかに見下ろした。
「あんなに良くしてあげたじゃない」
途切れ途切れそんな意味のことを聞かれた。
「あなたの価値観では、そうでしょう。
私の大事なものを最初に奪ったのはあなたの家です。あなたのわがままを許した侯爵家を許しはしない」
「だいじなもの?」
きょとんとしたような顔が幼児のようにあどけない。
「ええ」
いまならミアにもわかる。あの幼いころのミアは護衛に好意があった。恋にも近い思いは自覚をする前に奪われ永劫結末が見つからない。
その後に付いた護衛は彼のいとこだという。本当は、死んだ原因の魔法使いを見てやろうとやってきたらしい。途中で気が変わって、亡くなったいとこの代わりについていてやろうと思ったそうだ。昨日、思い詰めたような顔でそう告白してきた。
その上で、くれぐれも愚かなことをしないようにと釘を差してきた。
これが愚かかどうかはミアにはわからない。
しかし、これは王家の承認は得ている。今日のこの日までの未来視しかできないであろうと報告している。この先も同じような調子で進言してきても、それの精度はない。
確定した事を告げる聖女ではなく、ただの素人の令嬢の言い分となってしまう。それなのに、影響力は計り知れない。思いつきの言葉に振り回される未来は容易く想像できた。
「命の重さは誰でも変わらないといっていたなら、一人死んだ分は一人で贖ってもらっても構わないでしょう?」
それはヴィオラが言っていたことだった。だから、ミアとも同じであると。
ヴィオラは目を見開いて、そんなと呟く。
「では、さようなら」
助けてと懇願する声をミアは笑みで無視した。
動かなくなるまで。




