さいごのひ
死にたくないもの。
彼女はそう何度も口にした。
だから、ミアは微笑んだ。
そのときは最後までお供しましょう。とだけ告げて。
「ようやく、だわ。
おしまいね」
安心したように彼女はソファに座った。ずっと震えていたことをミアは知っていた。
ヴィオラは今日、婚約破棄される予定だったという。断罪され、国境に捨てられ死ぬ運命にあったと。選ばれない悪役令嬢と未来視をして。
そうミアには言っていた。ミアはそれを否定も肯定もしなかった。
今日、婚約破棄されることはなく、逆に暴虐な魔法使いをやり込め、国境へ追い払うことになった。
そして、少し疲れたと部屋に下がってきた。お供をしたがる婚約者たちを置いて、選ばれたのはミアだった。二人だけの部屋で、やっと安心できるとヴィオラは呟く。
「お祝いしなくては」
「そうかな」
「そうですよ。
どうぞ」
彼女はミアが差し出したお酒をためらいもせずに口にした。
飲み干してしばらくして、ヴィオラは眉を顰める。その毒は痛みを覚えるまで時差がある。そして、気がついたときには血を吐く。
「なにを、したの」
「祝杯です。私の」
ミアはそう答える。
毒を警戒して一口だけ含んで確かめる習慣さえ忘れるほどに、二人は仲良しに見えた。
「ミア、どうして」
彼女は戸惑ったように問う。
「あら、お亡くなりになるときにはおそばにいるとお約束はしましたわ。
こんな特等席、逃すことはありませんもの」
「あれは」
「もしあなたが追放されるときにはご一緒に、そう理解されたのですよね。
私は違いました。
今日、この日をどれほど待ち望んだことか」
愕然としたような顔にミアの微笑みが崩れそうになる。感情を覆い隠すにはとても便利だった仮面だ。激情などヴィオラには欠片も見せたくはない。
「あのときはごめんね? ゆるしてくれる?
そうおっしゃいましたよね」
「ゆるしてくれたじゃない」
聞こえ難い声に毒の選定を失敗したなと後悔した。次があるなら、もっとうまくやりたいものだ。
「あなたを許さないという選択を用意せずに、そうしなければいけないようにして、よく言いますね。
でも、私も一度は口にしたことなので、あなたは、許すことにしました。本当に悪かったのはあなたではありませんでしたし」
彼女は血を吐いて汚れた顔でミアを見上げる。
麗しいと称えられた顔は、血で汚れてもとても美しい。
「どうして?」
理解しがたいという顔の彼女はきっと覚えてすらいないのだろう。あるいは些事だと。怒りよりも痛みよりも、がっかりした。
怯えたヴィオラを見下ろし、ミアは始まりの日を思い出していた。