10.
本編10話です。前回の続きです。
だんだんと光が収まってきて、耳鳴りも大人しくなってきた。
目を開けると、先に回復していた竜胆さんが、心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「だ、大丈夫そう?」
「…、無理かもしれません」
「えっ、頭痛い?それとももっと別の…」
「大丈夫です。それよりさっきの、」
鞄をもう一度確認する。先ほどと比べると眩しくはないが、ほんのりと光っている指輪がそこにあった。摘まみ上げて観察する。さっきは見つめていたら光り始めたので、すぐに目を離して彼女に向き直る。
「日葵ちゃん、一回その指輪見せてもらってもいいかな」
「返してくれるならいいですけど」
「もちろん」
指輪を手に取り、回してみたり、照明に照らして透かしてみたり。しばらくそうしていた彼女は、一つうなずいて私に返してきた。
「やっぱり。所有者が登録されてるよ」
今の一瞬でわかったのか?何をどう見たら所有者がわかるのか教えてほしい。
魔法少女に変身できるから、そういったものを認識する能力が備わっているのだろうか。
訝しげにしている私を見て、恐らく理解が及んでいないと感じたのだろう。彼女は少しかみ砕いて教えてくれた。
「つまり、それはもう君のものってこと」
「…、どうして何でしょうか。ちょっと光ったくらいで決まってしまうものなんですか」
「うーん、本来はもう少し手順がいるはずなんだけど。日葵ちゃんの適性が特別高かったとかかな。そうじゃないと説明がつかないよ」
「本来?」
「うん。儀式じみた手順を踏まないといけないんだよ。先輩の魔法少女が新人に指輪を嵌めてあげて、そこに新人の血をたらす。そうして魔法少女に変身できるようになるんだ。でも、嵌めているわけでも触れたわけでもない。だからわからなくてね」
勘弁してくれ。イレギュラー続きだというが、今の状況がもう私にはイレギュラーなんだ。こっちは標準がわからないから、相手が嘘をついているのかがわからないのに信じるしかない。
つまり、結果正規の手段でなくともできたということは、本来は別の方法で登録しているということ?もしくは、この状況が仕組まれているか。流石に考えすぎであってほしい。
いや、もうそれを考えるのは止そう。今考えたって無駄だ。もっと別のことを考えてみよう。そう、例えば。
「ということは、私も変身できるってことでしょうか」
人前に出されるのならともかく、あんなにかわいい衣装が着られるのは単純に嬉しい。
ステルス機能がついていると言っていたはず。ということは、その姿を万が一見られるリスクもない。
魔法少女の役割を考えれば、デメリットが大きすぎるけど。
「できると思う。でも、それはつまり君が魔法少女になるってことだよ。正直、おすすめできない。機械を壊すだけの簡単な仕事じゃないんだ。相手だって抵抗してくる。その過程で怪我もするし、最悪死ぬことだって考えられる。」
何回も警告をするのは、危険性を理解しているから。知っているから。
それは、本人が現在も続けていることと矛盾しているようにも見える。
知っていても、本人は魔法少女であり続ける。明確な理由があるはずだ。
あるいは、辞められない理由がある。そういった点でも、本来なら関与しない方がいいことなのだろう。
それでも私は、突き進まなきゃいけない。
「これは憶測なんですけど。この指輪に登録したら、解除するのって難しいんじゃないですか」
「、そもそも聞いたことないよ。登録の解除も、今回みたいな例も。」
竜胆さんは苦い顔で言った。それが本当かなんてわからない。
姉のことを知っていようが、一見いい人に見えようが、それが信用できる理由にはなりえないということ。幼いころに教わった、知らない人に着いていかないことと同じ。
あの先輩の1件で、改めてわかったことだ。
「もしできたとしても、その指輪は返してもらうことになる。そうじゃなくても、君はお姉さんを覚えている数少ない人間だ。奴らに襲われる危険性だってあるんだよ」
危機感は常に持っておかねばならない。それなら、どっちに転んでも同じだ。
「それなら私、魔法少女になります。お姉ちゃんの手掛かりは、もうこれしかないんです。手放したくないし、諦めたくない。何も知らないまま指をくわえて待ってるなんて、できっこない!!覚えてる私が!やらなくちゃいけないんです、だから、」
その先を言いかけた私を、部屋に設置された電話が止める。
彼女は電話を素早く取り、店員さんと話しはじめる。
頭の中が真っ白になり、焦りが襲ってくる。
落ち着け、落ち着いて。
大丈夫、ちょっと冷静じゃなかっただけ。
まだ、まだだ。今はまだ焦るときじゃない。
激情に任せて隙を見せるな。この人をまだ信用しちゃいけないんだから。
「日葵ちゃん、延長はいいね?」
「、はい」
「じゃあ、一旦お会計して出ようか」
真顔になった竜胆さんに、大人しくついていく。
会計は竜胆さんがしてくれた。私は割り勘のつもりだったが、彼女は奢ると言ってきかなかった。有無を言わせぬ強固な姿勢と真顔に
少しの恐怖を覚える。
店を何事もなかったかのような顔で出る。さっきの私の言葉は、ちゃんと伝わっただろうか。聞かなかったことにされていないか心配だった。
店を出て駅に向かう途中、信号のある通りでやっと止まった竜胆さんは、ずっと閉ざしていた口を開いて、静かに言った。
「君の気持ちはよくわかった」
否定されてしまうのだろうか、また反対されてしまうのだろうか。
どんな反応をされるのかが怖い。
しかし、そんな私の気持ちとは裏腹に、彼女は露骨に柔らかい表情で言った。
「ということは、君は私の後輩になるってことだ。私はスパルタだぞー?」
「っ、望むところです。よろしくお願いします、先輩?」
「うん、よろしくね」
こちらを見つめる瞳には、かすかな悲しみの色が浮かんでいる。
自分を心配している、寂しそうな瞳だった。
どんなに警戒しようとしても、思ってしまう。この人は、本当に良い人で、本当に私の身を案じて警告しているんだって。
どうしようもないことだとわかっていても、ギリギリまで引き留めようとしてくれる。この姿を、嘘だと思いたくない。
それでも私は、まだ彼女の隣で安心することができない。
魔法少女だって、それを始めたはずの誰かだって。
正義の味方として描かれがちな者でも、現実にそうかなんてわからないんだから。
もし正義の味方だったとしても、無条件で味方であるわけではない。
信用できる要素は、正義の味方だけでは足りない。
7月になりましたね。
今回も少し長めでした。
次回は8月の投稿となります。それではさようなら。




