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着眼点の違い、でしょうか





「デニスは、一体何を思ったのかしら?」


 王立騎士団への捜査協力を終え、精霊の道で自邸へと帰ったコルネリアは、供をして来たフランセン騎士団の騎士と共に父公爵に報告をし、即座に登城するという父を見送った後自室へと戻って、今、漸くゆっくりと紅茶を口にしている。


 お気に入りの座り心地のいいソファに身体を沈め、思い返すのは別れ際に交わしたデニスとの会話。


『すぐにでも帰りたいだろうに、わりぃ』


 それぞれ騎士との面談を終え、暫しコルネリアと話す時間が欲しいというデニスの願いをコルネリアが聞き届ける形で、ふたりはひとつの部屋に通され、壁際に騎士が居る状態で話をすることとなった。


『かまいませんわ』


 ふるふると首を横に振るコルネリアに、デニスは案じるような目を向ける。


『でも、家族だって王子様だって心配してるだろ?』


『家族は、そうですね。ですが、殿下がわたくしを心配なさることなどありませんわ』


 そう言い切るコルネリアからは、哀しみも心の痛みも伝わらない。


 ただ、本当に事実を述べているだけのその言葉。


『言い切るよな』


 苦笑して言うデニスにもコルネリアは動じない。


『それが真実ですから。ですが、だからこそ解せないのですわ』


『何が?』


『メレマ伯爵の行動です。わたくし、殿下とは婚約解消についてお話をしているところだったのです。つまり、メレマ伯爵家としてはただ待っていれば良かった。それなのにわたくしを害そうとしたがために、あれだけの罪が露見する事態となってしまったわけですわ』


 メレマ伯爵が、自身の娘を王太子妃としたかったのは分かる。


 だから、普通であれば王太子の婚約者である自分が邪魔だというのも理解できる。


 しかし、自分と王太子は冷めた仲であるのに対し、メレマ伯爵令嬢は王太子バスティアーン最愛の恋人として確たる地位を得ている。


 となれば、王太子が自分との婚約を解消しメレマ伯爵令嬢と新たに婚約を結び直すのを待っていれば良かった、それなのに余計なことをしたばかりに要らぬ藪蛇を招いてしまった、と真顔で言うコルネリアにデニスも真顔で頷いた。


『ああ。ありゃあ、すげえ罪状だったな。胸糞わりぃ』


『ええ。違法薬物に人身売買。あの誘拐犯三人組さんも関わっていたということなので、公爵令嬢を誘拐していた真偽など、余り関係無かったかも知れませんわね』


 ほう、とコルネリアが息を吐けばデニスが即座に否定した。


『それはねえな。俺を尋問した騎士も言ってた。あんたとフランセン公爵家の口利きがなけりゃ、俺もあいつらも処刑台一直線だった、って』


『まあ、少しでもお役に立てたのなら良かったですわ』


『それによ。あんたのお蔭で、今以上の被害者が出ることは無くなったんだぜ?』


『ええ。それは、本当に良かったです』


 嬉しそうに言うコルネリアを、デニスはくすぐったいような思いで見つめる。


『あんたほんとに変わってんよ。平民とか、俺らみたいな奴の心配するなんて。見かけは、その、これぞ貴族令嬢って感じですげえ綺麗なのに』


『あら。ありがとうございます』


 にこりと微笑んだコルネリアに頬を染めたデニスが、きちんとした礼を取る。


『フランセン公爵令嬢。この度は、危険なことに巻き込んだにも関わらず、助けていただきありがとうございました』


『ふふ。そうしていると、貴族令息らしいですわよ』


 揶揄うように言いながらも、コルネリアの目に偽りは無い。


『ありがとう。俺、あんたに会えてよかった。元気で』


『ええ。デニスもお元気で』


 コルネリアも貴族令嬢の礼をもってデニスに応えれば、デニスが喜色満面になった。


『っ。俺の名前』


『もちろん覚えましたわ。というか、幾度も呼んでいますわよね?』


 首を傾げ、不思議そうに言うコルネリアにデニスは益々笑みを深める。


『自覚した前と後じゃちげぇんだよ・・・あ、いや。とにかく、すげえ嬉しい。あんたに名前呼ばれんの、いいな。あのさ、さっきの話だけど』


『さっきの?』


 どのさっき、とコルネリアが首を傾げれば、なぜかデニスがぐぅと唸る。


『その仕草すげえ可愛い・・じゃなくて。王子様の恋人があんたじゃねえ奴、とか言ってんけど、王子様ともっとよく話しした方がいいんじゃねえの?』


『お話し合いならしていましてよ?殿下が、暫く距離を置こう、と仰ったので、そのような面倒なことはせず婚約破棄でいいのでは、とご提案しましたら、それはしないと仰るので、婚約解消の方向で進めて行こうと思っておりますの』


 理路整然と言うコルネリアに、デニスは首を傾げた。


『そこから何か、ちげえんじゃねえのかなあ』


『デニスは、殿下がどれほどメレマ伯爵令嬢に贈り物をしているのか知らないでしょう?それに何より、殿下とメレマ伯爵令嬢が一緒に居る所を見たことが無いから、そのように考えるのですわ』


 学院でもそれはもう、と遠い目になるコルネリアにデニスが頷く。


『まあ、その辺は許せねえけどな。他の女に贈り物して、あんたにそんな、指くわえて見てろって態度で示すような真似しやがって』


 拳を握り、怒りで震えるデニスに、コルネリアがころころと笑った。


『あら。それは大丈夫ですわ、デニス。メレマ伯爵令嬢に殿下がお贈りしたという品は、毎回メレマ伯爵令嬢から見せていただいているのですけれど、正直わたくし少しも興味が湧きませんの。あれなら、圧倒的に頂いた数は少ないですけれど、わたくしにくださった物の方がずっと好ましいですもの』


『へえ。どんな物貰ったんだ?』


『幾つかありますけれど。特に好きなのは、様々な宝石で緑の濃淡を見事に出している金細工でしょうか。頂いた物はどれも見事ですけれど、あれは別格です』


 無理している様子も無くきっぱり言い切るコルネリアにデニスが尋ねれば、コルネリアは迷うことなくお気に入りを口にした。


『緑色ねえ。確か王子様の瞳がそんなだったか。随分な独占欲じゃねえの』


『なんですの?よく聞こえませんでしたわ』


 ぼそぼそと呟いたデニスにコルネリアが問えば、デニスは殊更に明るい笑みを浮かべる。


『いや、なんで緑だったのかな、って』


『それは、わたくしの髪色が翠だからでしょう。好きな色でもありますので、あれは本当に宝物ですわ』


『うわー。王子様、伝わってねえぞ』


『デニス?さきほどから何ですの?』


 デニスが密かにバスティアーンに同情していると、コルネリアが怪訝な顔になった。


『なんでもねえよ。つかやっぱ、ちゃんと話せよ王子様と』


『お話し合いはしますわよ?』


 婚約解消の、とコルネリアが言いかけたところでデニスを迎えに王立騎士団の騎士が来た。


『じゃあ、元気で。またどっかで会えたら嬉しい』


『デニスもお元気で。見かけたら声をかけてくださいな』


 フランセン公爵家からの援護で情状酌量が認められたとはいえ、これから暫く騎士団預かりとなるデニスと公爵令嬢であるコルネリアが会うことは難しいかもしれない。


 それでも、どこかで見かけたら身分関係無く声を掛けてほしい、と上位貴族の方からしか出来ない提案をするコルネリアに嬉しく諾と返し、デニスは騎士と共に去って行った。






「・・・殿下と話しした方がいい、と言われましても、婚約解消のこと以外一体何を、という感じなのですよね。ああ、でも今の殿下は違うかも知れません。何といっても、わたくしメレマ伯爵家を追い詰めることをしてしまいましたから」


 発端は誘拐されかけたことだとはいえ、コルネリアはメレマ伯爵家を糾弾する証拠を数多く手に入れてしまったのである。


 メレマ伯爵令嬢であるヨランデをこよなく愛する王太子バスティアーンにしてみれば、それはもう許し難い所業なのではあるまいか。


「恨まれていそうですわねえ。それでなくとも、距離を置きたいほど疎ましい存在のようですし」


 呟き紅茶を飲んで、コルネリアはバスティアーンと婚約してから今までを思う。


「婚約して最初の頃は、王太子妃教育の終わりに一緒にお茶をする以外にも、純粋にふたりでお茶だけをする日もあって。結構な時間をふたりで過ごしましたわね。あら、懐かしい」


 バスティアーンがヨランデと親しくなって、まず王太子妃教育の終わりにしていたお茶会が無くなった。


 次いで、五日と間を空けずに招待のあったふたりきりの茶会もぐっと数が減った。


 そして、変わらずある王子妃教育で王城へ行く度、バスティアーンは今ヨランデと会っている、婚約破棄も間近なのに王太子妃教育を受けているとは、と嘲笑されて来た。


「ちょっと待って。考えてみれば、もう充分に距離を置いているのではありませんこと?」


 少しの間距離を置こうと言ったバスティアーンだけれど、今の段階でもう充分に、と気づいたところで、コルネリアは精霊の力を感じた。


《コルネリア。父様だ。入ってもいいかい?》


《はい、もちろんですわ》


 即座に返事をし、コルネリアは父を迎えるべくうきうきとソファを立って壁へと向かう。


「ただいま、コルネリア」


「おかえりなさいませ、お父様・・っ」


「コルネリア!」


 嬉しく笑顔で父を出迎えたコルネリアは、勢いよく飛び出して来たバスティアーンに両腕を掴まれ、余りの驚きに目を見開いたまま絶句した。





ありがとうございました(^^♪

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