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真実を知った王太子は驚愕する





「本日は、突然の願いにも関わらずお時間をいただき感謝申し上げます」


 コルネリアが関わった事件が収束し、コルネリアはフランセン公爵家の騎士団によって保護される、という名目のもと精霊の道で自邸へと帰り、ヘーレン子爵家の兄妹が王立の騎士団預かりとなって王都への道を辿り始めた、ちょうどその頃。


 フランセン公爵は、精霊の道で戻ったコルネリアの無事を確認すると同時に、コルネリアと共に来た騎士からメレマ伯爵の罪状に関する報告を受け、即時報告すべく手にした証拠の数々を手に王城を訪れていた。


「四人しかおらぬゆえ、挨拶など不要だ。して、首尾はどうだ?遂にメレマを追い詰められそうか?」


 高揚を隠し切れない国王に頷き、フランセン公爵は一枚の書類を手渡す。


「少なくとも、捕縛できる条件は揃ったかと。まずは、こちらをご覧ください」


「なっ。公爵!自ら攫われるような真似をするなど!コルネリアは無事なのか!?」


 国王、王妃と共にフランセン公爵の差し出した証拠の書類を見た王太子バスティアーンは、青くなってフランセン公爵に詰め寄った。


「はい。それは確認してあります。もう既に邸に帰っておりますし、外傷もありません」


 問題無い、と言うフランセン公爵に王妃がゆっくりと首を振る。


「だとしても恐ろしい思いをしたことでしょう。労わってあげて」


「そして存分に褒めてやるといい」


 王妃の言葉に国王も頷き、フランセン公爵は嬉しくその言葉を受け取る。


「公爵!すぐに見舞いに行きたい」


「殿下。今そのような理由で動くのは、得策ではないのではありませんか?明日にも、メレマ伯爵の密輸の証拠を押さえに行かれるのですよね?今回の襲撃事件で、メレマ伯爵の捕縛は可能になりました。他、すべての罪状において逃れさせないだけの用意もあります。その尋問の際、一緒に密輸の証拠も示せれば、一気に潰すことが出来ます。これ以上の好機はないかと」


 喰いつくように言ったバスティアーンにフランセン公爵が冷静に対応するも、バスティアーンは諦めない。


「確かに公爵の言う通りだ。しかし」


「今殿下が我が娘に会いに行けば、メレマ伯爵は警戒を強め密輸の証拠を移してしまうかも知れません。それに、恋人である殿下が自分以外の女に会いに行ったとなれば、メレマ伯爵令嬢も黙ってはいないでしょう。まあ、あの令嬢は姦しいというくらいの害ですが、油断はいけません」


「まあ、公爵。姦しいだけではなくってよ。王太子の恋人だからと王城の使用人を自分付きのように扱うし、わたくしの許可なく王妃宮に入ろうとするし、わたくしをお義母様と呼ぼうとするし、茶会では、既に王太子妃となることが決まっている、と明言して歩いているし、コルネリアを貶すことにも余念が無い。挙句の果てには、やんわりと注意をしたわたくしに『ティア様に愛されているわたくしに注意するなど言語道断ですが、そのティア様の母君ですので許して差し上げますわ』ですって。わたくし、もううんざり」


「ああ。それは、我が娘も申しておりました。いちいち、自分の方が王太子に愛されている、王太子妃に相応しいのも自分だ、と絡まれるのが面倒なので、さっさと婚約解消をしたいと」


「っ!」


 片手を頬に当て、ほう、とため息を吐く王妃に公爵が同意すれば、バスティアーンが絶句した。


「バスティアーン。安心しろ。公爵には、婚約解消は認めないと伝えてもらってある」


 瞬きさえ忘れたのではないか、というほど凍り付いたように動かないバスティアーンに、父である国王が解凍しろと声をかける。


「ですが、コルネリアは・・まさか。本気で?」


「両陛下との約束ですから、殿下と我が娘との婚約解消は有り得ない、と伝えてはありますが、娘だけでなく妻や息子、果ては一族の者達にまで、婚約者が居るにも関わらず他の令嬢に現を抜かすような殿下に嫁がせ、コルネリアを不幸にするつもりか、と責められるのは、かなり辛いものがあります」


 父国王の言葉にも安堵できないほど、あの時、距離を置くなど面倒なので婚約破棄で、と言ったコルネリアはそこまで本気だったのか、と衝撃から立ち直れないバスティアーンに、フランセン公爵の容赦ない追撃が襲う。


「し、しかし。あれは演技だと公爵も知っているではないか。秘密裡に、密輸の品の隠し場所を探るため、と」


 大切な家族、一族の皆を敵にしてまで、と、やるせない様子で首を振るフランセン公爵に、バスティアーンが焦ったような声を出す。


「ですが、それにより学院でも王太子殿下の恋人はメレマ伯爵令嬢、という認識が強まったとか。先ほど王妃陛下のお話にもございましたが、学院に於いても王太子妃となるのは自分、とメレマ伯爵令嬢は公言しているのだとか。我が娘はさぞ辛い思いをしていることでしょう」


「っ。それは、否定できない。だが、他の貴族がどう動くのかを見る好機だとも話ししたではないか」


「まあ、それはその通りです」


 メレマ伯爵令嬢ヨランデの言葉を敢えて否定しないことで、状況から勝手に王太子も妃にヨランデを選ぶ、と確信し、ヨランデこそが王太子の正しい婚約者であるかのように扱い振る舞う貴族子息、令嬢、そしてその親について確実に把握し、どの程度の動きを見せているのかも影によって追跡が成されている。


「煽っている立場の私が言うのもなんだが。否定もしないが肯定もしていない、という点を考えない者のなんと多いことか。自分達こそが真実の代弁者だとでもいうように、日々声高らかに喚いている」


 苦虫を噛み潰したかのように言うバスティアーンに、フランセン公爵の瞳が翳った。


「我が娘は、日々そのようななかに」


「すまない。公、侯爵の上位貴族ともなれば流石にそのような振る舞いはしないが、伯爵家以下、殊に子爵家、男爵家の者が酷い」


「信用できる友人がいる、とも聞いておりますし影の警護も付けておりますが、我が娘が暴力に晒されるのではないかと不安です」


 絶対はない、と言うフランセン公爵にバスティアーンも頷いた。


「流石にそこまでは、と言いたいところだが最近の増長ぶりを見ていると私も不安を覚えた。だからこそ、メレマ伯爵令嬢とその一派がコルネリアを害することが無いよう、コルネリアには、私と暫く距離を置かないかと提案もしたのだが」


 バスティアーンの言葉に、王妃が呆れたようにため息を吐いた。


「距離を置く?そのような事を言えば、コルネリアは益々誤解するでしょうに」


「いや、待て。バスティアーンよ。其方、フランセン公爵令嬢にきちんと説明をしたいゆえ、メレマ伯爵令嬢に自分が近づいた理由を告げたい、と許可を求めて来たではないか。そして私は、それを許可した」


 それがどうしてそのような話になった、と問われバスティアーンは遠い目になった。


「それは。まず、暫く距離を置きたい、という話をして、コルネリアが何故だと問うて来たところで、詳細を説明するつもりだったのです、が」


「コルネリアは、問うこともなく、受け入れてしまったということ?」


「いえ、王妃陛下。我が娘にとって、バスティアーン殿下の申し込みの理由など明らかなのですから、ならば婚約解消でいいのではないか、と逆に提案したのではないかと」


 フランセン公爵の言葉に王妃は絶句し、バスティアーンは項垂れた。


「ああ。フランセン公爵令嬢にしてみれば、折を見てメレマの娘と婚約し直したいがための申し出だという認識だということだな。だが、それならそれで、そこで説明すればいいだけのことだろう。バスティアーン。其方、フランセン公爵令嬢が誤解していることを理解していたからこそ、私に許可を取ったのだろう?何故、そうしなかった?」


 その場で、メレマ伯爵令嬢ヨランデに接近した理由を話せば、コルネリアとて納得したのではないか、と問われバスティアーンはため息を吐く。


「それが。メレマ伯爵令嬢が訪ねて来て喚いている、との報告を受け」


「はあ。放置しておくことも出来ず、話をしに行ってしまったという訳ね。コルネリアを放置して」


 母王妃の言葉が、バスティアーンの胸にぐさりと突き刺さった。


「待っていて欲しいと言ったのです。すぐに戻るから、と。ですが」


「待つわけないではないですか。自分の婚約者の恋人、と周囲も認める存在が自分が居るにも関わらず婚約者を訪ねて来たのです。しかも婚約者は、彼女のために席を立った。となれば、自分の方がないがしろにされている、とコルネリアが思うのも当然のことです」


「なるほど。その帰り道で我が娘は襲撃を受けたわけですな」


 ふむふむ、と顎を撫でるフランセン公爵に、バスティアーンは真摯な面持ちで向き直る。


「公爵。私が真実想うのも、唯一の妃にと望むのもコルネリアだけだ。私が不甲斐ないせいで、随分傷つけてしまったが、これからは」


「傷つけて、はどうでしょうか。そこまでの殿下への心情が我が娘には・・あ、これは不敬な真似を」


 バスティアーンの言葉を、思わず、といった様子で遮ったフランセン公爵がはっとしたようにバスティアーンに頭を下げた。


「いや、それはいいが。その、今言いかけたのは?」


「我が娘は、殿下とメレマ伯爵令嬢の件を、面倒だ、とは言いますが、特段悲しんでいる様子はありません」


 フランセン公爵に明言され、バスティアーンは唇を噛んだ。


「これからだ。これから、コルネリアに振り向いてもらえるよう努力する。だから公爵、そのためにも今日コルネリアに会いに行くことを許してほしい」


「殿下。安易に頭を下げてはなりません」


 フランセン公爵に対し頭を下げたバスティアーンをフランセン公爵が諫めるも、バスティアーンの動きは止まらない。


「公爵。バスティアーンの願いをきいてやってくれないか。あの方法なら、メレマに気づかれずに公爵邸に行けるだろう?」


「フランセン公爵。わたくしからもお願いしますわ。バスティアーンのコルネリアに対する想いは本物です。それは、ただ単に女性として愛するだけではなく、ひとりの人間として、政を共に担って行く存在として、尊敬もしているのです。そんなコルネリアを裏切るような真似、いたしませんわ」


「どうだろう、公爵。そろそろ、あの秘密をバスティアーンに教えてもいいのではないだろうか」


 国王、王妃に揃って願われ、フランセン公爵は改めてバスティアーンを見た。


 あの秘密、精霊の力の事を次期国王であるバスティアーンに告げる頃合いは、フランセン公爵に一任されている。


 フランセン公爵としては、バスティアーンとコルネリアが婚姻すると確信を持てるまでか、逆にバスティアーンがコルネリアとの婚約解消を望む場合、婚約が解消され、コルネリアが次の縁を得るまで秘密を教えるつもりは無かった。


 それは、国王へ精霊の力を有すことを報告するのは臣下としての義務と承知しつつも、利用させるつもりはない、という明確なフランセン公爵の意志表示だった。


「国王陛下、王妃陛下。ひとつお約束ください。もし万が一、我が一族の秘密を知った王太子殿下が、私利私欲のために我が一族、我が娘を利用せんとすることがあれば、我ら一族は即刻この国を離れる。その許可をいただきたく」


「公爵。バスティアーンは、私欲で力を求めるような者ではない」


 フランセン公爵の物言いに国王が眉を顰めるも、王妃がそれを軽くいなした。


「公爵が言いたいのは、バスティアーンがコルネリア以外の女性に本気になった場合、コルネリアの力を欲するがためだけにコルネリアを正妃として、その本命の女性を愛妾とすることなど許さない。そのような時には、潔くコルネリアとの婚約を破棄することを望む、ということですわ」


「公爵、それに違いないか?」


「はい」


「そうか。ならば相分かった。バスティアーンが、そのような愚かな選択をすると判断した時には、私の権限でふたりの婚約を即刻解消、もしくは破棄しよう」


「ありがとうございます」


「お待ちください!私は、不貞などしません。ましてやコルネリアを利用するなど」


 当事者である自分を蚊帳の外に三人が頷き合うのを見て、堪らなくなったバスティアーンが声をあげるも三人はおざなりに頷くばかり。


「公爵、ここから行くか?」


「バスティアーン。お見舞いの品はどうするの?貴方、色々コルネリアに贈り物を用意しているの、知っているのですからね」


「え、あ、見舞いの品・・ここから行く?」


 ということは今日これから行くのか、いつのまにそういうことに?しかし、ここから行くというのは?そもそもフランセン公爵の秘密というのは、と混乱しきりのバスティアーンは、フランセン公爵が国王と王妃に一礼し、壁へとすたすた向かうのを見た。


「見舞いの品、ですか。急なことでもありますし、とりあえず今日は何も無くとも良いでしょう。我が娘も気にすると思えませんし」


 面倒そうに言うフランセン公爵は、本当にバスティアーンが見舞いの品を用意する僅かの時間も待ってくれる様子が無い。


「そんな訳には行かない!すぐに用意するから少し待っていてくれ!」


「なら、これを」


 本当にすぐに戻るから、と慌てて部屋を出ようとするバスティアーンを止め、フランセン公爵は花瓶に生けられている花のなかから一輪取り出し手渡した。


「これ、って公爵」


「王城の、王家の方の為のサロンに飾られていた花です。充分ですとも」


 渋い顔で受け取ったバスティアーンに、フランセン公爵は涼しい顔で答える。


「バスティアーン。今日のところは時間も無い。それで何とか誠意を示して来い」


「そうよ。たくさん用意してある贈り物も、直ぐに渡せるから安心して。何よりコルネリアとより自由に会うことが出来るようになるの。良かったわね」


「え?母上、それは」


 確かに、メレマ伯爵の件が片付けばコルネリアと会うのに制限など無くなるが、と戸惑うバスティアーンの疑問など知らない風で、フランセン公爵は国王と王妃に暇の口上を述べる。


「それでは国王陛下、王妃陛下。帰りもお送りしますのでご心配なく」


 何故か嬉しそうに微笑む母と、その隣でやはり満足そうに頷いている父に、それはどういうことかと聞きかけたバスティアーンの言葉を遮り、フランセン公爵は国王と王妃に退室の礼を取った。


「ああ。頼んだ」


「バスティアーン。コルネリアによろしく伝えて。またふたりだけでお茶しましょうね、って」


「はい。必ず」


 そう言って扉へ歩き出そうとしたバスティアーンに、壁に向かって立ち止まったままのフランセン公爵が声を掛ける。


「殿下、どちらへ?やはり、我が邸へいらっしゃるのはおやめになると?」


「何を言う、公爵。扉はあちらだ」


 公爵邸へ行くためには、まずこの部屋を出なくてはならない。


 その出入口である扉へ向かわず何とする、と怪訝な顔をするバスティアーンに、フランセン公爵は動じることなく言い切った。


「陛下も仰っていたでしょう。メレマ伯爵に気づかれずに我が邸へ行く方法。それが、こちらでございます」


 言うなり、フランセン公爵は壁に指で大きな半円を描いた。


「なっ!?」


 そこにぽっかりと開いた洞窟のような穴を見、驚愕しているバスティアーンを待つことなく、フランセン公爵はすたすたと進んで行く。


「これは、道、なのか?」


 洞窟のように見えたそこには一筋の道と思しきものが見え、バスティアーンは不思議なそこを、上下左右見渡してしまう。


「公爵に付いて行けば大丈夫よ」


「はい。では、いってまいります」


 そんな母の言葉を背に、バスティアーンは生まれて初めて見るその美しい道へと一歩を踏み出した。







ありがとうございました♪

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