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有り得ませんわ





「いいですか。妹さんの姿を見つけて舞い上がっても、くれぐれも騒がないでくださいね?」


「くどいぞ。分かったって言ってんだろうが」


「はあ、心配です。あ、それと少々失礼」


 騎士団へ指示を出すため執事を呼び出し、と動き始めたフランセン公爵を横目に見ながら、コルネリアはデニスの額に指を当てた。


「なんだよ?」


「さあ、行きましょう。お父様、行って参ります」


「ああ。すぐに騎士団も向かわせる。到着までは、大人しく保護対象と共に潜んでいなさい。決して無茶をしてはいけないよ?」


「はい。お父様」


 父公爵に出掛けの挨拶をし、コルネリアは指で壁におおきな半円を描く。


「おい、何して・・・は!?」


 そのような事をしても何も起こらない。


 その常識のもと、この緊急事態に何を、と言いかけたデニスの前にぽっかりと道が拓いた。


「なんだ、これ」


「精霊の道ですわ」


「あ、ちょっと待てよ!」


 言いつつさっさと歩き出すコルネリアに遅れじと、デニスもその空間へと足を進めた。


「洞窟?にしては天井が高いし、何かすげえ不思議な感じがする」


「きれいでしょう?」


 周囲が、光彩を抑えた虹色に輝くその場所を、コルネリアは愛おしそうに見つめる。


「ああ、すげえ。でもよ、今回は目隠ししなくて良かったのか?自分で言うのも何だが、俺口軽いぞ?」


「ええ。そう思ったので、ここで見聞きした不思議なことをデニスが誰かに伝えようとしても、出来ないようにしました」


「は?」


「口で伝えることも、文で伝えることも出来ないよう制約をかけました」


「なっ!勝手に」


「説明する時間が勿体無かったのですもの。どのみち、妹さんを助ける為に必要となればデニスは受け入れたでしょう?」


「まあ、そうだけどよ」


「この不思議な力。精霊の力について誰にも伝えられないだけで、他には何も支障ありませんし。目隠しするのも面倒」


「おい!俺の扱い雑じゃねえ!?」


 しれっと言い切られデニスが叫ぶもコルネリアはそれには答えず、ただ足を進める。


「わたくしに付いて来ませんと、空間で迷うことになりますわよ?」


「うおう!ちょっと待て!」


 脅すでもなく、小首を傾げて当然のこととして言うコルネリアに恐怖し、デニスは拗ねて止めていた足を慌てて動かした。








「さあ。こちらですわ」


 暫く不思議で美しい空間を歩いた後、コルネリアが立ち止まったのは壁と見える場所。


「ここにアニタが?」


「ええ。王都郊外の古い邸のようですわ」


「郊外!?そんな距離歩いてねえだろ!」


 王都郊外まで歩くとすれば一日は軽くかかる、とデニスが叫ぶ。


「精霊の道ですから。それよりいいですか?妹さんの姿が見えても、くれぐれも」


「静かに、だろ。しつけえんだよ」


「本当に静かにしてくださいね?妹さんにもそのようにお伝えして、騎士団が来るまでは」


「分かったからさっさとしろよ」


 うんざりしたように言うデニスにため息を吐き、コルネリアはそこに入口を開く。


「アニタ!!」


 瞬間、部屋に蹲る少女の姿を認めたデニスが走りより、その口を塞いでいた布を外す。


「デニス、騒いでは」


 コルネリアも慌てて部屋に入り、ふたりを止めようとするも時既に遅し。


「お兄ちゃん!」


「アニタ!アニタ!もう大丈夫だからな!」


「怖かったよう!おにいちゃああんん!」


「アニタ!」


 アニタ、と思しき少女を抱き締め名を叫び続けるデニスと、デニスにしがみ付いてぎゃんぎゃん泣きわめく少女、という構図があっという間に出来上がった。


「はあ。終わりましたわね」


「何が終わったんだよ?アニタ無事だったじゃねえか」


 大きなため息を吐いたコルネリアを、デニスは不満そうに見た。


「くれぐれも静かに、とわたくしは言ったはずなのですけれど」


「ああ。言ってたな。でも何でなんだ?」


「考えてもごらんなさい。妹さんは監禁されているのですよ?ということは、犯人もすぐ近くに・・・ああ、来ましたわね」


 分かり切っていた、と言わぬばかりにコルネリアが指を差すと同時に、勢いよく扉が開く。


「なんだ、うるせえぞ!猿轡外しやが・・なっ、なんだお前ら!」


「なんだよ、どうしたってんだよ・・なっ!」


「おっ、上等な女じゃねえの。あんた名前は?」


「コルネリア フランセンですわ」


「なに悠長に名前なんて聞いてんだよ。どっから入ったのか・・って。フランセン?」


 にっこりと名乗ったコルネリアに、侵入して来た三人の男が固まった。


「公爵令嬢をかどわかした、なんてなったら極刑」


「つまり、死罪」


「だから、公爵令嬢に手を出す方は断って、貧乏子爵の娘だけをさらった筈」


「「「なのに、なんで居るんだ?」」」


「なんで、と言われましても。お招きくださったのは、そちらでしょう?」


「「「招いてなんていねえよ!」」」


 これぞ貴族令嬢という余裕で答えつつ、コルネリアは懸命に精霊の力で騎士団と連絡を取る。


《今、どの辺りまで来ていまして?》


《はっ。間もなく到着できます》


《わたくし、犯人と遭遇してしまいましたの。ですから》


《なっ!分かりました!これより更に馬を飛ばします!》


 なるだけ速く来てほしい、というコルネリアの言葉が終わらないうち、フランセン公爵騎士団の屯所のなかで最も近い場所から出動した騎士達は叫ぶように言って通信を終えた。


「捕まれば極刑。なら、捕まらなきゃいいだけだよな」


「ああ」


「ほら、大人しくしろ」


 攫った覚えの無い公爵令嬢まで居たことで一時混乱した男達は素早く体勢を整え、コルネリアたちにナイフを突きつける。




 えーと、この状況は何かしら?




 ナイフを三方から突き付けられた途端、アニタとデニスがコルネリアの背中に張り付いた。


 子爵令嬢であるアニタが、恐怖に震えてコルネリアに縋るのは分かる。


 まあ、兄であるデニスが居るのだからそちらでも、と思わなくもないが、まあ分かる。


 分かりたくないのは、そのデニスまでもがコルネリアに縋り付いていることである。


 


 ないわー。




 思わず内面で俗っぽく呟いてしまったコルネリアに落ち度はないと思われるその状況を、男達も苦い顔になって見つめる。


「おいおい、女に縋るなんざ男が廃るってもんだろうがよ」


「みっともねえ姿さらしてんじゃねえ」


「ったく、男の風上にもおけねえ」


 挑発する、と言うよりは呆れたように言われるも、その手に揺れるナイフが恐ろしいのか、デニスは益々身を縮こまらせた。


《お嬢様!騎士団、到着いたしました!ご無事ですか!?》


《ええ、大丈夫。ここ、窓から見える景色からして二階なのは確かなのだけれど、明確な場所は分からないわ》


《そう大きな邸ではありませんので、問題ありません。では、このまま突入します。今しばらく御辛抱を》


 背中にぷるぷる震える子爵家の兄と妹を庇いつつ、コルネリアはほっと安堵の息を吐く。


 


 それにしても、これほど情けない殿方を見たのは初めてですわ。


 


 フランセン公爵の一族は、皆一様に強い。


 精霊の力に驕ることなく剣や弓の稽古に励み、いざという時には今日のように迅速な動きを示す。


 


 まあ、わたくしも然程守られたい方ではありませんけれど、いくらなんでもこれは。


 そういえば、殿下の武勇はいかほどなのかしら。




 コルネリアが持つバスティアーンの情報といえば、彼が尋常でないほどの魔力量を有しているということくらい。




 結構身のこなしも機敏でいらっしゃるから、ヨランデ様が危機に陥った時には颯爽と救出なさるのかしら。




 騎士団が邸内に突入したのだろう喧騒を聞きながら、コルネリアはそんな事を思っていた。




ありがとうございました♪

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