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甘すぎますわよ、襲撃者さん





「こっちだ」


 おとなしく馬車を下りたコルネリアを、襲撃者は森の中へと(いざな)う。




 え?


 馬車はそのまま?


 馬も繋いだままで、無傷の御者が乗っていますのよ?




 これでは、襲撃されたと報告に走ってくれと言わぬばかりではないか、とコルネリアは被害者でありながら心配してしまう。


 もしかして単独ではないのかも、と辺りを見渡すも人っ子ひとり居はしない。


《トム。貴方も邸へお帰りなさい》


 それでも念のため距離をあけてからそう指示を出し、コルネリアは襲撃者に話しかけた。


「そのナイフ、メレマ伯爵家の物ですね」


「なっ、何故分かる!?」


「紋章、覚えていますから」


 つ、とナイフに彫られた紋章を指させば、襲撃者は明らかな動揺を見せる。


「紋章で分かるのか」


「ええ。そういう教育を受けましたので」




 それに、メレマ伯爵家といえば殿下最愛の恋人、ヨランデ様のご実家ですからね。


 嫌でも色々目にしますのよ。




『ティア様にいただきましたの!あ、ティア様って呼んでいい、ってちゃあんと確認してありますからご安心を。ふふふ』


 そう言って見せつけられた、紋章入りの細々とした品々。


 しかし、そのどれもがコルネリアの興味を引くものでは無く、むしろ子どものおもちゃじみていると感じたことに、コルネリアは安心していた。


 それに、バスティアーンを奇妙な愛称で呼びたいと思ったことも無い。


 


 これで、羨ましいとか思うようなら辛かったのでしょうけれど。




 幸い、バスティアーンが恋人であるヨランデに贈った数々の物よりも、コルネリアは自分に贈られた物の方がずっと好きだった。


 


 義務でもいいものをくださっていた、ってことよね。


 細工や材料。


 どれをとっても素晴らしい物ばかりだもの。




 コルネリアは、自分がバスティアーンから贈られた品々を、バスティアーン本人が選んだとは思っていないが、ヨランデは一緒に買った、と言っていた。


 つまり、恋人とは共に買い物をし、しかも自分の個人資産で買いたい、しかし数は多く贈りたい、という矛盾した気持ちゆえに、余り高価な物は贈れないのだろうとコルネリアは思い、それなら義務でも好みの物が貰えてよかった、とひとり頷いた。


「ねえ。そういえば、襲撃対象者って本当にわたくしで合っていますの?」


 感情波が分かるコルネリアには、間違いないことは確信出来ているが、どうして自分を襲撃対象と判じることが出来たのか、と問えば襲撃者は素直に口を開く。


「間違いない。あの馬車に乗っている、淡い翠の髪で淡い桃色の瞳をした小柄な若い女だ、って言ってたから。馬車には、あんたひとりしか乗ってなかったし」


「そう。馬車とわたくしの容姿を指定したひとが居るのね」


「ああ」




 『ああ』って。


 そんなあっさり言っては駄目なのではなくて?


 それに、小柄で悪かったわね。




 日頃から気にしていることを言われ、コルネリアは不快に思いながらも、黒幕が誰なのか、思いを巡らせる。




 まあ、メレマ伯爵家一択でしょうねえ。


 ヨランデ様はそこまでしないでしょうけれど、お父君のメレマ伯爵ならやりそうですもの。




 権力に対し、異様なほどの執着を見せるメレマ伯爵なら、娘を王太子の婚約者とするために邪魔な自分を排除するくらい考えるだろうとコルネリアは納得する。




 わたくしを暗殺したとしても、足など付かないうちに処理する自信があるのでしょうねえ。


 精霊の力のこと、知りませんから。


 あら?


 でもそうするとやはり誰か、手練れの者が来るのでしょうか。




 この森でコルネリアを始末し、その罪を襲撃者に擦り付けることで黒幕が誰なのかまでは追跡されないようにするのだろうと考え、コルネリアはふと首を傾げた。


 どう考えても、今自分を誘導している襲撃者に人を殺めることが出来るとは思えないし、罪を着せるためにも他に人材が必要となる。


「ねえ、襲撃者さん。目的地は何処ですの?」


 その場所で待ち受ける者がいるのか、とコルネリアが警戒しつつ問えば襲撃者がむっとした顔になった。


「襲撃者じゃねえ。俺にはデニス ヘーレンって名前がある」


「ヘーレン・・・子爵家の方ですの?」


 聞き覚えのあるその名の記憶を辿り、コルネリアが言えば襲撃者は目を丸くした。


「ああ、そうだ。うちみたいな平民と変わらない家でも分かるとか、あんた凄いな」


「ありがとうございます。それで?ヘーレン子爵子息。目的地は?」


「この先の小屋だ。つか、その呼び方やめろ。虫唾が走る。デニスでいい」


 本当に嫌だったのだろう。


 デニスは自分の両腕を擦って身震いしている。


「分かりましたわ、デニス。この仕事の報酬は何ですの?」


 子爵とは言っても、特筆すべきことは無い家だったと思い出し、コルネリアはわざとデニスの矜持を甚振る言い方をした。


「俺は、報酬のために他人を傷つけるような真似はしねえ!アニタ、妹を人質に取られたんだ」


 簡単に挑発にのったデニスは、そう言って悔しそうに拳を握った。


「なるほど。妹さんを無事に返してほしくば、わたくしを森の小屋へ連れてこいということですか」


「ああ、そうだよ。俺はあんたを殺すわけじゃねえ。引き渡すだけだ。そうすれば」


「殺されますね。貴方も、妹さんも」


 あっさりと口にしたコルネリアを、デニスはぎりっと睨みつけた。


「そんなはずないっ!あんたを引き渡せば、アニタを返してくれる約束なんだ」


「莫迦ですねえ。いつ口を割るかも知れない実行犯を、放置する筈ないではありませんか。メレマ伯爵は、貴方に罪を着せるつもりですよ」


「なぜ、そんなことが分かる?大体このナイフだって、俺は使者って男に渡されただけで、メレマ伯爵となんて会ってもいない」


 メレマ伯爵とは何も接点がない、と言い募るデニスにコルネリアはため息を吐いた。


「はあ。本気で言っています?メレマ伯爵自ら、実行犯と接触する筈ないではないですか。それこそ、足が付く原因になりますし、実行犯を切り捨て可能な貴方にする意味もなくなります」


「そんな・・。でもじゃあ、なんでこのナイフを?」


「それこそが、貴方を実行犯とするための道具です。いいですか、メレマ伯爵の筋書は恐らくこうです。まず、伯爵家の紋章入りのナイフが何者かに盗まれた。追跡したところ、その犯人が公爵令嬢を誘拐し害そうとしていたので、犯人を成敗し令嬢を救出した・・・ということにして、我が家に恩を売り、王太子殿下の婚約者の座を奪おうと言うのでしょう。なるほど。ここでわたくしを殺すより、伯爵家の名を上げることもできて一石二鳥ということでしょうか。まあ、救出が間に合わず殺されていた、という筋書きも有り得ますが」


 邪魔だから殺す、という線が濃厚な気がすると思いつつコルネリアが言えばデニスが目を見開く。


「そんな。じゃあ、俺は」


「わたくしを引き渡した段階で、殺されるでしょうね。まあ、それはわたくしの弁なのですけれど。どうします?このまま、伯爵家の犬としてわたくしを引き渡しますか?」


「っていうか、あんた公爵令嬢なのか」


 ぽつりとデニスが呟いた言葉に、コルネリアは思わず動きを止めた。


「今、そこなんですの?」


「ああ。知らなかった」


「そうですか。それで?貴方の判断は?当初の指示通りに動きますか?」


 きりっ、としてコルネリアが再度問えば、デニスは力なく首を横に振った。


「いや。言われてみれば、あんたの言う通りだ」


「今更ですけれど、こんなことをする前に妹さんが攫われたと訴えでればよかったのではありませんか?」


 この国には、王立の騎士団が各地に点在していて、何か事があれば捜査にあたってくれる仕組みがある。


 何故それを使わなかったのか、と言うコルネリアにデニスは予想通りの答えを返した。


「俺んちみたいな、吹けば飛ぶような子爵家が何を言ったところで、聞いてもらえやしないさ」


「ふぅっ」


 卑屈に顔を歪め自嘲したデニスに向かい、コルネリアは息を吹きかける真似をした。


「なに・・っ」


「飛びませんわね」


「あんたな」


「分かっていますよ。貴族間でも格差があるのが、現状ですから。今回の場合、メレマ伯爵が絡んでいるのです。訴えたとしても、確実に握り潰されたでしょうね」


「変わってんな、あんた」


 ふむ、と考えを口にしたコルネリアをデニスは呆れたように見る。


「普通ですわ」


「随分変わった普通だな・・・ここ。この小道を真っ直ぐ行けば、街道に出る」


「どういうことです?」


「逃げていい。巻き込んで、すまなかった」


 頭を下げるデニスに、コルネリアは微笑んだ。


「いいえ。面倒ごとだと分かっていて巻き込まれたので、問題ありませんわ。ということで、目的の小屋へ行ってください」


「え?」


「妹さんを助けるのでしょう?・・・っ」




 凄い、害意に満ちた感情波。


 未だ距離はあるけれど・・・六人はいるわね。


 そして恐らく、この人達が手を下すための人員。





  これは一刻を争う、とコルネリアは道を作れそうな場所を探すも見当たらない。




 でも、小屋なら!




「この先ですわね!?走りますわよ!」


 叫ぶように言い、コルネリアは自身の記録を更新する速さで森を駆け抜けた。


 あの害意ある集団も、別の道から小屋を目指すのだろう。


 となれば、どちらが先に着くかが勝負だ。


「こ、ここだ・・っ・・ふぅ」


 体力がないのか、小屋に入り込み、ばたんと扉を閉めるなりまたも息を乱して扉に寄り掛かるデニスに頷き、コルネリアは自分の髪から幅広のリボンを抜き取った。


「ご苦労様ですわ。少々失礼を」


「な、何をする!」


「大丈夫ですわ。逃げるだけですから。あ、貴方もお連れしますのでご心配なく」


 言いつつ、小屋の壁に道を作ったコルネリアは、デニスの手を引き歩き出す。


「逃げるって、どうやって・・・・てか、この小屋こんなに歩くほど広かったか?ん?風?外に出た、のか?」


「外に出るのなら、わざわざ小屋に入ったりはしませんわね」


「だよな」


 その道を歩きながら、デニスが不思議そうに問うのに答え、コルネリアは自身慣れた道を歩く。




 精霊の道、と言っても理解できないでしょうしねえ。


 下手に混乱されても、時間の無駄になってしまいますもの。




 だから説明はしない、と思うコルネリアだが、精霊の道を拓けること自体、機密だという概念は薄い。




 あ、そうですわ。


 お父様にご連絡しませんと。




 この道の終着を父の書斎に設定したコルネリアは、心のなかで呟いて精霊の力を用いて父に連絡を入れる。


 曰く。


《お父様。今から襲撃者の方、あ、ヘーレン子爵家のご子息だったのですけれど、その方と共に精霊の道から参ります》


《っ!?》


《それでは、またすぐにお目にかかります》


 その連絡を受けた父が、椅子から転げ落ちそうになるほど驚いたことなど、あっさりと通信を終えたコルネリアは知らない。





ありがとうございました♪

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