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婚約解消を提案いたします

誤字報告へのお返事は活動報告にあります。





「コルネリア。暫く距離を置かないか?」


 王城でもごく限られた者、王族と王族が許可した者だけが入ることを許された優美な庭園。


 今、その庭園で王太子たるバスティアーンとお茶をしているのは、婚約者であるコルネリア フランセン。


 フランセン公爵家の長女であるコルネリアは、淡い翠の髪を心地のいい風に揺らされながら、穏やかな笑みを浮かべた。


「距離を置く、など。まどろっこしい・・こほん。余計な手間を取る必要などございませんわ、殿下。さっさと婚約破棄してしまえばよろしいではありませんか」


 その穏やかな表情に反しその言葉と口調は辛辣で、ぱっちりと可愛らしい薄桃色の瞳には親しさの欠片も無い。


「婚約破棄など、しない」


「ああ、破棄では大切なご令嬢に瑕疵がついてしまいますものね。大丈夫ですよ、婚約解消でも。慰謝料も、まあ要らないです。そもそも、わたくしの魔力量が少ないということもありますし」


 上位貴族であるほど魔力量が多いと言われるこの国において、コルネリアの魔力量は公爵令嬢にあるまじきと言われるほどに少ない。


 それはもう、下位貴族ほどの魔力しかないのだ。


 


 まあ、他の力をいただいていますからわたくしは構わないのですけれど。


 公表はしていませんから、外聞は悪いでしょうしねえ。




 思い、コルネリアは近頃バスティアーン王太子の恋人と名高いヨランデ メレマ伯爵令嬢を思い浮かべた。


 真紅の髪と瞳を持つ彼女は、年に似合わない妖艶さ、そして何よりその突出した魔力量でバスティアーンを虜にしているのは誰の目にも明らか。


 どころか、最近ではヨランデの方が王太子妃に相応しいのでは、という声さえあがっている。


 一方、コルネリアが持つ特異な力。


 精霊の力と呼ばれるそれは秘匿されており、一族の他には国王と王妃しか知らない。


 故に、コルネリアがバスティアーンの婚約者となったのは、同年代で一番身分が高く、魔力以外は有能だったから、というのが一般的な解釈となっているのだが、というかそれゆえにというべきか、魔力重視の者達の間では不満の声も多い。


 実際は、精霊の力を持つコルネリアを王家に取り込む為の婚約なのだが、その事実を王太子でさえ知らないのである。




 いくら国のための婚約が義務とはいえ、殿下にだって好みというものがあるでしょうし。


 まあ、それはわたくしもですけれど。




 だから婚約破棄でも解消でもまったく問題ない、と微笑むコルネリアに、バスティアーンは思い切りため息を吐いた。


「距離を置くことをあっさり了承するだけでなく婚約解消を言い出すとは、予想以上だよコルネリア。いいかい、これからきちんと説明をするからよく聞いて」


「殿下、ご歓談中申し訳ございません」


 しかし、バスティアーンが真剣な表情で身を乗り出し口を開いたところで、侍従長が焦った様子で駆け寄って来た。


「何事だ」


「メレマ伯爵令嬢が殿下にお目通りしたいと仰いまして、こちらへ無理にも来ようとされております」


『ティア様!貴方のヨランデが参りましたわ!』


 侍従長の言葉でコルネリアが思い出すのは、学院でのメレマ伯爵令嬢。


 恐らくはあの独特な愛称を、相変わらずな甲高い調子で喚いているのだろうと推測し、コルネリアはため息を吐きたくなった。




 煩いのよねえ、あの声。


 勝ち誇ったように見られるのも億劫だし。


 殿下は何か説明があると仰っていたけれど、ほんともう婚約破棄でいいのだけれど。




 思いつつもそんな表情はおくびにも出さず、コルネリアは優雅にカップを扱う。


「すまない、コルネリア。すぐに戻る」


 そう言って立ち上がったバスティアーンに続き立ち上がったコルネリアは、貴族令嬢の礼でもってバスティアーンを見送った。


「さ、帰りましょう」


 コルネリアにもきちっと礼をしてバスティアーンの後を追った侍従長を見送ると、コルネリアはそう言ってドレスの裾を軽く払う。


 戻りがいつになるか分からないバスティアーンを待つ気など、最初からさらさら無い。


「戻って来たとして、彼の方もご一緒でしょうしね」


《アリーダ聞こえる?もう帰るから、馬車の用意をお願い》


《畏まりました》


 歩き出しつつ、精霊の力を使って王城へ共に来た自分付きの侍女へと連絡をする。


 こうしておけば、侍女兼護衛のアリーダが御者に指示を出した後迎えに来てくれるので、コルネリアは安心して歩みを進める。


 途中行き会った王城の侍女に帰る旨を伝えればかなり焦った様子を見せたけれど、侍女長でもなければコルネリアを引き留めることなど出来はしない。


 それを良いことにコルネリアは足を進め、不快な声を聞いた。


「これはこれはご婚約者様。おひとりでお帰りとはお寂しいですな」


「言ってやるな。王太子殿下は、愛しの君とご一緒なのだから」


 王族と王族に許可を得た者のみが使える領域を抜けると、そこには数多の貴族がいる。


 もちろん、文官や使用人として仕えている者も多いのだが、こうやってコルネリアに絡んで来るのは、決まって仕事もせずに甘い汁を吸おうと力ある貴族に擦り寄る者ばかり。




 いつも思うのだけれど、もっと生産性の高いことをすればいいのに。




 自分に嫌味を言う暇があるのなら、領地獲得に動くとか何等かの収入を得るために働くとかすればいいとコルネリアは常日頃から思っている。




 まあ、これがある意味収入を得る所業、なのかしらね。




 甘い汁を求めて王城に来る、そのことが彼等の生きる知恵なのかもしれないと思い直したコルネリアは、アリーダとそろそろ遭遇するだろう場所へと到達した。


「コルネリア様。遅くなり、申し訳ございません」


「いいのよ。ふふ、今日もわたくしの勝ちね」


 今日のように王城へ招かれるたび、コルネリアはアリーダと何処で会えるかの競争をしている。


 尤も、精霊の力で伝達をしながら歩いているコルネリアと、その指示を遂行してから迎えに来るアリーダでは、コルネリアの方が圧倒的に優位なのだけれど。


「ティア様!今日こそは、特別庭園へ招いてくださいませ!」


 やがて馬車溜まり、という所まで歩いた所で賑やかな声がした。




 あらあら。


 予想通り過ぎてなんとも、ですわね。




 その声の主は、ヨランデ メレマ伯爵令嬢。


「メレマ伯爵令嬢。今日は大切な公務があると言ったはずだ」




 公務、ねえ。


 言い得て妙だわ。




 ヨランデにしがみ付かれながらバスティアーンが発した言葉に、コルネリアは大きく頷いた。


 コルネリアとの茶会は公務。




 あの状態ですもの。


 やはり、婚約破棄でいいと思うのですよね。


 わたくしの方から婚約解消できないか、もう一度お父様に相談してみようかしら。




 これだけ強大な精霊の力を持つ者として、王族に嫁ぐのは当然。


 そう言われ育って来たけれど、家族は皆コルネリアに優しく、最近のバスティアーンの態度にはコルネリア以上に怒りを露わにしてくれている。




 でもねえ、お父様は渋い顔をなさりそうよね。




 バスティアーンとヨランデの噂を聞いてコルネリアの心情を案じてくれつつも、婚約破棄を、という母や兄の言葉に頷いてくれる様子は無い父を思い、何か良い策は無いものかと思案しつつ、コルネリアは馬車へと乗り込んだ。






ありがとうございました♪

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