第四話 告白
横に並んで歩くとよく分かるけど、フルーユ様は大きい。いや私が小さいのか、150無いし。
でもまぁ、それを加味しても大きいと思う。
まず私の目が彼の肩より下にあって、顔を見ようとしても見えない。かなり男前だったので悔やまれる。
それと今まさにそうなのだけど、手を繋ぐのが、腕を持ち上げられるような体勢になってる。
だからまぁ、するかどうかは分からないけど、恋人繋ぎの難易度が跳ね上がることになる。するかどうかは分からないけど。
それ以前に、目下の目標は嫌われないこと。そうして両親を安心させなければならない。私が幸せになるとかどうとかはその次の段階の話になる。
なんて思っていると、いつの間にか城を出ていて、国の案内が次々と進んでいった。
小さい国だからか徒歩での観光だったので、なかなか新鮮みを感じた。
貧しい国だとか聞いていたけど、見た限りはたぶん小規模なだけだと思う。
国民たちもだいたい皆楽しそうにしてるし、必要最低限のものを必要最低限に回すのがこの国の経済なのだろう。良い所だと思った。
それと驚いたのが、国民と王の距離感がとにかく近いこと。
エスカ王国では、というかだいたいの王国はそうだと思うけど、王は高貴な存在とされていて、平民が対等に彼らと話す機会というのは当然やってこない。
いろんな面で、私の常識とは違うところが多いなと思った。
「ここが国一番の商店街です」
そう言われて入った通りは、これまで見た中で最も賑わっていた。
何が安いとかそこの奥さん美人だねとか、そういうことで活気づいている。
はぇ~とかバカっぽい声を漏らしながら歩いていると───唐突に、違和を感じた。
店と店の間、路地裏に当たるような場所が、なんか、なんて言うんだろう、ちょっと紫がかっている。
「フルーユ様すみません、ちょっとこっち」
裾を引っ張ると、彼は無言で着いてきた。身長差のせいで傍から見れば親子みたいだったと思う。
紫の根源らしき路地裏を覗く。
薄暗闇で目を凝らすと、子供が泣きながら膝を抱えているのが見えた。
「なっ」
フルーユ様から声が漏れる。
なんで分かったんだろうとか思われてるのかな。言い訳考えとかなきゃな。
僕くん大丈夫? 迷子? と声をかけると、少年は頷きながらわんわん泣き出した。同時に紫の出力が増す。
紫は、強い不安の色。きっと大人が多くて怖くなって、こんな誰も気づかないところで縮こまっていたのだろう。
明るいところに連れ出すと、少年は泣くのをやめた。ピタッ、と。何故だか驚いたような顔をしている。
よく分かんないまま、残った涙を拭おうと手を伸ばした瞬間。
ぽた。
手の甲に、雫が落ちた。
これと、男の子の言葉で、私はようやく気づく。
「なんでお姉ちゃんが泣いてるの?」
あれ、と頬に手を置けば、次々と涙が溢れ出してきた。
あれ、あれ、止まんない。
「ピノ嬢、どうされたのです」
フルーユ様が私の顔を覗き込む。相変わらず表情筋は微塵も動いていないが、対して私の顔はきっと焦燥に満ちていた。
また、またやってしまった。
少年から直接伝わる不安で、私まで泣いちゃったのだ。
───お前は人の感情に左右されすぎだ。
かつて愛した人が、私に語りかけてくる。
このままじゃ、また嫌われてしまう。とにかく謝らなきゃ。
「す、すみま、すみませ…」
「すみませーん!」
遠くから、女性の声が近づいてきた。
「すみません、うちの子です! ごめんねぇ、怖かったね……」
そう言って少年に抱きつく。瞬間、紫を安堵の緑色が塗りつぶした。
「はっ、フルーユ陛下だ! ありがとうございます、本当に恩に着ます!」
母親が頭を下げると、フルーユ様は、いや全て彼女のお陰だよ、と私の頭をぽんぽんと撫でた。
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帰路。手は繋いでいない。
気まずい。そしてこういう時に身長差がとてもありがたく感じる。顔が見えないし見られないからだ。
夕日の照らすこの国で、私はまた一つ後悔を置いてきた。
能力のことは言わない予定だったのに、あんなところでいきなり泣きだしたら意味ないじゃないか。
他人の感情に左右されて、それで嫌われまた揺れる。
そんな過去の私に、また戻ってしまう。
どうしよう、ここは単刀直入に、私のこと嫌いになってないですかとか訊こうか。いや感情を視れば一発だ、彼をちょっと視界に入れれば分かるのだから。
と、勇気も無いのにそんなことを考えては、また思考の麓で膝を抱える。
ああもう終わりかもしれない、このままだと婚約破棄を二度されたクズ令嬢として国の歴史に名を残すことに……
「君は」
突如、フルーユ様が口を開いた。
強く空気を震わすようなその声に、一瞬、息をのむ。
「君はすごく、優しいと思う……思います」
しかしそれは、尻すぼみに散っていく。
ちょっとだけ大人に反論しちゃう、小さな子供の様だった。
分からないけど、今のところ嫌っている様子は無い。
数秒待つと、言葉が続いた。
「……俺は、子供が泣いてるのに気が付きませんでした。でも君はどうだろう。微かな泣き声を聴き分け、声をかけ、不安がる彼に泣いてしまうほど寄り添ったんだ」
立ち止まった彼が、私の手をとる。肩がびくんと痙攣する。
目を丸くしていると、彼は私の前に出て、恭しく膝をついた。
「僕は君のような人と結婚できて、とても幸せに思う。君は一体どう思っているのか───聞かせてくれないか」
瞬間視界を満たしたのは、私以外の人間へ向けられたそれではなく、夕日の描くそれでもなく。
ただ真っ直ぐに私を愛し包み込む、ひたすらに暖かい、オレンジ色だった。
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