第三話 挨拶
面影という言葉があるように、人の本質というのはそう変わらない。
とはいえパッと見たときに幼少期の頃と重なるか否かはまた別の話だ。成長すれば、顔も体格も変わるから。性格もかな。
しかし私の婚約者の話をすると、彼は面影の権化みたいな存在だった。
静寂閑雅。
ひっそりとした静けさを持ち合わせながらも、無二のみやびさを何処かに覚える。
当然の如くそこにいながらも目を引くような、遠く空へ飛び立つ直前の鳥のような。
彼にはそんな存在感が、当時からあった。
話を戻そう。私は今お姫様抱っこをされている。それも、その婚約者と思われる人物に。
第一目標は降ろしてもらうことだ。こんな状態恥ずかしくて一秒でも続けていたくない。
でもちょっと待ってほしい、今日から婚約者だという相手に初手で寝顔を見られたことを先に謝らなければならないのではないか、いやでも普通に考えたら馬車が目的地に到着した時点で寝てたなら起こすなりなんなりするでしょう普通、なんでわざわざ王室にお姫様抱っこで移動するのだ、いやでも寝ちゃってた私が全ての原因なのか、とにかく降ろしてもらうのはなんかもしかしたら違うような気が、
「着きました」
着いた。馬鹿なこと考えてたら着いた。
両開きのドアの前で、私の足を優しく着地させる。そして久しぶりに立ったことで立ちくらみが起こる、ということを見越して背中に手を添えてくれていた。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、婚約者ですので」
真顔でそう言い放つと、左手でドアを開け、すたすたと質素な王座の前へ到着し、くるりとこちらを向いた。
王様の座るところというよりは、机とかの質感から、事務席みたいな印象を受けた。
「あ、あの」
陛下が挨拶を始めればもう謝る機会はない。一歩進んで口を開いた。
「え、えと、挨拶も済ませてないのに寝顔とか晒しちゃって、しかも運ばせたりして、ごめんなさい!」
頭を全力で下げる。陛下が口を開く。
「いや、俺こそ勝手に運んですみません。あまりにも可愛らしい寝顔だったから、起こしたくなかったんです」
可愛らしい。その言葉に、下から昇るように顔が熱くなった。
顔を上げて確認してみたが、やっぱり表情に変化は無い。感情を視ることもできたが、恥ずかしくて長い間直視出来なかった。
「で、では、申し遅れました、エスカ王国から馳せ参じました、バウティスタ公爵家令嬢のピノ・バウティスタと申します」
変な間があると耐えられない性格なので、すかさず挨拶を挟める。
「俺はフルーユ・ララグナです。貴女の、婚約者に当たる男です」
相手もそれに応えた。
フルーユ。フルーユ・ララグナ。
いい名前だ。
一瞬の静寂の後、フルーユ様が私の方に手を伸ばし、こう言った。
「それでは我が国を案内しますので、着いてきて」
はい、と返事をし、部屋を出る彼の手をとる。
その瞬間、本当に一瞬。見間違いだと言われれば反論できないような、そんな短い間だけ。
彼に、オレンジ色が視えた。